AI利活用構想「HAICoLab(ハイコラボ)」について

横浜ゴム(株)が2020年に策定したデジタル革新のためのAI利活用構想「HAICoLab(ハイコラボ)」について紹介します。横浜ゴムでは過去にマルチスケール・シミュレーションなどのシミュレーション技術やマテリアルズ・インフォマティクスというAIを活用した材料開発技術を開発してきました。HAICoLabはそれらのシミュレーション技術とAI技術を組み合わせ、さらに、人の特性にも着目した独自のAI利活用フレークワークです。
※Humans and AI collaborate for digital innovationをもとにした造語で、人とAIとの共同研究所という意味合いも込めました

AIはArtificial Intelligentの略で「人工知能」を意味します。例えば、自動運転や自動認識などのように人間同様に高度で知的な認識や判断をコンピュータ・ソフトウェアによって行うものです。人に代わって認識や判断をコンピュータで実現するために、AIのソフトウェアでは膨大なデータを使って学習します。これが機械学習とよばれる技術ですが、深層学習(ディープラーニング)はその代表です。コンピュータの進歩と共に人間では不可能な大量のデータ処理ができるようになってきたこともAIの活用を後押ししています。AIはタイヤやゴム材料などの研究開発にも利用できます。考えたアイデア(設計因子)の効果を予測することや、要求特性を実現できる設計因子を見出すことがタイヤや材料の研究開発では求められます。また、設計因子と効果との関係性(メカニズムや因果関係)を把握できると研究開発や製品開発に役立ちます。そのための手段としてAIを利用できます。

研究開発の目標は技術革新です。革新(イノベーション)には2つのタイプがあります。これまでの技術をさらに磨き上げていく漸進的イノベーション(深化:Exploitation)と、これまでとは異なる新しい発想に基づいた急進的イノベーション(探索:Exploration)です。漸進的イノベーションと急進的イノベーションでは、AIで対象とすべきデータの領域が異なります。漸進的イノベーションでは既存データを学習データとしたAIを利用できます。一方、急進的イノベーションでは既存データだけでは不十分です。表現をかえると、急進的イノベーションでは手元にない未踏領域のデータが必要となります。そのため、AIだけで急進的イノベーションを目指せるわけではありません。そこで、HAICoLabでは未踏領域のデータを準備するためにシミュレーションを積極的に活用し、さらに、人のひらめきを活用する“人とAIとの協奏”によって不連続な急進的イノベーションを目指そうとしています。また、HAICoLabでは「確証バイアス」や「利用可能性ヒューリスティック」など人がAIを活用する際に負に作用する“バイアス”と呼ばれる思考の偏りを排除することも掲げています。横浜ゴムはHAICoLabを活用することでプロセスや製品やサービスの革新を目指します。これにより、ユーザーエクスペリエンスの向上および内閣府が提唱するAIやIoTなどの革新技術により実現する新たな未来社会の姿「Society 5.0」の実現に貢献します。

このように「HAICoLab」の特徴は「人間特有のひらめき」や「発想力」と「AIが得意とする膨大なデータ処理能力との協奏」によって新たな発見を促しデジタル革新を目指すことです。人が設定する仮説(シナリオ)に沿ってデータ(IoTなどによる現実データとシミュレーションなどによる仮想データ)を生成・収集し、AIにより予測・分析・探索することで、新たな知見の獲得が可能となります。仮説設定では、行動心理学や行動経済学を活用し新しい発見の障壁となる思い込みなどのバイアスを意識的に排除します。さらに、得られた知見が記憶の断片となり、それらの結合により新しいアイデアの創出(ひらめき)が期待できます。このバイアス排除とひらめきによる仮説設定によって、未踏領域での知見の探索を目指します。

HAICoLabはすでに新製品開発のためのゴム材料開発に活用されています。今後も、その適用範囲を拡大するとともに、HAICoLabを構成する技術開発を進めることで、横浜ゴムのユニークな新製品開発を支えていきます。

<「HAICoLab」の概念図>

<「HAICoLab」の概念図>

人とAIの協奏から生まれるタイヤのイノベーション

人工知能(AI)とビッグデータを活用しつつ、人間により導かれる画期的なイノベーション・プラットフォームがゴムとタイヤの技術革新を加速

※本記事はNature誌2021年7月1日号に掲載された英文記事広告を弊社の文責のもと和訳・要約したものです。

タイヤ用ゴムの組成に関するシミュレーションはHAICoLab(ハイコラボ)でタイヤ性能を高める新たな方法を明らかにするためのデータを提供する。

タイヤ用ゴムの組成に関するシミュレーションはHAICoLab(ハイコラボ)でタイヤ性能を高める新たな方法を明らかにするためのデータを提供する。 © THE YOKOHAMA RUBBER CO., LTD.

タイヤ技術において最も重要なのは、安全性を確保するための高いグリップ力を提供しつつ、燃費と耐久性向上のために転がり抵抗を最小限に抑えるという一見不可能とも思える目標を実現することである。現在の一般的なタイヤの性能は研究とエンジニアリングによる一つの大きな成果であり、これはタイヤの設計および構造だけでなく、ゴムそのものの複雑な組成と高次構造の進歩においても言えるだろう。

だが半世紀を超えて進歩し続けたタイヤ技術がさらに飛躍するには、人による“単なる”創意工夫を超えた何かが必要となる。1920年代からタイヤの開発をリードしてきた横浜ゴムは設計に人工知能(AI)とインフォマティクスを取り入れることで、こうした次世代の課題に取り組んでいる。

「横浜ゴムは10年以上にわたり、計算科学と機械学習をタイヤとゴムの開発に応用する技術を開発してきました」と、横浜ゴムの小石正隆氏(AI研究室/研究室長)は言う。「私たちが2020年10月に発表したHAICoLabのプラットフォームは、この研究開発の集大成であり、人とAIの協奏に重点を置いたフレームワークといえます」。


AIが切り開く新たなひらめき

“デジタル革新のための人とAIの協奏”を意味するHAICoLabは、こうした厳しい研究開発におけるもう一つの難題、つまり、「既知の領域を超えられるよう人のひらめきや創意工夫を活用すると同時に、歪められた思考や意思決定へと導きがちな認知バイアスに対処すること」に対する横浜ゴムのソリューションである。

「技術革新においては、たとえAIを利用する場合でも人の関与が不可欠です。人による発想やひらめきにより、既知の知識の領域を超えた急進的イノベーションへとつながるヒントを得る可能性が高くなります」(小石氏)。

AIや機械学習を利用すれば、過去の計測データと計算科学シミュレーション・データに基づいて、タイヤ特性を迅速かつ正確に予想できる。これによって、開発プロセスが大幅にスピードアップしイノベーションが促進される。ただし、AIは学習データに依存しているため、学習データが不足している未開拓領域には容易に適用できないため、急進的イノベーションには適していない。

タイヤは、安全性を確保するグリップ力を最大限にし、転がり抵抗を最小限に抑えなければならない。

タイヤは、安全性を確保するグリップ力を最大限にし、転がり抵抗を最小限に抑えなければならない。
© Marin Tomas/Moment/Getty Images

HAICoLabでは、計測装置やシミュレーションで生成する膨大なデータを取扱います。次に人が定めた仮説(シナリオ)に基づいて、技術向上のための予測、分析および探索を行う。このプロセスで、人(エンジニア)が技術革新や仮説再設定に利用する新たな知識を生成する。仮設設定の際には、行動心理学や行動経済学の知見を利用し新たな発見の妨げとなるバイアスを排除する。

「AIで得られる知見とひらめきや認知バイアスの排除によって、我々は目指すべき方向やアイデア、そして仮説が得られます」(小石氏)。


出発点はゴム

タイヤのゴムは単なるゴムではない。ゴムは、ポリマーとカーボン・ブラックやシリカなどのフィラー(配合剤)で構成され、様々な空間スケールにおける特性値、分散状態、サイズ、量、配合量で定まる複雑な高次構造として入念に設計されたコンパウンドである。

「考慮すべき要因が膨大であるため、分子動力学や量子化学のようなコンピュータシミュレーションが必要になります。機械学習は、材料物性の予測と開発の方向性を判断するための膨大な多次元データの俯瞰を加速してくれます」(小石氏)。

HAICoLabは、タイヤゴムの組成を変えることでタイヤ性能を向上させるための新たなヒントを見出している。

HAICoLabは、タイヤゴムの組成を変えることでタイヤ性能を向上させるための新たなヒントを見出している。
© 横浜ゴム株式会社

HAICoLabではすでにタイヤ性能を向上させる新たなヒントを得ている。粒子サイズの小さなフィラーとフィラー表面に形成される薄い“結合ゴム”の層を組み合わせることで、ポリマーとの相互作用により転がり抵抗が減少し耐摩耗性が向上することを明らかにしたのだ。分子動力学に基づいたシミュレーションでは、フィラー粒子のサイズが小さいと剛性が高く、結合ゴムが薄いとエネルギー損失が小さいことが示されている。

「タイヤに求められる特性は、転がり抵抗や操縦安定性、乗り心地、耐久性、耐摩耗性、ブレーキ性能など、実に多様です。これらすべての特性のバランスをとらなくてはならないため、すべてを同時に改善することは非常に困難です。私たちはHAICoLabを適用し、このような困難な課題に取り組んでいます」(小石氏)。


AIは人に取って代わるものではなく、人による研究開発を加速するもの

この新しい開発プラットフォームは、人が持つ膨大な専門知識を脇役に据えるのではなく、AIと人双方の可能性をフルに引き出すための協奏モデルと言える。広大な多次元設計空間を網羅するシミュレーションで得られた膨大なデータをAIで分析することにより、高い客観性と精度のもとでより短時間で、目指す物性を実現するために必要な高次構造に関する特徴量を得ることができる。

これにより、材料探査の正確さが大幅に向上し、物理的な試作に費やす時間が短縮されるだけでなく、技術者がイノベーションと開発に多くの時間を充てることができ、対象とする設計空間も広大になる。「この“HAICoLabループ”は、急進的イノベーションの可能性を大幅に広げ、技術者の成長も促しています」(小石氏)。


Nature掲載記事は下記URLよりご覧ください。

https://www.nature.com/articles/d42473-021-00168-6