THE YOKOHAMA RUBBER
RECRUITMENT
04
小角X線散乱法を用いた
シリカ配合ゴムの解析
大型放射光施設「SPring-8」の超小角X線散乱を用いて、シリカが凝集する様子をリアルタイムで観測した。これにより、シリカの種類やシランカップリング剤の有無による内部構造の違いをナノレベルからサブミクロンレベルで明確にする事ができた。高輝度なX線を用いた小角散乱法は今後のタイヤ用材料開発において、新たな視点をもたらす重要な解析技術である。これに関連した論文は「Rubber Chemical and Technology」の2014年1月号に掲載された。

はじめに(タイヤを取り巻く環境)

自動車の燃料エネルギー消費の約20%がタイヤの転がり抵抗によって消費されていると言われている。タイヤの転がり抵抗低減は、CO2削減による地球温暖化防止への寄与が大きい事からタイヤ業界では環境対応型タイヤの開発が急速に進んでいる。2010年には日本で低燃費タイヤなどの普及促進に関するラベリング制度が施行され、タイヤ性能は一般消費者にとっても身近なものとなりつつある。そのため、これまで難しいとされてきた燃費性能とグリップ性能を高次に両立させる必要があり、タイヤ開発は大きな転換期を迎えている。

近年、横浜ゴムを含めたタイヤ各社から転がり抵抗係数の最高グレード「AAA」、ウェットグリップ性能の最高グレード「a」となるタイヤが上市されるようになり、今後のタイヤ開発における低燃費化競争は、ますます激しくなるものと考えられる。

シリカの重要性

シリカが乗用車用タイヤのトレッドゴムに使用されてから20年以上経つが、タイヤの転がり抵抗性能とグリップ性能の両立において、未だ欠かせない配合剤である。高次な低転がり抵抗性能とグリップ性能を達成させるには、シリカをどのようにゴム中で分散させるかが鍵となる。そのため、高性能なシリカ用の変性ポリマーやシランカップリング剤、高分散シリカなど近年のポリマーや配合剤の進歩には目覚しいものがある。近年の解析技術の向上により、ゴムに添加した配合剤がゴム内部で様々な大きさの構造を形成し、この構造がタイヤ性能に大きな影響を及ぼしている事がわかってきている(*1)。シリカは100μm程度の凝集塊が点在するような構造をとっている事がわかっており(*1)、このようなシリカの構造が低転がり抵抗性能とグリップ性能の両立を可能にすると考えられている。

「SPring-8」について

「SPring-8」は太陽の100億倍もの明るさに達する高輝度な放射光を使って、物質の原子・分子レベルでの形や機能を調べる事ができる研究施設である。「SPring-8」の利用分野は物質化学、生命科学・医学、環境科学、地球科学、産業利用など多岐にわたり、世界的にも重要な施設となっている。横浜ゴムは、2010年2月に設立された19企業と学術研究者で構成されるフロンティアソフトマター開発専用ビームライン(Frontier Softmaterial Beamline : FSBL)産学連合体に参加している。現在、我々はこの専用ビームラインを利用し、京都大学の竹中幹人准教授らと共同でゴム中でのシリカの分散状態解析に関する研究を行っている。

X線散乱について

X線が非結晶質の物体に照射されると、物体の内部構造、すなわち電子密度の空間分布を反映した散乱現象が起こる。X線は物体内のあらゆる位置で散乱されるため、散乱の程度は物体内のすべての電子からの散乱波の重ね合わせで表される。X線の散乱を角度によって分類すると小角散乱と広角散乱に大別される。一般に10°以下の散乱角度領域に現れる散乱を小角散乱と言い、これを測定できるようにするためには、ビームを細く絞る、ダイレクトビーム近くのバックグラウンドを下げるなどの工夫が必要である。散乱ベクトルqは式(1)で表される。ここで、λ、θは入射光の試料中での波長、散乱角を表す。

波数qは観測される波長Λ=2π/qと関連付けられる。X線散乱では、散乱光強度を散乱ベクトルqに対して両対数プロットする事で、以下の情報を得る事が可能である。
①粒子の大きさ(平均の大きさ、回転半径Rg)
②粒子の形(球、楕円体、円柱状など)
③3粒子表面(界面)の構造(平滑度や密度プロファイル)

小角X線散乱(SAXS)法は、0.05nm-1< q < 7nm-1のnmスケールから100nm程度の大きさを観測する散乱法である。タイヤ用ゴムに使用されるようなゴム充填系においては、充填剤/ゴム成分の界面構造、充填剤の凝集構造についての情報が得られる。超小角X線散乱法(USAXS)の観測できるq領域は、SAXS法で観測される大きさよりも大きいサブミクロンスケールから10μm程度の大きさであり、タイヤ用ゴムにおいては凝集体構造の分布構造に適した観測手段となっている。タイヤ用ゴムの開発は、ナノレベルからサブミクロンレベルでの構造制御の時代に入り、小角X線散乱法はシリカ充填ゴムの内部構造解析を行ううえで非常に強力な装置である(*2)。

散乱法によるタイヤ用ゴムの解析事例

我々は「SPring-8」のBL03XU、BL19B2を利用して、シリカ充填ゴムの内部構造解析を行っている。ここでは、BL19B2の超小角X線散乱(USAXS)を用いた研究成果の一部を紹介する。

(1)シリカの凝集過程解析

未加硫状態のゴムにおけるシリカの凝集挙動は、シリカ充填ゴムの加工性や物性に大きな影響を及ぼす。未加硫ゴムの場合、ゴム中でシリカの分散状態は時々刻々と変化する。そのため、通常のX線ではシリカの分散状態の変化過程をリアルタイムで観察する事は難しい。しかしながら、放射光の高輝度なX線では、非常に短い露光時間でも測定が可能となるため、時分割測定によりシリカの分散状態の変化をリアルタイムで観察できるようになる。図1に本実験で利用した「SPring-8」のBL19B2のレイアウトを示した(*3)。カメラ長=約40m、スリット、ピンホールサイズ、ビームストップを最適値にする事で、q=0.006nm-1までの小角領域を観測する事が可能となっている。

図1 超小角X線散乱の測定システム

(2)実験方法

任意の温度で加熱した時のシリカの凝集過程をリアルタイムで観測するため、露光時間2秒/測定時間25分の条件で、時分割超小角X線散乱(USAXS)測定を行った。ここでは、コロイル特性の異なるシリカを80重量部配合したSBR(Styrene Butadiene Rubber : スチレンブタシジエンゴム)を測定用試料として用いた。未加硫ゴム試料片を温度可変型のサンプルホルダー内に静置し、任意の温度における凝集構造の変化をリアルタイムで観測した。図2には120°Cで未加硫ゴム試料片を加熱した時のUSAXSプロファイルの変化を示した(*3)。高分散タイプおよびコンベンショナルタイプのいずれのシリカもUSAXSプロファイルが加熱により変化した。異なる温度で同様のUSAXS測定を行い、USAXSプロファイルからUnified-Guinier関数を用いて構造解析を行った。Unified-Guinier関数は、式(2)で表される(*4)。

図2 高分散シリカおよびコンベンショナルシリカのUSAXSプロファイル

ここで、Rssは凝集塊最小単位の大きさ、Dmは質量フラクタル次元、Dsは表面フラクタル次元を表す。一般にRssは実態よりも小さく、式(3)で表される(*4)。

図3に様々な温度で加熱した時のRaの変化を示した(*3)。未加硫ゴム試験片を加熱すると、凝集塊最小単位の大きさRaは徐々に大きくなり、さらに温度を160°Cまで高くするとRaの増加は顕著となった。また、高分散シリカのRaは、コンベンショナルシリカに比べて相対的に小さい値を示した。図4に凝集塊のフラクタル構造を特徴付ける質量フラクタル次元Dmの加熱時間依存性を示した(*3)。質量フラクタル次元Dmは、Raと同様、加熱により徐々に大きくなった。また、高分散シリカの質量フラクタルDmはコンベンショナルシリカに比べて大きい事がわかった。

図3 各温度における凝集塊最小単位の大きさの変化
図4 各温度における質量フラクタル次元の変化

図5にシランカップリング剤を配合したゴムと配合していないゴム、それぞれに関して凝集過程におけるRaの変化を示した(*3)。シランカップリング剤を配合する事で、シリカの凝集塊最小単位の大きさは著しく減少した。これにより、シランカップリング剤はシリカの凝集塊を小さくする機能を有する事が明らかとなった。

これらの結果から、シリカ充填ゴムは、図6に示すようなシリカの凝集塊によるフラクタル的な自己相似構造を形成している事が示唆された(*3)。

図5 シランカップリング剤有無による凝集塊最小単位の大きさの比較
図6 USAXSで観測されたシリカの階層構造

おわりに

「SPring-8」の高輝度なX線を利用したX線散乱法により、シリカの構造変化をリアルタイムで観察する事ができた。このような新たな構造解析手法は、物性と構造の関係をより明確にできるものであると考えられる。近年、タイヤ用ゴムの材料開発はナノレベルからサブミクロンレベルの構造制御が必要となっており、小角X線散乱は材料開発において新たな視点をもたらす重要な解析技術である。今後、小角X線散乱による構造解析手法をタイヤ用材料の開発に役立てていく。

参考文献・資料

  1. *1:竹中幹人 , 西辻祥太郎 , 網野直也 , 石川泰弘 ,山口大輔 , 小泉智 , 橋本竹治、日本ゴム協会誌 , 81, 8(2008)
  2. *2:竹中幹人 , 日本ゴム協会誌 , 84, 17(2011)
  3. *3:S. Mihara, in Thesis: Reactive processing of silica filled tire rubber. 2008, Dept. of Elastomer Technol. and Eng., Uviv. Twente (the Netherlands)
  4. *4:T. Koga, T. Hashimoto, M. Takenaka, K. Aizawa, N. Amino, M. Nakamura, D. Yamaguchi, S. Koizumi, Macromolecules, 41, 453(2008)
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