RECRUITMENT
メーカーがメーカーであるために
ここは、とある異国の地方都市。川沿いの道を、1台のミニバンが走る。向かう先に見えるのは工業地帯だ。ミニバンのトランクには、2本のタイヤが積まれている。彼女は後部座席に座り、外の風景を眺めていた。およそ1年を要したこのプロジェクトが、とうとう終わりを迎えようとしている。達成感というか充足感というか、一言では言い表せない感情が込み上げてくる。この30分後、彼女は調達担当として、ある大きな買い物のための決断を下すことになる。
資材調達部は、原材料以外のすべてを調達する部門である。生産設備をはじめ、検査機器や実験設備など、調達する対象は多岐にわたる。要するに、必要な設備に応じて購入先を選定し、価格交渉を行って仕入れること。それが彼女の仕事だ。メーカーがメーカーであるためのインフラを整える部署とも言えるだろう。数年前の採用面接のとき、「メーカーの魅力は、技術の現場とともに自社商品をつくり出し、世の中の皆様にファンになってもらえるところ」だと聞き、横浜ゴムを志望した。「私は文系でしたが、生産現場と近い距離感で仕事がしたいと思っていました。この思いを実現するには、資材調達部はいいポジションだと感じていますね」
ただ、調達といっても、スーパーでちょっと買い物をしてくるのとはわけが違う。価格においては、数百万円のものもあれば、数千万円から億を超えるものもある。それに購入先の選定から設備が納品されるまで1年以上かかることだってある。それだけにシビアな目と判断力を求められるのだ。
吟味し、総合的に判断する
アメリカ・ミシシッピ州にトラック・バス用タイヤを製造する自社工場がある。そこで使用されるX線検査装置の買い替えが彼女のミッションだった。この装置は、完成したタイヤの最終的な品質評価に用いられるものだ。既存の設備を買い替える場合は、基本的に各工場の調達部門が担当する。しかし、新規設備の導入や購入先を変更するときは、本社の資材調達部が動く。本件は、取引実績のないメーカーの製品を購入する方向で進んでいたため、本社が動くことになった。
アメリカ工場で生産されるタイヤは、最高グレードの性能を有する。そのため、設備にも高機能性、およびメーカー側の手厚いサービス体制が要求された。また、購入先を選定する上では、技術力や価格はもちろん、メーカーのサービス拠点や常駐する技術者のスキル、故障した際の予備品在庫に至るまで、さまざまな視点で吟味し、総合的に判断しなければならなかった。
ただ、メーカー側との具体的な交渉に入る前から、詳細な情報を集めるのは難しい。「インターネットでひたすら情報をかき集めるという地道なことを続けました。また私自身、X線検査装置というものを扱うのが初めてでしたので、ゼロベースから勉強しました。知識がなければ、現場が必要としている装置かどうかを判断することができませんし、メーカー側との交渉もできないので」
背景を理解する
候補は1社に絞られた。海外メーカーなのだが、装置の機能レベルは群を抜いて高い。しかし、その分価格も高かった。ここからが調達に携わる者の腕の見せどころである。まず、自社工場に通い詰め、現場が要求する機能の妥当性を精査していく。新しい設備を導入するとなると、「あれもあれば、これもあれば」と、機能の要求が必要以上に増えている可能性があるからだ。そこで、あらゆる機能の妥当性を、その背景にまで踏み込んで再検討し、取捨選択を図った。
「全体を俯瞰すると、次第に優先順位が分かり、必要なものとそうでないものが明確になってきました。また、他の装置で代用可能な機能をあぶり出すこともできました。ある程度の設備の仕様がまとまってきたら、あとはメーカー側との価格交渉です」。その結果、予算内に価格を抑えることができた。しかし、自身の役割はそこで終わりではない。最後のミッション。それは、想定通りに装置が完成されているかどうかの検査だ。彼女は、海外メーカーの現地生産工場を訪れた。
──生産工場に到着。ミニバンを降り、同乗していた関係者と一緒に2本のタイヤを工場に運び入れた。そして購入予定であるX線検査装置で、実際にタイヤの検査を行う。想定通りの結果が得られた。彼女はほっと胸をなでおろした。
現場にとって最適なものを
今も、アメリカ工場では彼女が調達したX線検査装置が稼働している。現場の評判も上々だ。近く、国内生産拠点の新城工場で使用するX線検査装置も同メーカーから購入することが決まった。「自分で汗をかいて見つけてきた設備なので、評判が良いのは嬉しいですね」
ただ、現状に満足しているわけではない。新たな調達案件に携わるたびに、もっと勉強しなければならないと痛感している。ゴムを練るミキサーやゴムを伸ばす圧延機、タイヤを組み立てる成型機など、設備の種類は膨大だ。いずれも取り扱いには専門知識が必要になる。加えて、生産現場での使用方法によっても、それぞれ求められる機能も異なってくる。「設備の技術者と同じレベルの知識を身に付けるのは難しいですが、彼らの話す内容を理解できる程度には詳しくならなければと思います。私たちの役割は、“各現場のニーズを満たす最適な設備を調達する”ことなので」
あのプロジェクトを通じて、彼女は仕事の難しさと面白さを改めて知った。調達に携わる者にとって何より必要なのは、「行動力」だということも。その後は、現場をはじめ、関係各所とのコミュニケーションの頻度が高まり、スムーズに仕事を進められるようになった。“各現場のニーズを満たす最適な設備を調達する”。その役割を全うすべく、彼女は突き進む。そして横浜ゴムは、彼女たちが見つけてきた設備により、この先もずっと世界に信頼され、独自の存在感を放つメーカーであり続けるのだ。