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横浜ゴムがモータースポーツに取り組む意味

2019年02月20日

様々なレースシーンで活躍するADVANレーシングタイヤ。その歴史は40年に及び、日本はもとより世界各国で、そしてクラスやカテゴリーを越えて挑戦を続けている。ここでは横浜ゴムがモータースポーツ活動にかける情熱と意義を紐解いていく。

頂点カテゴリーからグラスルーツまで

ADVANブランドを展開する横浜ゴムほど幅広いモータースポーツ・カテゴリーに長く参戦しているタイヤメーカーは世界的に見ても珍しい。

ADVANのロゴが初めてサーキットを走り始めたのは、ADVAN初の市販車用タイヤ「ADVAN HF」が発売された翌年にあたる1979年のこと。以来、フォーミュラカーレースはいうに及ばずツーリングカーレースやGTレース、さらにはラリー、ダートトライアル、ジムカーナ、レーシングカートにもタイヤを供給してきたほか、国際レベルではル・マン24時間やマカオGP/F3にも深く関わり、幾多の栄冠を勝ち取ってきた。

マイナーツーリングカーレースで活躍した「ADVAN」カラーの
「ADVAN つちや サニー」(1980年)

全日本F2選手権で初優勝した「ADVAN 東名マーチ(822/BMW)」(1982年)

横浜ゴムのモータースポーツ活動でもうひとつ特徴的なのは、トップカテゴリーだけでなく参加型のグラスルーツ(「草の根」の意味)カテゴリーまで垣根なくサポートすることで、現在の国内フォーミュラカーレースでいえばトップカテゴリーの全日本スーパーフォーミュラ選手権を筆頭に全日本F3選手権、JAF地方選手権のスーパーFJまでを網羅。GT/ツーリングカー系ではSUPER GTのGT500クラスとGT300クラスにタイヤを供給するほか、86/BRZレースでも根強い人気を誇っている。さらに、2018年より従来のWTCC(世界ツーリングカー選手権)から車両規則などを見直して再出発したWTCR(世界ツーリングカーカップ)にはWTCC時代の2006年から継続してワンメイクタイヤを供給。横浜ゴムとADVANブランドに寄せる信頼は文字どおり世界規模の広がりを見せている。

全日本ラリー

全日本ダートトライアル

全日本ジムカーナ

「操る楽しさ」を追い求めて

なぜ、横浜ゴムはここまでモータースポーツ活動に注力するのか?その意義を、取締役常務執行役員で、タイヤ等の技術を統括する野呂政樹は、次のように語る。

「『自動車を操る楽しさ』をタイヤメーカーとしてしっかり支えていかなければいけないという思いが私たちのなかにあって、それもトップクラスのプロフェッショナル・レースだけでなく誰にでも参戦できるグラスルーツ・カテゴリーまですべて支えたいという、一種の使命感のようなものが社内で脈々と受け継がれてきた結果であると考えています」

環境意識の高まりを受けて、自動車のCO2排出量を削減するタイヤの転がり抵抗低減に横浜ゴムが早くから熱心に取り組んでいるのは周知の事実。また、多くのユーザーが期待するタイヤの静粛性といった分野でも横浜ゴムの製品は定評がある。そういった、タイヤに求められる「当然の性能」はしっかり抑えたうえで、付加価値である「操る楽しさ」を追求する。そうすることで「横浜ゴムの存在感を打ち出していくことができる」と野呂は考えているのだ。

こうしたモータースポーツ界への貢献は、横浜ゴムにも有形無形のメリットをもたらす。「2016年にワンメイクタイヤの供給を開始したスーパーフォーミュラがその代表例ですが、トップクラスのカテゴリーに参戦すると販売の現場で働く皆さんのモチベーションが確実に上がります」と野呂。「そもそもスーパーフォーミュラのように性能の要求レベルが高いレースカテゴリーにタイヤを供給できるメーカーはそれほど多くありません。そういう高い技術力を備えたメーカーが作るタイヤを扱っているという事実が、販売の現場に立つ方々に自信を与えたり、お客様への説明に説得力をもたらすことに結びつくのです」

プレミアムカーへ純正承認されている
ADVAN Sport V105

モータースポーツへの参戦は、意外な形で横浜ゴムのビジネス・チャンス拡大に役立つこともあるという。野呂が続ける。「高性能なドイツ車向けOE(新車装着)タイヤを開発している弊社のドライバーがヨーロッパにいるのですが、彼らのような開発ドライバーの間にはメーカーの枠を越えたコミュニティのようなものが存在していて、常にコミュニケーションをとりあっているようです。また、そうしたドライバーのなかには国際的なレースに出場する選手が少なくなく、サーキットなどで頻繁に情報交換がされているとも聞きました。

そんな場所で、あるスポーツカーメーカーの開発ドライバーが『ヨコハマはロードカー用にもいいタイヤを作っている』と語ったところ、これを耳にしたBMWのドライバーが仲を取り持つ形で私たちとBMWの対話が始まり、結果的に横浜ゴムの製品がOEタイヤとしてBMWのM社に採用されることとなったのです」

市販車向けタイヤに生かされる先端技術

極限的な性能が要求されるモータースポーツへの参画がタイヤメーカーにあまたの技術革新をもたらすことはよく知られているとおり。しかも横浜ゴムでは、モータースポーツの分野で誕生した技術がADVANをはじめとする市販車向けタイヤの開発に生かされることも少なからずあるという。

「近年、SUPER GTなどのレースで使われるウェットタイヤは路面が濡れているときだけでなく、ドライに近い状態でもある程度の性能を発揮します。これは、実戦ではウェットタイヤでドライ路面を走ることもあるためですが、ここで用いられる技術の一部は市販車向けタイヤのウェット性能を向上させるうえでも役立ちます。こうした傾向はSUPER GTだけに留まらず、スーパーフォーミュラやWTCRでも見られており、様々なカテゴリーでレーシングタイヤと市販車用タイヤが相互に影響し合うような現象が起きています」

市販車向けタイヤに技術が転用されるのはトップカテゴリーだけでなく、グラスルーツ・カテゴリーでも同様のことは起きているという。「参加型モータースポーツで重要となるタイヤの耐久性に関する技術が市販車向けのハイパフォーマンスタイヤに活用されることもあります」と野呂。「それもタイヤの構造や骨格に関するものだけでなく、設計の手法や生産技術の部分でも学ぶべきことはあります」

ADVANブランド製品(OE・REP計)のグローバル販売本数の推移
2009年度を100としたときの指数換算

モータースポーツ用タイヤと市販車向けタイヤが技術的に近づいてきたのは、スポーツモデルのハイパフォーマンス化が進んでレーシングカーに近づいてきた影響ともいえるが、その一方で横浜ゴムが社内に技術交流を行いやすい開発体制を整えていることも深く関係している。たとえば、モータースポーツ用タイヤと市販車向けタイヤを開発する部門はいずれも消費財開発本部に属しているため、似たような技術的課題を抱える担当者同士が直接コミュニケーションをとることは難しくない。また、部長クラスの責任者は定期的に開かれる技術連絡会に参加しているので、各々が直面する技術テーマをここで共有し、必要に応じて担当者に情報が伝えられることもあるという。

技術者のコミュニケーションを考え2017年に新設した研究開発センター第2ビル

世界のモータースポーツを支える

ここで、モータースポーツの各カテゴリーにおける横浜ゴムの役割を改めて整理してみよう。

横浜ゴムが全日本スーパーフォーミュラ選手権のオフィシャルタイヤ・サプライヤーを務めていることは先に述べたが、2018年シーズンからはミディアム・コンパウンドとソフト・コンパウンドの2スペックを全レースで供給することになった。しかも、各ドライバーは決勝レース中にそれぞれのコンパウンドを必ず1度は使用しなければいけないために戦略の幅が広がり、白熱したレース展開が繰り広げられている。とりわけ2018年最終戦ではチャンピオン争いを演じる山本尚貴選手(TEAM MUGEN)とニック・キャシディ選手(KONDO Racing Team)が異なる戦略で決勝レースに挑み、最後の最後までタイトルの行方がわからない緊迫した戦いを生み出したが、スーパーフォーミュラのシリーズオーガナイザーである日本レースプロモーションの倉下 明社長はこの最終戦について次のように語っている。「ミディアム・タイヤで逃げようとする山本、ソフト・タイヤで急追するニック、スタンドであがる悲鳴……。スーパーフォーミュラ最終戦は2スペックタイヤの魅力を凝縮したような戦いとなりました。(中略)素晴らしいタイヤを供給してくださった横浜ゴムの皆さんに最大限の敬意を表します」

全日本スーパーフォーミュラで使用されたミディアムコンパウンドタイヤとソフトコンパウンドタイヤ(赤ライン)

SUPER GTのGT500クラスではKONDO Racing Teamが2006年の参戦当初よりADVANを履き続けている。チーム代表を務める近藤真彦監督は横浜ゴムとの結びつきをこんなふうに振り返る。「近年、横浜ゴムのスタッフひとりひとりから(自分たちが)モータースポーツを支えているという強い気持ちを感じるようになりました。それが実り、2016年にはGT500クラスでタイヤ無交換による優勝も達成できました。本当にスタッフひとりひとりの意識が向上しているのを感じます。私たちもそれに応えなければいけないし、横浜ゴムにも私たちの期待に応えていただきたい。いま、日本のモータースポーツを足元から支えているのは横浜ゴムと言っても過言じゃないですね」

同じSUPER GTのGT300クラスにエントリーするGOODSMILE RACING & TeamUKYOの片山右京監督はADVANレーシングタイヤの性能が常に進化していることを実感しているという。「昨年来、ウェットタイヤには課題がありましたが、かなりのレベルで解決されているほか、ドライタイヤ(の性能)については抜きん出ていると思います。レース以外のタイヤ開発にもそのような姿勢が反映されているから、世界の多くのプレミアムカーにもADVANが採用されているのでしょう」

KONDO Racing Teamの「フォーラムエンジニアリング ADVAN GT-R」

GOODSMILE RACING & TeamUKYOの「グッドスマイル 初音ミク AMG」

2017年秋にそれまでのWTCCからの転換が急遽決まったWTCRにも横浜ゴムは引き続きワンメイクタイヤを供給している。シリーズ・プロモーターのユーロスポーツ・イベントを率いるフランソワ・リベイロ代表も横浜ゴムに絶対の信頼を寄せるひとりだ。

「製品のクォリティ、専門的技術、サービス体制、そして揺るぎない名声など、横浜ゴムはWTCRにとって理想的なパートナーです。様々な種類のサーキット、距離の短い市街地コースから高速コース、さらには全長25.378kmのニュルブルクリンク・ノルドシュライフェにいたるまで、横浜ゴムは常に素晴らしい性能のタイヤを供給し、どんなコンディションでも安定したパフォーマンスを発揮してきました。私たちの関係が今後も長く続くことを期待しています」

2018年、前身WTCCから新生スタートしたWTCR

そして未来へ……

こうした関係者の言葉から浮かび上がってくるのが、横浜ゴムのスタッフがモータースポーツに抱く情熱であり、タイヤメーカーとレーシングチーム(もしくはレース主催者)という垣根を越えた厚い信頼関係である。

「ビジネス的な側面だけでモータースポーツ用タイヤの開発を捉えれば『このくらいやっておけばいいんじゃない?』という判断もありうると思いますが、横浜ゴムの技術者はみんな負けず嫌いだから、カテゴリーの重要度とは関係なくレギュレーションで許されている範囲で精一杯努力します。そのことは私自身もすごく感じていますね」。部下たちの奮闘をそう評した野呂は、彼らの実力が最大限に発揮されるよう人事面でも細心の注意を払っているという。

「ある程度のインターバルで配置換えを行っています。そうすることで技術者ひとりひとりの能力を向上させるのが狙いですが、なかにはすぐに伸びる人もいれば、伸び始めるまでに時間のかかる人もいます。だから、すぐに実力を発揮できる人はどんどんローテーションして成長をさらに促せばいいし、逆に時間がかかる人だったらある領域でじっくり仕事をしてもらえばいい。そういうことは画一的に決める必要はありません。昔、上司であった役員は『人は材料ではなく財産だ』と話していましたが、まさにそのとおりだと考えています」

未来のモータースポーツについてはどうか?電気自動車による国際レベルのレースシリーズが開催されるなど、モータースポーツ界でも電動化の兆しが見え始めた。こうした流れを、野呂はどのように捉えているのか?「モータースポーツでも電動化は今後、間違いなく進むでしょうね。ただし、私たちは『操る楽しさ』を内燃機関だけに限定するつもりはないので、電動自動車を用いたモータースポーツにも活動の幅を広げる可能性はあります」

つまり、電動化の波が押し寄せても横浜ゴムがモータースポーツと向き合う姿勢は変わらないということか?「『操る楽しさ』を追求するという点において、人間はたぶん変わらないんじゃないでしょうか。将来的に『空中を浮いて走行する自動車』ばかりになったら話は別ですが、そうならない限り、『操る楽しさ』を提供する横浜ゴムというタイヤメーカーの役割は変わりません。ですから、電動化時代がやってきても私たちは引き続きモータースポーツを支援していくと確信しています」

時代は変化してもADVANはモータースポーツを戦う者たちに寄り添っていくことだろう。

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