2014 FIA WTCC Race of JAPAN (3-1)

2014年のWTCC(FIA世界ツーリングカー選手権)、日本ラウンドが行われる鈴鹿サーキットは、いよいよレースウィークに突入。10月24日(金)はテスト走行が行われ、初のフルコース開催は週末の土曜日に公式予選、そして日曜日に決勝レースが開催される。
WTCCを足元から支えているヨコハマタイヤにとっては、母国・日本での一戦ということでスタッフもより気を引き締めて臨むWTCC Race of JAPAN。そんなスタッフの中から、WTCCのタイヤ開発を担当するエンジニアが、2014年のWTCCを語る。


TC1規定の導入と、タイヤ18インチ化の背景

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ヨコハマタイヤのモータースポーツ活動を司っている、ヨコハマ・モータースポーツ・インターナショナル。渡辺晋は開発本部のWTCC・欧州 技術担当として技術面においてFIA(国際自動車連盟)との折衝なども行いながら開発を主導、開発2グループの金子武士がエンジニアとして開発担当業務にあたっている。渡辺は2006年にWTCCがヨコハマタイヤのワンメイクになった当時から携わっており、過去に何度もWTCCを特集する記事でも登場している。日本人では最もWTCCを知り尽くし、戦いの現場に立ち会っている一人であると言えるだろう。

2014年、WTCCは新たにTC1規定を導入し、車両のパフォーマンスを高めた。タイヤもこれまでの17インチから18インチとなったが、その背景を渡辺は次のように振り返る。

「2012年に行われた会議の席で、ヨコハマタイヤから提案した18インチのサイズが採用されました。17インチで苦労してきた部分もあったので、それも踏まえてレースが盛り上がり、チームもタイヤに対する自由度が上がることを考慮して決めたサイズです。もちろん17インチで培ったノウハウも詰め込んでの18インチ化なのです」

では、具体的な18インチのコンセプトとはどのようなものなのだろうか。渡辺は基本コンセプトに変化は無いと語る。

「目指すところは17インチと18インチで変わることはありません。ただ、17インチはタイヤをいっぱいいっぱいに使っていて、チームは何も出来なかったんですよ。
例えば空気圧は、ギリギリに下げられるところをチームが探し出して、それよりも下げてもどうしようもない、上げるとグリップが下がるだけ、というところまで来ていました。キャンバーもそれに伴って限界まで来ていて、タイヤを使えるギリギリのところにあったのです。その結果として、チームや使っている車の色があまり出なくなっていました。
それが18インチになることで、空気圧でいえば下げていくとあるところでベストのグリップを得られ、もっと下げていくとタイヤは壊れないけれどタイムは出なくなるね、となるのです。では空気圧を下げるとタイヤのたわみが大きくなるので、キャンバーを寝かせてみようとか、自由度が高くなり、チームの色がきちんと出るタイヤになりました」



キャパシティを高め、絶対的なグリップ力をアップさせる

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世界最高峰のツーリングカーによるスプリントレースであるWTCC。その魅力をさらに高めるTC1車両規定の導入とタイヤの18インチ化だが、いざタイヤの開発を進めるとなると、単にそれまでの17インチを18インチにするという言葉にすれば単純な変更を実現するための苦労も多い。渡辺が続けて、開発の舞台裏を紹介する。

「オーガナイザー側も18インチ化を臨んでいました。それは技術的な面だけではなく、昨今はベースとなるノーマル車でさえも18インチを標準装備しているのに、レーシングマシンが17インチでタイヤ外径も小さいのは格好悪いだろう、と(笑)
そこで18インチ化が進んでいくのですが、仮に従来の17インチと同じ断面形状で1インチアップさせるとサイズは240/635R18となり、それを作ればおしまいとなります。しかし、それではタイヤの外径が大きくなってキャパシティも増して少しは楽になりますが、ドラスティックに変化するわけではありません。
そこでSUPER GTも見習って幅を10mmアップして250にして、外径も635ではなくワンランク大きくしてハイトを高めてたわみも良くしてグリップを上げようということで660にしました。
こうして250/660R18と、外径を1インチアップした上にセクションハイトでも1インチ、合計2インチアップさせました。これにより絶対的なグリップを高めつつ、タイヤとしてのキャパシティを向上させています。それこそが、ある意味で最も大きなミッションでしたね」

こうして決められたTC1車両向けの新タイヤのサイズ。しかし、実際にタイヤ開発がスタートはしたものの、装着する車両も2014年からのデビューということで各チームは一から開発を進めるという状況にあった。そして、車両側の開発がやや遅れ気味だったことは、タイヤ開発陣にとって苦労する要因となったのである。その点を渡辺に振り返ってもらおう。

「私たちとしてはタイヤを開発する段階で、実際のTC1規定車両で走りたかったのです。しかし、各チームの車両開発や制作スケジュールの問題から、オーガナイザーにも直接お願いはしていたのですが、結果としてそれは叶いませんでした。車両開発ではシトロエンが若干先行していましたが、その車だけを使ってタイヤ開発を行うことは不公平になってしまうので、ワンメイクタイヤを供給している立場からも出来ません。もしやってしまうと、大スキャンダルにもなりかねませんから(笑)
そこで、ある車をTC1規定が目指すところと似たようなコンセプトでチューニングしてもらい、これでタイヤ開発を進めました。ただ、実際のTC1車両ではないので、蓋を開けてみたらビックリするということもありましたけれどね。また、日本のスーパー耐久シリーズで同じサイズを使っている車種もありますので、この経験も活かして開発を進めました」



さまざまなモータースポーツシーンで培った経験と技術

新しい18インチタイヤの開発、その舞台裏を紹介した渡辺の話には、SUPER GTやスーパー耐久といった言葉も出てきている。ご存じの通りヨコハマタイヤは世界的な規模で様々なカテゴリーのモータースポーツ活動を展開しており、そこから得られる経験は互いにフィードバックし合いながら、技術力を全体的に高めてきている。
WTCCには2006年からワンメイクタイヤを供給しているが、この9年間で得られたものも非常に大きいと渡辺が語る。

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「以前もお話ししたように、WTCCへのタイヤ供給は9年目になりますが、従来のタイヤは大きな仕様変更をすることなく供給を続けてきました。これが複数のタイヤメーカーが競い合っていると仕様もコロコロ変わってしまうところですが、同じタイヤで我慢もしながら世界中を転戦してきたわけです。
すると、いろいろな気温条件や世界中のサーキットの多種多様な路面を見ていくと、このタイヤはどういうものなのかということが良く分かります。色々な状況を目の当たりにするとアイディアも浮かんできて、タイヤ開発の“引き出し”の数が増えましたね。このサーキットではこんな状況だけれど、これまでの経験からして慌てることはないと冷静に判断も出来ますし。
何年も同じタイヤで戦うという経験はWTCCまで無かったことですから、他のカテゴリーにフィードバックすることも多いですね。例えばFIA GT3車両のタイヤなどには、WTCCでのノウハウを担当者に伝えて活かしてもらっています」

こうしたカテゴリー相互のレベルアップに加え、タイヤ開発エンジニアの育成という人材面での効果もWTCCから得られるメリットのひとつに挙げられる。2014年、新たにWTCC担当となった金子は、今年になってモータースポーツに配属されたニューフェイスだ。

「私は入社して15年くらいになりますが、元々モータースポーツにはそんなに興味が強いほうではなかったのです(笑)。ですが、開幕前にフランスで行われたテストで初めてWTCCの現場に立ち会い、それから開幕戦のモロッコで実戦を経験して、見るもの全てが新鮮な思いでした。走っている車を間近に見て、内容も深く知ってくると興味もどんどん沸いてきて。今は色々なことを教えてもらい、貴重な経験をさせてもらっていることを実感しています。この初心をいつまでも忘れないで、よりよいモータースポーツタイヤの開発をしていきたいですね」

WTCCにワンメイク化の当初から携わってきた渡辺と、今年新たにモータースポーツのタイヤ開発という世界に飛び込んできた金子。二人の二人三脚で世界最高峰のカテゴリーを支えていくが、渡辺はモータースポーツタイヤエンジニアとしてWTCCを経験できることの意義を次のように語る。

「江戸時代、商人の子供は本物を知るために親が金の小判でしか遊ばせなかった、なんていう話もあります。それと同じで、WTCCというのは世界選手権タイトルがかけられた、本物のトップカテゴリーです。これを経験できるということは、将来的に他のカテゴリーの担当になったとしても役に立つでしょうね。
個人的には、最初にあまりパーフェクトではないものを見ると、『モータースポーツって、こんなものか』という先入観が出来てしまうような気もします。そうすると、タイヤエンジニアとしてその先の階段を登っていくのも難しくなってしまうでしょうね」



長年の世界的なモータースポーツ活動を通じて、脈々と受け継がれているヨコハマタイヤのスピリットが惜しみなく投入されているWTCCのタイヤ。その生まれ故郷である日本でのレースは、初の鈴鹿サーキット・フルコースが舞台として用意された。
次のページではタイヤエンジニアの二人が、この鈴鹿ラウンドの見どころや2014年のWTCCの面白さを紹介します。

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