CULTURE

「若き才能に無限の可能性を──」
その想いを原動力に活動する
FORMULA DRIFT® JAPAN。

2026.7.10

FORMULA DRIFT® JAPAN(FDJ)には、3つのカテゴリーが設けられている。全体を俯瞰すると、トップカテゴリー(FDJ1)を脅かし、ともすれば世界へ羽ばたこうとする10代の若き精鋭たちが続々と台頭していることがわかる。顕著な事例となった2026年 FDJ2 第3戦・エビスサーキットを取り上げながら、若者たちが夢を現実に手繰り寄せていく挑戦に迫る。さらにその環境を構築した主催者の願い──若者たちに活躍の場を与えることの意味と意義を探る。

Words:中三川大地 / Daichi Nakamigawa

Photography:真壁敦史 / Atsushi Makabe

まるで水を得た魚のように
大雨を制した10代の若者たち。

激しい雨がコースを打ちつけ、このテクニカルコースの路面を黒光りさせている。コンクリートウォールの手前には大きな水たまりまでできていて、横を向けたマシンが乗るたび、まるで車体がふわりと浮いたようになって挙動を変えてしまう。もはや真っ直ぐ走るのさえ困難だと思える状況ながら、それでも選手たちはウォールぎりぎりまで果敢に攻めていた。

FORMULA DRIFT® JAPAN2(FDJ2)第3戦・エビスサーキット。それは6月20日(土)の予選・単走、次ぐ21日(日)の決勝・追走トーナメントともに、ヘビーウェットに翻弄される闘いとなった。大勢が雨に呑まれてマシンを掌握できず敗退を喫していくなかで、FINAL(決勝)へと駒を進めたのは、中村龍輝(#1 / N-style with VALINO / S15 SILVIA)と、茂木真那斗(#270 / 27WORKS / S15 SILVIA)だった。

中村龍輝(写真左)と、茂木真那斗(写真右)は、中学生ドライバーとして、互いの走りに刺激を受けながら、ともにトップドライバーを目指すライバル同士だ。追走バトルでは大人を唸らせるほどの真剣勝負を繰り広げたが、ヘルメットを外せば途端に仲のいい友人同士になる。

彼らの闘いには、目を見張るものがあった。両者とも一寸の狂いもなく、各ゾーンへとマシンを放り込んでいく先行に、そこに負けじと食らいつく精度の高い後追い。甲乙付け難いお互いの走りを前にワン・モア・タイムへ。その後も互いに一歩も譲らなかったものの、茂木が先行の際にリアをウォールにヒットさせてしまったことが決定打となり、勝利は中村のもとへと渡った。審査員を務める今村陽一は、冷静沈着に走りを見極めながらも、言葉としては「すごい、感動しか出てこないですね」と、両選手のバトルを興奮気味にまくし立てた。それはもはやトップカテゴリーのFDJ1に追いつき、超越するような追走バトルだった。

FDJ2 第3戦・エビスサーキットの追走トーナメントFINAL(決勝戦)では、中村龍輝(写真左)と、茂木真那斗(写真右)の直接対決となった。先行、後追いともに甲乙つけ難い激しいバトルを繰り広げて、最終的には中村が栄冠を手にした。2026年の第3戦が終了した時点で、中村がシリーズランキング1位、茂木が3位につけている。

このFINALでの闘いは、1から3まで、3つのカテゴリーに分類されるFDJの“現在”を象徴している。それはトップカテゴリーに肉薄するハイレベルな闘いだけを意味するのではない。茂木真那斗は14歳にして中学3年生、中村龍輝は13歳の中学1年生である。彼らの活躍に見受けられるように、いまFDJの場では次々と10代の若者が台頭している。FDJ2第3戦・エビスサーキットを例に挙げると、彼らふたりに加え、10代の若者がほかに4名も出場していた。

幼少期から夢を追いかけて
ドリフトの練習を続ける日々──。

多くの選手が、小学生のころからシミュレーターを使って練習し、手足がペダルに届くようになるころに実車を覚えて、FDJ3への挑戦から始めていく。冒頭のふたりもまたFDJ3からのステップアップ組にして、すでにシリーズチャンピオンの筆頭格とされている。彼らの挑戦に対して、茂木はレース前にこんなことをいっていた。

「小学校1年生のとき、YouTubeでドリフトの動画を見て、興味を持ちました。お父さんがドリフトをしていた影響もあります。4年生のときにはじめて実車に乗って、そのあとシミュレーターでも練習を始めました。めちゃくちゃ楽しいです! やっぱり、大勢のギャラリーの前で、たくさんの煙を出して走りたい。いまの目標は、まずFDJ2でシリーズチャンピオンを取ること。そして来年はFDJ1へと上がって3位以内に入って、再来年、アメリカやヨーロッパに挑戦したい!」

年相応ゆえの無邪気さを滲ませながらも、その眼差しはすでにしっかりと己の未来を見据えていた。茂木は目の前の勝利を追いながらも、毎戦ごと、いや1周ごとを、ステップアップのための“練習”だと己に課していた。全面的にサポートする父親の茂木武士はこう述べる。

茂木真那斗のFDJシリーズへの挑戦には、父親の茂木武士が全面的にサポートし、現場への帯同に始まり、チーム監督、マシンセッティング、そしてスポッターまでをこなしている。現在、FDJ1へのステップアップを前提に、自宅では新しいマシンを製作している最中でもある。可能な限り、親子で手を汚しながら勝つためのマシンを育てるビルダーでもある。

「学校から帰ると、いつも3、4時間はシミュレーターで練習しています。シミュレーターで理想のマシンをつくり、高い精度を保ったドライビングスキルを合わせ込んでいって、それを実車で再現するアプローチです。そういうやりかたをしているから、うまくなるスピードが尋常じゃなく早いし、メンタルを含めた精度や安定感という意味でも強い。私自身もドリフトドライバーでしたが、私が10年かかって体得したスキルを、真那斗は1年足らずであっさりと超えていく。子どもならではの吸収力の高さ、そして元来の才能を含めて、自分がドライバーをやるよりも真那斗に託したほうがいいと思いました」

優勝した中村龍輝と、その父親にして現役FDJドライバーである中村直樹との関係性も、茂木親子と近しいものだった。中村龍輝は「ドリフトでステップアップしていって、海外に行きたい。そして一番の目標はお父さんを超えること」と断言していた。

FDJを始めドリフト界で活躍する現役ドライバーの中村直樹を父に持つのが中村龍輝だ。幼少期から自然とドリフトに興味を覚え、現在、中学1年生にしてFDJ2のトップランナーとなった。2027年のFDJでは、ともすれば親子対決が見られるかもしれない。「父を超える」という中村龍輝の目標が達成される日は、そう遠くないのかもしれない。

他にも期待の若手は少なくない。FDJ3からステップアップした3名の高校生ドライバーたちもまた、FDJ2を通過点としながら上を目指している。上原詠太(#831 / TEAM PROPS / S15 SILVIA)、徳山昇英(#151 / 999RACING×うーたんオート WITH じゃんかすパンダ / JZS151 CROWN)、そして前田 慶(#086 / TEAM ゼグラス WITH レーシングサービスワタナベ / AE86 TRUENO)は、己の思い描く未来への道筋を語ってくれた。その言葉の端々からは、家族やチーム、そしてスポンサーへの感謝が滲む。だからこそ、実戦はきわめて貴重な場だとして、1周、1ゾーンを大切にして経験を積み重ねている。もちろん、大勢の支えに対する恩返しこそ勝利であり、その後のステップアップである。

上原詠太(写真左)は、本格的にドリフトを始めてまだ2年足らずながら、急成長を遂げる16歳のドライバーだ。今年、開幕戦富士では単走優勝を果たしたほか、常に安定した走りで上位に食い込む。普段はシミュレーターを中心に練習をしているという。
徳山昇英(写真中)はFDJ3からFDJ2へとステップアップするにあたり、彼にとって先輩である藤田翔一が乗っていた「JZS151 CROWN」を受け継いだ。家族だけではなく、このような多くの支えに感謝し、それを噛み締めながら勝ちを目指す。
前田 慶(写真右)は、レーシングサービスワタナベのトップドライバーである田所義文に憧れ、彼らのスペアカーを譲り受けるかたちでAE86で参戦する。父親の前田明徳は参戦のために会社やチーム体制を整えるなど、万全の体制でサポートする。

飯島優惺(#707 / SHAKE OFF / JZX90 MARKⅡ)は今年で19歳。「周りのレベルが著しく上がっているFDJで真剣勝負することで、ドリフトの腕だけでなく、人間としても学ぶことが多いと感じています。20歳までには、絶対に結果を出したい!」と意気込む。

10代の選手だからといって、遊び半分で出場している者など誰ひとりとしていない。誰もが皆、家族やチーム、そしてスポンサーの支えを受けながら、若き才能を開花させようとしている。緊張が解きほぐれたときこそ、まだあどけなさをみせながらも、ヘルメットを被れば誰もがプロドライバーの凛々しい顔つきになっていくのが印象的だった。

過去2年間をFDJ3で闘い、今年からFDJ2へとステップアップしたのが飯島優惺だ。20歳を迎える節目の年だけに、何がなんでも結果を残したいと意気込む。父親の飯島欣亮はモータースポーツ業界とは異なる仕事を持つ純プライベーターながら、全力で彼の挑戦をサポートする。

若きヒーローを生み出すために
多くの困難を乗り越えてきた。

FDJという競技は、こうした10代の若者たちに拓かれているという意味で革新的だ。若き才能をしっかりと発掘し、それを適正に開花させていく競技だとも思える。一部のキッズカート、ジュニアカートなどを除けば、自動車免許を持たない年齢で参加できるモータースポーツは珍しく、ましてドリフト競技となれば異例の存在だろう。

この意味と意義について、FDJの大会委員長を務める岩田和彦はこう述べる。

「発端はシンプルです。いつの時代も、若い子が興味を持ってくれなかったら、その競技に未来はないと思う。だとすれば私たちが創りあげるFDJから、もっと広義で捉えるのならモータースポーツ界全体から、若いヒーローが出なきゃいけない。若いころから競技に挑戦してヒーローになり得る才能を開花させ、さらにそれに憧れを抱く次世代を輩出したい。そんな想いから、一律の年齢制限を撤廃しました。いまのところ、最年少では11歳がいました」

岩田和彦は、FDJの創設者にして大会委員長を務める。2014年の初上陸、そして2015年から現在にいたるFDJシリーズを創り上げてきた男である。特に若者の機会創出に力を注ぎ、それまでアメリカのFORMULA DRIFT(US)にさえ例のなかった10代前半の選手を生み出した。US側もその功績を認めて10代への門出を開き、FDJで育った箕輪大也が15歳でUSシリーズ最年少優勝記録を更新した。

その言葉だけを聞くと、簡単に年齢制限を撤廃したように思われる。だが、実際は一筋縄ではいかなかった。「ドリフトは危険だ。子供たちを危険にさらすわけにはいかない」という画一的な先入観が蔓延する世の中を、ひとつずつ説得して氷解させ、立ちはだかる課題を乗り越えなければいけなかった。サーキット側や保険会社との折衝があれば、義務教育中の生徒も多いことから学業との両立という問題もあった。たとえ親は全面的に協力してくれたとしても、世の中はそう簡単には認めてはくれないことを痛感した。

それでも岩田は東奔西走した。各方面への説得に加え、「出場したい」という子供がいれば、必ず自ら出向いて会いにいき、親を含めて実現へ向けての面談を重ねた。「バケットシートできちんと身体をホールドできて、なおかつペダル類を安全かつ的確に操作できる体格にまで成長しているか。学業と両立が実現可能か」といったことを、何度も対面して確認した。彼らが通う学校にまで出向いて、先生たちを説得した例もある。必ず一人ひとりと真摯に向き合って、参加への道筋を立てる作業は、現在も岩田自身が続けている。

「クルマの性能を限界値まで引き出して闘う競技である以上、トラブルやアクシデントは避けられないでしょう。でも、私たちはあらゆる観点から最大限に安全性を考慮したコースづくりや、イベントレイアウトを設計しています。クルマが接触したり、コースアウトした際の、安全マージンの設計は特に肝であり、ここには毎回、何度も何度も議論を重ねています。若者たちの参戦に限らず、挑戦者全員に対して“クルマを壊してほしくない”という理由もあります。修理に時間やコストを要して、出場を断念するような選手がいて欲しくはありません」

「過激なバトルをするためには、安全性を徹底しなければならない」として、マシンレギュレーションやコースレイアウトなど、何度も議論を重ねて「安心して挑戦できる場」を創り上げてきた。それは、自動車運転免許を持たない10代の若者にもチャンスを与えることにつながった。

真剣勝負で闘う場は
教育の場としても機能する。

若者たちに対する大会運営側の理解と、その水面下で積み重ねられてきた努力の数々──。これらが若者たちの挑戦を支えている。FDJの副大会委員長にして大会審査員を務める今村陽一もまた然り。岩田と手を取り合って、安全管理を徹底してきた。

「安全管理に関しては、選手本人と保護者の方々に対して、もう、うるさいくらいにいっていますね。特に若者たちは、公道、サーキット問わず運転のルールを知らないことを前提にしなければいけない。これを親や保護者頼りにするのは運営としては無責任であって、FDJというイベント全体を通して“教育する”目線を忘れないようにしています」

岩田、今村ともに口を揃えた「教育というのは、決して運転のルールや、競技の進めかただけではない」という言葉がとても印象的だった。

「たとえばイベント会場を常に綺麗に保つ。帰るときは、来たとき以上に綺麗にするとか、いつも元気に挨拶をするとか。とにかく色々なところに目配り、気配りをして、イベントとしてのクオリティをあげよう、と、私たちは取り組んできました。安全性を最大限に担保したうえで、真剣勝負の競技をつくるのは当たりまえ。来ていただいたお客さまを我慢なく、楽しんでいただくことが私たちの使命です。そのうえでご協力いただいたスポンサーの方々や、快くコースを貸してくれるサーキット運営者を満足させたい。ウィン・ウィンの関係を築くことこそ、イベントの未来を創ることにつながるのだと思います。そんなフィールドを若者たちが見て、感じて、そこから自然と学びながら育ち、世界へと羽ばたいていってほしい」

今村陽一は、自身がドリフトドライバーだった経験を踏まえて、FDJの副大会委員長にして大会審査員長を務める。人間が審査するシステムで成り立つFDJだからこそ、常に冷静かつ公平なジャッジを実践する。それでもジャッジを終えたあとに発せられるコメントからは、選手たちへの熱い想いがほとばしる。

破竹の勢いを持った成長を
ジャッジ目線で見守ってきた。

そんな若者たちが活躍する場に対して、今村は審査員としての目線で、またかつては自分自身がプロドライバーだった選手目線としても、多大なる期待を寄せている。

「成長速度がものすごく早い10代のころに、こうした経験をさせてあげることができる。日本ばかりか世界のドリフト競技にとって、ひいてはモータースポーツ界の未来にとっても価値のある活動だと思うんです。もし、自動車運転免許を取得する18歳まで出られないんだったら、上手い子たちなんて出にくいし、才能の芽を潰してしまうことにもなりかねない──」

成長の速さと、そしてレーシング・シミュレーターの一般化。このふたつが大きな要因となって、10代の若者たちの目覚ましい活躍があると今村は続ける。

「僕らの年代は実車で練習するしかなかったから、マシンの挙動っていうのはあくまで腰のセンサーで感じ取っていました。だけど、シミュレーターで育つと、目と頭で瞬時に理解して対処するので、反応速度がとても速い。加えて、コストをかけずにセッティングの試行錯誤や、反復練習もできる。そこに若者のほうが絶対的に有利な“反射神経の良さ”や“条件反射の体得しやすさ”が乗ってくるから、ものすごく成長が速い。そのうえで実車での体験をすると、ダンパーやタイヤの使いかたであったり、刻一刻と変化する路面状況への対応だったり、身体でも走らせかたを覚えていく。僕らが大枚を叩いてクルマを用意して、ときに壊したりもしながら、何年もかけて磨いてきた技術を、彼らは半年くらいで習得しちゃいますからね」

それは審査員として、すべての選手のジャッジをする立場にいて実感したことだという。初戦ではうまく操っていなかった選手が、2戦、3戦と重ねていくうちにあっという間に上手くなっていって、上位へと食い込んでいく。かつては20代、30代で芽が出ていた才能は、いまでは10代前半で表舞台へ現れるようになった。冒頭のふたりを含めたFDJ3からのステップアップ組は、その傾向を見事に証明している。

夢を手繰り寄せる挑戦を支える
YOKOHAMA / ADVAN。

岩田、今村が旗を振ってFDJは成長軌道を続け、若者たちの登竜門としても機能し始めた。それは彼らの理念だけではなく、若者たちが継続的に挑戦できる環境を整えたからでもある。その環境構築の意味で、欠かせないピースがYOKOHAMA / ADVANだという。現在、FDJ1のタイヤはマルチメイクとして、各タイヤメーカーがしのぎを削る。しかし、FDJ2はADVAN NEOVA AD09、FDJ3はADVAN APEX V601とタイヤ銘柄が規定されている。

YOKOHAMA / ADVANワンメイクとしたことに対して、岩田はこういう意見を持っている。

「まず、横浜ゴムさんという企業が、私たちが運営するFDJの意味と意義を理解していただき、タイヤのサポートだけでなく、ドリフトライドに象徴されるイベント全体に協力していただけたことは、とても光栄に思います。ドリフト競技でワンメイクというのはとても異例です。しかしサイズを含めてタイヤを規定すれば、タイヤ選びに悩まなくていいし、マシンの出力性能を一定レベルに抑えることにつながるので、結果的にコスト削減になる。YOKOHAMA / ADVANであれば、品質や供給力など、どこをとっても安定性が高いし、性能にも抜かりはない。若者たちが闘いながら育つためには、最高の環境を提供できたと思っています」

FDJ2のタイヤは、ADVAN NEOVA AD09(FDJ2競技専用)と規定されている。サイズは235/40R17、255/40R17、235/40R18、255/35R18、265/35R18の5種類。なお、2025年からはホイールもMIDのワンメイクとなった。本稿で取り上げた10代の選手たちは、誰もがADVAN NEOVA AD09のドライ、ウェットを問わない高いグリップ力、そしてコントローラブルな特性を嬉しそうに語っていた。

さらに今村は、プロドライバーという立場から、YOKOHAMA / ADVANのナチュラルな特性を理解し、それが育成にとっては最大の武器になると評価する。

「皆、同じタイヤで闘うので、ライバルから一歩抜き出るためには、空気圧の設定を含めてタイヤの性能を引き出す必要がある。そんなタイヤの使いかたを含めて、ドライビングスキルを養ったり、セッティング能力を磨くにあたって、YOKOHAMA / ADVANはとても相性がいい。グリップ力の縦横のバランスがよくて扱いやすく、ウェットにも強い。ドライビングに変な癖がつくことのない、“選手を育てることができるタイヤ”という意味では、最高の素材だと思っています。FDJ3、FDJ2とステップアップしていくなかで、タイヤの差異を確かめることもできます」

FDJ2 第3戦・エビスサーキットでは、そんなYOKOHAMA / ADVANの魅力を感じ取りながら、10代の若者たちが伸び伸びと走っていた。誰もがそれぞれに課題を見出し、切磋琢磨しながら乗り越えようとしていた。目標はもちろん勝って勝って勝ちまくって、上のカテゴリーへと進出すること。ひいては世界へと羽ばたいて、スタードライバーになることだ。

小学校の卒業アルバムに記した「トップドライバーになること」という淡い将来の夢は、現時点ではまだ夢のままかもしれない。しかし、FDJという実践教育の場は、それをしっかりと「現実的な目標」へと変換する役割を担っていた。挑戦の日々はまだ始まったばかりだ。彼らは今日もまた、期待に胸を膨らませながら、仮想空間と現実のサーキットとを行き来して腕を磨いている。そして実戦の場でしか得られない緊張感を乗り越えながら、その極限下で人としても成長し、新たなタイヤ痕を刻み続けている。

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