THE YOKOHAMA RUBBER
RECRUITMENT
01
タイヤのエアロダイナミクス技術の
開発
自動車の低燃費化においてはタイヤの転がり抵抗を減らすとともに自動車の空気抵抗を減らす事が重要であるが、その一方で、走行中のタイヤ付近から発生する空気の流れが自動車全体の空気抵抗に対して悪影響を及ぼしている事がわかってきている。横浜ゴムでは2010年からタイヤのサイド部に取り付けたフィン状突起(フィン)により、タイヤ付近の空気の流れを変えるタイヤのエアロダイナミクス技術(空力技術)を開発してきた。昨年、同技術により自動車全体の空気抵抗を減らすと共に、自動車の操縦安定性に寄与するリフト(浮き上がり)低減を両立するフィンタイヤを開発した。

はじめに

エアロダイナミクス技術とは、空気の流れをコントロールする技術であり、航空機、自動車、鉄道車両などにおいて空気中を効率良く移動するための重要な技術となっている。走行中の自動車に注目すると、自動車の周りでは複雑な空気の流れにより車両各部に様々な方向の力が発生し、自動車の走行性能に大きな影響を与えている。特に自動車の低燃費化には進行方向と逆向きに働く空気抵抗が、また操縦安定性には自動車を浮き上がらせる力であるリフトが大きく影響しており、これらの力をコントロールして自動車の走行性能を高める技術がエアロダイナミクス技術である(図1)。横浜ゴムでは他社に先駆けて、自動車の空気抵抗やリフトといった自動車のエアロダイナミクス改善を目的に、タイヤ付近の空気の流れを変えるタイヤ研究を行ってきた。ここでは昨年発表した自動車の空気抵抗低減とリフト低減を両立する最新のフィンタイヤを中心にフィンタイヤのエアロダイナミクス技術ついて述べる。

図1 空気抵抗とリフト

自動車のエアロダイナミクスとタイヤ付近の空気の流れ

自動車の低燃費化に対してはタイヤの転がり抵抗とともに自動車の空気抵抗の寄与が大きい。例えば、自動車の車速が60km/h程度ではタイヤの転がり抵抗と空気抵抗はほぼ同程度となり(*1)(*2)、それより高速になると空気抵抗が急激に大きくなる(図2)。つまり、自動車の低燃費化にはタイヤの転がり抵抗を減らすとともに、自動車の空気抵抗を減らす事が重要となる。

自動車の空気抵抗は自動車のボディ形状に大きく依存する。しかし最近の研究により、自動車の空気抵抗の発生メカニズムにおいてタイヤ付近の空気の流れが影響している事がわかってきた(*3)。これはタイヤとタイヤハウス付近から速度が遅い乱れた空気の流れが流出しており、この空気の流れが自動車全体のエアロダイナミクスに影響を与えているためである(図3)。

また、乗用車では走行速度が増すとリフトが増加する事で車両を路面に押し付ける力が減少し、操縦安定性が悪化する。このリフトと前述の空気抵抗とは大概にしてトレードオフの関係にあり、カーメーカーにおけるエアロダイナミクスデザインにおいて空気抵抗の低減とリフトの低減を両立させる事は大きな課題となっている。タイヤ付近の空気の流れが自動車のエアロダイナミクスに影響を与えている事から、逆にタイヤ付近の流れを変える事で自動車の空気抵抗やリフトを改善できる可能性があると言える。つまり従来、カーメーカーの技術領域であった自動車のエアロダイナミクスデザインにおいてタイヤメーカーとして寄与できる可能性がある。横浜ゴムではこの可能性に着目し、他社に先駆けてタイヤ周りの空気の流れをタイヤサイド部に付けたフィンによって積極的に変える事で自動車のエアロダイナミクスを改善する研究を行ってきた。

図2 自動車の空気抵抗と転がり抵抗
図3 タイヤ付近の乱れた空気の流れ

CFDシミュレーション

タイヤサイド部のフィンによってタイヤ周りの空気の流れがどのように変化するか、さらには自動車のエアロダイナミクスにどのような効果をもたらすかを見極めるためにCFD(Computational Fluid Dynamics : 数値流体力学)というシミュレーション技術を用いて検討を行っている。CFDシミュレーションは航空、自動車、建築などの産業分野をはじめ、気象予測や人体内の血液の流動といった自然科学・医療分野まで多岐にわたって適用されている。計算領域のすべてにわたって流速や圧力といった流体現象の基本的な物理量を可視化できるため、現象の詳細な分析が可能となる。

自動車のCFDシミュレーションでは計算領域の中央に実車相当の大きさの車両モでルを設定し、計算領域前方から空気が流入する条件を与えて、さらにタイヤの回転とともに路面の移動条件も考慮して計算が行われる(図4)。流体の方程式をコンピューター上で解く事により、メッシュ(格子)と呼ばれる網目状に分割した領域での流速や圧力を算出し、タイヤ付近から車両全体での時々刻々の流れの様子を解析できる。また、車両表面での力を積分する事により空気抵抗とリフトを算出する。

図4 CFDシミュレーションモデル

タイヤハウス内の空気の流れを変える「インサイドフィン」

タイヤ付近から流れ出る空気の流れを変える試みとして、まずタイヤハウス内の流れを変える事を目的に、車両内側のタイヤサイド部にフィンを取り付けたインサイドフィンによる検討を行った(図5)。その結果、インサイドフィンではタイヤハウス内において空気の渦を発生させる事でタイヤハウスの前方面の圧力を増加させ、自動車ボディを前方に押し出す力を発生させる効果がある事がシミュレーションによりわかった。

しかし様々なフィン形状を試した結果、ボディの抵抗を減らすには大きな高いフィンが有効である事がわかったが、フィンが付いた事によりタイヤの空気抵抗が増加してしまうため、車両全体としては1から2カウント※の空気抵抗低減効果に留まる事がわかってきた。さらにタイヤハウス内に発生する渦は、タイヤハウスの上面の圧力も増加させるため、車両のリフトを増加させてしまう事がわかり、空気抵抗低減の限界とともに、リフト低減との両立が難しい事が判明した。

※空気抵抗の指標としてCd値、リフトの指標としてCl値が用いられ、これらの値において0.001を「1カウント」と表す。例えば、Cd値0.3と0.295の差は5カウントとなる。乗用車のCd値は0.3程度なので、3カウントのCd値の差は空気抵抗約1%の差となる。

図5 インサイドフィン

タイヤ側面とボディ側面の空気流れを変える「アウトサイドフィン」

そこで次にインサイドフィンとは反対に、車両外側のタイヤサイド部にフィンを付けたアウトサイドフィンではどのような効果が得られるかを検証した。実はインサイドフィンを内外反対に装着、すなわち、車両外側のサイド部にフィンを付けた状態では空気抵抗とリフトが大幅に増加してしまう事がシミュレーションでわかっており、アウトサイトドフィンではエアロダイナミクス向上の可能性は低いと思われていた。ところがフィンを斜めに取り付けた場合においてリフトが大幅に低減している事がわかり、フィンの形状を変形させる事でリフト低減とともに空気抵抗の低減が実現できるのではないかと考えた。そこで195/65R15サイズのタイヤを装着したシミュレーションモデルにおいて、様々なフィン形状をアウトサイドに付けたタイヤでのシミュレーションを実施し、自動車モデル全体での空気抵抗とリフトを調べてみた。

図6は直交実験によりフィンの形状パラメータを変化させた場合の空気抵抗とリフトを表しており、フィンが付いていない基準タイヤからの差を表示したものである。この中で特に空気抵抗が低いフィンタイヤはタイヤショルダー部付近に高さ約3mmのフィンが配置されている事が特徴である。このフィンタイヤでは空気抵抗は約9カウント、リフトは約100カウント低減しており、空気抵抗、リフトともに大きな低減効果が得られている。

図6 様々なフィンタイヤにおける空気抵抗とリフト

空気抵抗低減とリフト低減のメカニズム

図7はフィンが付いていない基準のタイヤと図6で図示したアウトサイドフィンタイヤでのタイヤ付近の渦の様子を表している。基準タイヤではタイヤの路面側で渦の発生が少なく、フェンダー側になると大きな渦が発生している事がわかる。一方、アウトサイドフィンタイヤでは、路面付近において大きな渦が発生しており、フェンダー付近において発生している渦が細分化されている事がわかる。

このようなタイヤ付近の空気の流れを詳細に分析した結果、アウトサイドフィンタイヤでは、タイヤの上部と下部における空気との相対速度差をうまく利用して自動車全体での空気抵抗とリフトを低減している事がわかってきた(図8)。つまりタイヤの路面付近においては、タイヤサイド部と空気との相対速度が小さく、サイド部に付けられたフィンはタイヤ前方から流れてきた空気の流れを車両外側の方向に変える役割を果たしている。これにより、タイヤ後方において自動車のアンダーボディに流れ込む空気が車両外側に流れる傾向になり、車両床面と路面との間の圧力が低下し、リフトが低下する事になる。

また、フェンダーに近い側のタイヤサイド部においてはタイヤと空気との相対速度が大きい。このような領域にフィンのような突起が存在すると、タイヤ表面付近の空気の流れにおいて細かい渦が発生し、車両側面の空気の流れは整流化される。これにより、タイヤサイド上部における車両幅方向の空気の流れの広がりを押さえ、タイヤサイド部と車両サイド部に沿って空気が流れるようになり、空気抵抗を減らしている事がわかった。

なお、フィンが大きい(高い)場合、タイヤ下部において空気を車両外側へ向ける効果が大きくなるため、リフトを低減する効果は大きくなる。しかし、フィンに衝突する空気の量も多くなるため、自動車全体での空気抵抗が増加してしまう。

図7 タイヤ付近の渦の様子
図8 タイヤ上下におけるタイヤと空気との相対速度

実車での効果

実車における空気抵抗低減効果の検証方法のひとつとして惰行試験法がある。直線走行している自動車のギアをニュートラルにすると空気抵抗により自動車は減速していくが、この時の減速度から空気抵抗を算出する方法である。D-PARCにおける惰行試験では、図6に図示したアウトサイドフィンタイヤにおいてシミュレーションと同様の空気抵抗の低減効果が得られている。なお、リフト低減の検証については惰行試験法のような一般的な試験方法が存在しないため、試験方法の構築を含め現在検討を重ねている。

おわりに

自動車の空気抵抗低減とリフト低減を両立できるタイヤが見出せた事で、自動車の低燃費化と高性能化に対してタイヤの新たなポテンシャルを引き出せたと考えている。また、アウトサイドフィンタイヤでは車両側面を流れる空気を整流化する効果があるため、自動車のサイドボディから発生する空力音と呼ばれる騒音の改善にも効果を発揮する事が期待される。

なお、アウトサイドフィンタイヤは東京モーターショー2015の横浜ゴムブースにおいて参考展示され(図9)、そのユニークなサイドデザインが注目を集めた。ブースに立ち寄った多くの消費者の意見は好意的であり、筆者はエアロダイナミクス技術から生まれたこのタイヤの訴求力に手応えを感じている。

図9 東京モーターショー2015に参考展示したアウトサイドフィンタイヤ

参考文献・資料

  1. *1:炭谷圭二ほか,ながれ,23(2004), pp. 445‒454
  2. *2:巻田真ほか,JSAE シンポジウム No. 20‒15(2016), pp. 22‒26
  3. *3:農沢隆秀ほか,日本機械学会論文集(B編),Vol. 75, No. 757(2009), pp. 1807‒1813
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