Event

新しい感性と価値観を携えた
織戸茉彩のフロンティアスピリッツ。
Red Bull TOKYO DRIFT 2025(後編)

2025.10.24

父親である織戸 学とともに参加した『Red Bull TOKYO DRIFT 2025』で、織戸茉彩はひときわ輝いていた。彼女はいままで前例のないまったく新しい姿を追い求めて、日々、レース活動をしながら、インフルエンサーとして羽ばたいている。このイベントは「自分が表現したいもの、突き進みたい道」と気持ちいいほどシンクロしている場だったという。音楽、ファッション、そして多種多様のカーカルチャ──。そんな刺激たちと一体になった彼女の姿を追う。織戸 学と茉彩親子による世代を超えた『Red Bull TOKYO DRIFT 2025』レポート。その後編をお届けする。

Words:中三川大地 / Daichi Nakamigawa

Photography:安井宏充 / Hiromitsu Yasui(Weekend.)

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Red Bull TOKYO DRIFT 2025 / 後編

たくさんの景色を見ながら、
運命に導かれるようにクルマの世界へ。

織戸 学の次女として天真爛漫に育った織戸茉彩は、意外なことに20代になるまで、さほどクルマに興味があるわけではなかった。父親に対しての反骨精神ではない。モータースポーツやチューニングなどのカーカルチャーがすぐそばにある環境で育ちながら、それは「自分とはまったく別世界のもの」として割り切っていたようだ。彼女はカナダにあるオークベーハイスクールへの留学を経験し、帰国後は美容学校を卒業して美容師国家資格を取得する。

特に留学経験は本人が望んだものと同時に、父親の願いでもあった。「どんな道を歩むにしろ世界を目指そうとすると、どうしても語学力の問題と向き合わざるを得ない。僕の後悔は、英語をキチンと勉強してこなかったこと。若いうちから英語を体得していれば活躍の場は拡がる」という、モータースポーツで痛感した織戸 学の想いに娘である茉彩も共感したからだ。

「帰国してマニュアル免許を取ったまではいいんですが、乗らない日々が続いていました。初めて心の底から“クルマに乗ってみたい”って思ったのは、2020年の東京オートサロンで父のブースを訪れたとき。普段、見慣れているはずの父と、父がつくるクルマがとても眩しかったのを覚えています。スタッフや来場者の方々との触れ合いもとても心地よくて、“私もここに参加したい!”と思いました。最初は近所で練習してマニュアルの操作に慣れる程度でしたが、うまく操ることができるほどにのめりこんでいきました。そして父のサポートのおかげでレースに出るようになって、手に入れた愛車(GR86)も大切な相棒のような存在になりました」

イベントが始まる前、織戸茉彩は愛車であるGR86を、かけがえのない宝物のように大切に磨く。 始まりを待つ時間の中でクルマと向き合うその姿に、彼女らしい感性と新しい情熱が静かに息づいていた。

自分の人生をどう歩むべきか。という己の意思決定に対して、父親である織戸 学はそっと手を差し伸べた。彼いわく「こんなことになるんなら、早くから思いっきりクルマ教育をしておけばよかった」と笑う。それでも、思い立ったが吉日といわんばかりに国内A級ライセンスを取得して『Yaris Cup(ヤリス・カップ)』にてレースデビュー。その後は女性ドライバーのレースシリーズである『KYOJO CUP』にフル参戦しているのだから、織戸茉彩の成長には目覚ましいものがある。なにより、留学経験を含めてたくさんの景色を見てきたからこそ、インフルエンサーとしてのスタイルが形成されたのだと思う。

単なるレーシングドライバーや、クルマの動的評価を専門とするジャーナリストではない。音楽やファッション、美容といったカルチャーに人一倍の興味、関心を示していること。生来持っているのだろう天真爛漫さに加え、日本語と英語を駆使した高いコミュニケーション能力によって世界中に情報を発信するインフルエンサーとして活躍していること。クルマ畑だけにどっぷり浸かっていたとしたら、到底、そんな資質は芽生えなかったのだろう。このミックスカルチャー感こそが織戸茉彩の魅力である。

『Red Bull TOKYO DRIFT』こそ
織戸茉彩自身の世界観である。

それは『Red Bull TOKYO DRIFT 2025』の趣旨とも完璧に一致する。クルマだけを集めたモーターショーやレースイベントではないし、単なるクラブイベントやファッションショーでもない。父親の世代が育んだドリフトやチューニングに代表されるJDMを軸としながらも、あらゆるカルチャーを融合させて化学反応を起こし、まったく新しいカルチャーを創出するような試みだ。

光、音、そして人の熱気が交わり、夜の空気が躍動する。『Red Bull TOKYO DRIFT 2025』が生み出したエネルギーは、歓声とタイヤスモークを包み込み、空間そのものを震わせていた。その中心には、クルマを軸に広がる新しいカルチャーの鼓動があった。

実際、織戸茉彩はこのイベントを嬉々として歩きまわった。友達と笑いあい、写真を撮って共有し、特設ステージで催されたスペシャルパフォーマンスを全身で楽しむ。父親と一緒に参加しながら、決して連れてこられているわけではないのは明白だ。1分1秒たりとも無駄にはできないと、自らの意志で積極的に歩き回り、人と触れ合い、知識を吸収していた。

「とっても楽しいイベントでした。私がやりたい、目指しているカタチが『Red Bull TOKYO DRIFT 2025』には凝縮されていました。私にとっては、普段から接するお友達や、クルマでお世話になっている方々だけじゃなく、いろいろな人たちと関わることができるのがいい。クルマに興味のない人にこそ、体感してもらいたいようなイベントです」

カリスマオーナーたちの愛車を支えるのも、YOKOHAMA/ADVAN。どの一台にも、造り手の信念と走りへの美学が宿っていた。静かに佇むその足もとで、YOKOHAMA/ADVANは確かな存在感を放っていた。YOKOHAMA/ADVANの魂が時代を超えて受け継がれ、いまも走りの美学として息づいているからだろう。

織戸茉彩は決してプロのレーシングドライバーだけを目指しているわけではない。女性インフルエンサーという言葉で括るだけでは曖昧すぎる。いまのところは別の仕事を持っているわけでもない。前時代的な考えかたで斬ると、捉えどころのない存在だという意見もあるだろう。しかし、それでも彼女はまっすぐ前を見て、胸を張る。

「自分の職業を聞かれたとき、どう答えようか困っていたんです。だけど『Red Bull TOKYO DRIFT 2025』を体感して、背中を押されたような気持ちになりました。私はまさにこのイベントが体現しているような、多彩な活動をしていきたい。私のモータースポーツ活動もそのなかに含まれるんだと思います。よく考えると、いままで誰もやったことないんだから職業名なんて存在するはずがない。無理に型へはめたり、背伸びもしなくていいと確信しました」

次世代のスタードライバーが示す
カーカルチャーの映えある未来。

織戸茉彩の未来を受け入れるかのように、箕輪大也の駆るトヨタ・GRカローラが白煙と轟音をともなってスロープを駆け回る。老舗にして名門コンストラクターでるクスコ・レーシングが手がけた2025年FORMULA DRIFT® JAPAN(FDJ)の参戦マシンであり、彼はこれを手足のごとく操り、16歳にしてシリーズランキング2位を獲得した。今回の走りも競技さながら、まるで手抜かりがない。回数を重ねるごと、すぐそばに迫るウォールや、追走相手となったマッド・マイク(マツダ3)との間隔をどんどん縮め、見るもの誰もを魅了させる迫力をたたえていたのが印象的だ。

箕輪大也 | Hiroya Minowa
2009年生まれの若きドリフトドライバー。2022年にクスコ・レーシングからFORMULA DRIFT® JAPANに参戦、翌23年にはアメリカのFORMULA DRIFT®にも挑戦を開始した。初年度でランキング4位に輝いてルーキー・オブ・ザ・イヤーを獲得。世界中のファンにその名を轟かせた。2025年は日米ともにFORMULA DRIFT®にフル参戦。ジャパンでは2回の追走優勝を果たすなど、好成績を続けてシリーズランキング2位へ。アメリカでも追走優勝を経験し、FOMULA DRIFT®史上での最年少優勝記録を樹立した。今後はラリーへの挑戦を開始するなど、あらゆるカテゴリーでトップドライバーを目指す。

「とても楽しかったです! 普段の競技とは違う緊張感があるし、この独特の雰囲気のなかで大勢の皆さまに囲まれて走って、そしてコメントさせていただいたのも新鮮でした。大きなスピーカーから出てくる自分の声が異様に大きくて、ちょっぴり驚いちゃいました」

マシンを降りて興奮を伝える姿には、16歳のあどけなさもうっすらと見え隠れする。そんな箕輪大也は、次世代を担う若者に宿る未曾有の可能性を象徴しているようだ。織戸茉彩もまた、彼の奥底に宿る可能性を前にして自然と勇気をもらっていた。彼女自身の未来を示唆しているようでもあったからだ。

「箕輪選手の走りには圧倒されました。練習走行のときから拝見しましたが、本番となると迫力がまるで違うことに驚きました。技術はもちろん、トップアスリートらしいメンタルの強さを感じます。こんなに若いパワーが出てきていて、私たちを盛り上げてくれる。そこに大きな可能性を感じたし、私は背中を押されているような気持ちでした」

次世代のスタードライバーが、彼女のみならず、世代を問わず大勢を魅了させたこと。それは織戸 学と彼らの世代が育んで、世界へと羽ばたいた日本のカーカルチャーが、確実に次世代の感性を喚起させて、技術力を含めたカルチャーの可能性が広がっている証だ。それも単純に過去をなぞらえるのではない。箕輪大也の走りを含めた『Red Bull TOKYO DRIFT』に象徴されるように、あらゆる解釈が加わり、異なるカルチャーとも融合して、新しいカタチへと昇華しているようだった。

織戸茉彩が同世代の仲間たちと時間を分かち合う。大湯都史樹は、SUPER GTやスーパーフォーミュラでの活躍に象徴されるよう日本を代表するレーシングドライバーでありながら、そこに終始せずに常に新しい挑戦を続ける。ドリフトドライバーとしてFORMULA DRIFT® JAPANに挑戦したり、DJパフォーマンスを披露することもある。沢すみれもまたYOKOHAMA / ADVANのレポーターやTikTokライブ活動を通じて、彼女らしい手法でカーカルチャーを発信し、昨今は愛車であるシビックのチューニングにのめり込んでいる。彼らの活動はカーカルチャーの幅を広げ、次世代を牽引するパワーに満ちている。

そんな彼らの成長と歩みを揃えるように、『Red Bull TOKYO DRIFT』の物語も続くという。2026年3月には『Red Bull TOKYO DRIFT 2026』が開催される予定だ。レッドブルのフロンティアスピリッツによって創りあげられるイベントは、箕輪大也のような次世代のスタードライバーと、織戸茉彩に象徴されるエネルギッシュなインフルエンサーたちの力を借りながら、日本のカーカルチャーをより盛り上げていくのだろう。そしてYOKOHAMA / ADVANは、これからも彼らの活動を足もとから支えていく。

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