RECRUITMENT
複雑怪奇
ゴムの塊を輪状に成型したもの──。一般的なタイヤのイメージはそんなものだろう。しかし、実際は複雑怪奇だ。その形状はもちろん、ワイヤーや繊維といった部材が緻密に計算されて組み込まれている。
タイヤは、数トンという車体を支えながら高速で回転する。そのため、熱が発生するし、路面から伝わる衝撃は大きい。速度の変化によって、たわみ具合も変化するため、路面と接地する面積が大きくなったり小さくなったりする。また、乾いた路面と雨に濡れた路面では、摩擦など車の制動に関わる数値も変わる。最近だと、環境負荷低減の流れから、低燃費タイヤのニーズが高まっているため、「転がり抵抗性能」と「ウェットグリップ性能」に関する要求が顕著だ。転がり抵抗値とは、車が走っているときにタイヤが損失してしまうエネルギーの値のことで、損失が少ないほど効率的に走れる。つまり、燃費が良くなるわけだ。
新たなニーズを取り込みながら、さまざまな要因で変化する条件の下、エンジンの力をしっかりと路面に伝え、曲がりたいときに曲がれて、止まりたいときに止まれるタイヤを設計する。「結局のところ、この一言に尽きますが、すごく難しいことなんです。長年かけて蓄積してきた知見だけでなく経験則もモノをいう世界だと思います」。そんなタイヤ設計の仕事を、彼は入社1年目から担当した。
驚き、歓喜、不安
誰もが一度は聞いたことのある車種。その北米向けOEタイヤの開発を担うことになった。入社2年目の春である。OE(Original Equipment)タイヤとは、新車にはじめから装着されているタイヤを指す。彼は、その設計から試作、テストの依頼、試作仕様の検討、量産体制構築の支援までを任された。
「複雑な思いでしたね。まず入社2年目の若手社員である自分が、こんなに大きなプロジェクトを任されたことへの“驚き”。有名な車種のタイヤを自分の手でつくれるという“嬉しさ”。あとは、要求されるタイヤの性能やお客様のニーズなど、プロジェクトの内容を知れば知るほど、頭をよぎる“不安”。いろいろな感情が入り混じっていました」
タイヤの開発は過去のプロファイル(断面形状)や、タイヤに刻む溝のパターンなどを参考にしながら改良を加えていくケースが多い。しかし、この車種は過去にほぼ納入実績がなかった。社内にデータの蓄積がないというだけで、難易度はかなり高くなる。しかも、納期は8カ月後。年単位で開発することの多いOEタイヤにおいては、異例の短さと言えた。先輩から助言をもらいながら進めていったが、なかなか思うように進まなかった。
設計者としての役割
あっという間に夏が来た。クライアントである自動車メーカーから要求されている性能を満たすため、試行錯誤を積み重ねる日々。開発時間を短縮しようと、性能の異なる2つの試作タイヤを並行して製造し、テストしてみる。しかし、理想の数値は得られない。結果から逆算して改善点を見いだすことも試みたが、それでも答えは見えなかった。
そんなある日、上司にこんなことを言われた。「数値だけで判断するならコンピュータにだってできる。しかし、タイヤは性能の数値が同じであっても、同じ動きをするとは限らない。試験データだけでなく、どのように動き、どのような影響を車両に与えているかを考え、解決手段を検討する。それが設計者としての大きな役割だよ」
「考えてみれば当然のことでした。タイヤは元々変形することを前提につくられています。タイヤを構成する部材や構造、使用するときの環境で、動き方も変わります。試験データという結果だけにとらわれていては、本質的なことは見えてきません」。そして、本質を理解しないまま設計したものが、理想通りの性能を示すわけがなかった。設計という仕事のもっとも大切な部分に、彼は改めて気付いた。
伝える立場
上司や先輩の力を借りながら、プロジェクトは何とか完了。幸いなことに、彼が考案した溝のパターンが採用された。横浜ゴムにとって、新しいパターンだったために、新たな名前がついた。現在もパターン案としてストックされていて、再び世の中に出る日を待っている。「先輩からは『ああ、あのかっこ悪いパターンのタイヤだろ』なんてイジられましたね(笑)。何はともあれ、自分が開発したタイヤを履いた自動車が北米の道路を走る姿を思うと、素直に嬉しかったです」
あのプロジェクトから8年以上がたつ。その間、彼はさまざまな部署を経験し、今、再びタイヤ第二設計部 設計2グループに戻ってきた。当時と違うのは、チームを持ったこと。自分のことだけを考えているわけにはいかなくなった。チームとして成果を出しながら、いかに後進を育てていくか。手を差しのべるべきところと、あえて見守るだけで任せるところ。このバランスが非常に難しい。つい口を出しそうになり、自分を戒めることも間々ある。
「ただ、あのとき、上司に言われた言葉から学んだ《本質を見抜こうとする大切さ》は、しっかりと伝えていきたいです。私自身、それに気付けたおかげで、部署が変わっても、自分なりに納得のできる仕事ができるようになりました。そしてそれが、どんな場面でも乗り越える力になったと思います」