Race Report

雲を突き抜けて走る―
極限の“頂”へ向けた挑戦。
PIKES PEAK HILL CLIMB / 後篇

2022.7.22

世界最高峰のヒルクライムレースとして知られる「PIKES PEAK INTERNATIONAL HILL CLIMB(PPIHC)」だが、今年は記念すべき第100回目の開催となった。北米はもとより世界各国から集まったエントラント/マシンの数は実に72台。その中の27台にYOKOHAMA製のタイヤが装着されている。6つに分かれるディヴィジョンのすべてにタイヤを供給し、総合優勝を含めた各ディヴィジョンでの優勝を狙うYOKOHAMAの壮大な挑戦。標高差1,440mを駆け上がる世界一過酷なヒルクライムレースの全容、そしてYOKOHAMAが見据える未来までを前・後篇の2回に分けてレポートする。/後篇

Words:髙田興平 / Ko-hey Takada(Takapro Inc.)
Photography:真壁敦史 / Atsushi Makabe
Special thanks:The Broadmoor Pikes Peak International Hill Climb

前編を読む

PIKES PEAK HILL CLIMB

史上稀に見る悪天候。
それでもレースはスタートした。

6月26日(日曜日)早朝――記念すべき第100回目の開催となるパイクスピーク インターナショナル ヒルクライム(PPIHC)のレースデイ(決勝日)。アメリカ・コロラド州にあるパイクスピークはある種、レースをするには絶望的な悪天候に見舞われていた。

スタートフラッグは午前7時30分と事前にアナウンスされていたが、スタートライン(海抜2,862m)のあるロワーセクションは時計の針が7時を回っても濃霧に包まれたままであり、ミドルセクションはかろうじて視界が開けるもアッパーセクションはスッポリと厚い雲に覆われている状況で、有視界率はほぼゼロ。前日からコース上に降り積もった雪はどうにか除雪されはしたものの路面はところどころで凍っているという、それはまさしく絶望的な状況であった。

我々取材チームは真夜中にパイクスピークの山へと入り、暗闇と濃霧とで一切の視界が遮られたコースを決死の覚悟(大袈裟な表現ではなく一歩間違えば崖下に転落する世界)で標高4,302mに位置する頂上(サミット/展望台)までクルマで1時間近くをかけて登り、レースデイのスタートを氷点下の中、ただ静かに待ち続けたのであった。

驚かされたのはロワーからミドルのセクションにかけて設置されたコースサイドの観戦エリアに、前日からキャンプをしながら待つオーディエンスの数がかなりあったことである。当日も含めた観戦チケットはソールドアウト。過去最多に迫る数のオーディエンスが悪天候のパイクスピークに詰めかけたのである。

ミドルセクションでも後半部分は山肌にしっかりと雪が積もり、かつ厚い雲に覆われてもいる。そうした過酷な悪天候下であっても多くのファンが前夜からキャンプをして泊まり込み、レーススタートの時を待った。100年以上続くヒルクライムレースの文化としての熟成度を、このファンたちの熱気から真っ直ぐに感じ取ることができた。(写真:Larry Chen Photography)

朝方、頂上のサミット展望台では一時的に雲が抜け、眼下には朝焼けの雲海が幻想的に広がっていた。「これはいけるかも……」と微かな期待を胸に募らせたのも束の間、山頂は再び厚い雲に覆われ1m先ですら視界の覚束ないような状況となってしまう。

しかし、100年以上の歴史を誇る世界最高峰のヒルクライムレースは覚悟が違った。

それが日本であれば間違いなく「中止」の判断をせざるを得ないような状況下にあって、なんと僅か20分ほどのディレイでレースをスタートさせてしまったのである。

レースコントロールが建てた仮設電波台の付近でオンデマンドの中継映像をスマホで拾いながら、濃霧の中を駆け上がってくるマシンの動向を見守る。最初のマシンはエキシビション・ディヴィジョンの#100 / 2022 Tesla Model S Plaid――そう、サステナブル素材を用いたYOKOHAMA ADVAN A052を履いたEVマシンが、記念すべきPPIHC第100回目レースの第一走者となったのだ。

厚い雲に覆われたアッパーセクションへと突入していくエキシビション・ディヴィジョンの#100 / 2022 Tesla Model S Plaid。サステナブル素材を用いたYOKOHAMA ADVAN A052を履く1000馬力級のパワーを誇るEVマシンである。

フィニッシュラインは変わらず有視界のほとんどない厚い雲の中にあって、チェッカーフラッグを振るコースマーシャルが登りくるマシンの存在を認識できる唯一確実な手段は“音”である。しかしながら、爆音を轟かせるレーシングエンジンを積んだ内燃機関のマシンならほぼ一発で認識できるのだが、EVマシンのテスラは基本、無音である。

よってPPIHCではEVマシンに対して周囲への存在を知らしめるためにサイレン音を鳴らして走ることを義務付けている。正直、予選/練習走行の際によく晴れた青空の下で眺め聴くそれはどこか滑稽なものでもあったが、一寸先でさえ濃い雲中に覆われるこの状況下ではそれが絶大な効力を発揮する。すべてにおいて無駄なく確かな意味を持たせる――100年以上もの長く深い歴史に裏付けされた経験をこの過酷な山でひとつずつ積み重ね続けてきたPPIHCの凄みのようなものを、ここで改めて思い知らされた。

“ビュー! ビュビュビュッ!! ビューッ!!! ファンファンファン!!!! ”というけたたましいアメリカ式のサイレンの電子音がフィニッシュラインに迫りくると、厚い雲の壁の中から白いボディのテスラ・モデルSがフワッと浮き上がるかのように現れた。

コースマーシャルが両手に持ったチェッカーフラッグをクロスさせて大きく振る。

それは一瞬の出来事のようでもあり、まるで永遠の時空へとつながるかのように静かでフラットな、それは恐ろしく幻想的な時の流れの中での出来事としても映った。

(写真:Larry Chen Photography)

自然と向き合うレース。
100回目の開催で見えた原点。

結局、この日のパイクスピークの天候はレース終日を通して回復することはなかった。ミドルセクションでは一時的に晴れ間も見られたというが、それも束の間、約20kmに及ぶコースは終始“荒れたコンディション”を見せるばかりで何より視界が悪く、少なくともドライバーたちが全力で頂上めがけて駆け上がれるような状況ではなかったのである。

(写真:Larry Chen Photography)

「パイクスが、何より自然を相手にするレースであることを痛感したよ」

雲に包まれた標高4,302mのフィニッシュラインでチェッカーを受け、霧雨に濡れた待機スペースにマシンを止めると、この日の一番時計を叩き出したロビン・シュート選手(#49 / 2018 Wolf TSC-FS / アンリミテッド・ディヴィジョン)は見るからに悔しげな表情を浮かべながらマシンを降りた。

「昨年はアッパーセクションの降雪の影響でコース自体が短縮(ロワーとミドルのセクションのみで実施)されてのレースだった。ボクはその短縮されたコースでオーバーオールウィン(総合優勝 / タイムは5分55秒246)を果たしたけれど、やはり消化不良の部分が大きかったことは否めない。だからこそ、今年のレースには多くを賭けて臨んだんだ。チームもマシンを最良の状態に仕上げてくれてね。実際にロワーセクションの予選では3分24秒519という内燃機関エンジンとしてのレコードを大幅に更新することができた。YOKOHAMA / ADVANが用意してくれた特別なレースタイヤとの相性もとても良かったし、それだけに今は悔しさが先に募るばかりだよ」

絶望的とさえ思えた大荒れのコンディションの中、10分09秒525というタイムで見事総合優勝を果たしたロビン・シュート選手。ゴール直後はどこか悔しそうな表情を浮かべてはいたものの、次々とフィニッシュラインを超えてくる“極限を共有した仲間”たちとの時間を分かち合うことで“悪天候もまたパイクスの醍醐味”と感じ取り、最後は誇らしい表情を浮かべて自身3度目となる総合優勝を喜んでくれた。(写真:Larry Chen Photography)

シュート選手の記録したタイムは10分09秒525というものだった。これは同じアンリミテッド・ディヴィジョンの2番手のタイムを25秒も上回るものであり、2019年に彼自身がPPIHCで初のオーバーオールウィナーとなった際の9分12秒476というタイムから1分足らずに迫るものでもあった。レースに“たられば”は禁物とされるが、もし天候が万全のものだったとしたならば、シュート選手はYOKOHAMA / ADVANと共に圧倒的なレコードを打ち立てていたのかもしれない――そんな想いが頭をよぎるのもまた、正直なところではあった。

オープンウィールでは#18のコディ・ヴォショルツ選手が10分38秒259、ポルシェ パイクスピーク トロフィー by YOKOHAMA(ワンメイク供給)では#9のカム・イングラム選手が11分22秒691というタイムでそれぞれディヴィジョン優勝を果たしている。(写真:Larry Chen Photography)

シュート選手は2020年以来のオーバーオールウィン / 総合優勝(同時にアンリミテッド・ディヴィジョン優勝)をYOKOHAMAにもたらしてくれた。他にもタイムアタック1では#59のマーク・ドナヒュー選手が10分35秒830、オープンウィールでは#18のコディ・ヴォショルツ選手が10分38秒259、ポルシェ パイクスピーク トロフィー by YOKOHAMA(ワンメイク供給)では#9のカム・イングラム選手が11分22秒691というタイムでそれぞれディヴィジョン優勝を果たしている。

タイムアタック1・ディヴィジョンを制したのは#59のマーク・ドナヒュー選手。タイムは10分35秒830だった。(写真:Larry Chen Photography)

それはまさに人生と同じ。
挑戦の先に新たな世界が広がる。

「リスペクトネイチャー。その一言に尽きるね」

レースを終えマシンを降りた或るベテランドライバーのコメントである。

記念すべき第100回目の開催となったパイクスピーク インターナショナル ヒルクライムは、ある意味でその原点に立ち返ったようなレースだったのかもしれない。

パイクスピークという山は底抜けに雄大な存在ではあるけれど、だからといってただ手を広げて優しく抱きしめてくれるわけではない。そう、そこには常に何かしらの試練が待ち構えている。そのことを、この第100回大会に挑んだドライバーの誰しもが、改めて真っ直ぐに感じ取っていたように思う。

「つくづく、このレースは人生に似ているよ」

ベテランドライバーはどこか噛み締めるようにそう言葉を続けた。

良いときもあれば悪いときもある。むしろ、良いことばかりではないからこそ、人は己の人生をより良いものとするために、目の前にある試練へと真っ直ぐに立ち向かうものなのかもしれない、と。

「ナニを大袈裟な」――そう思う貴方は是非一度、このシンプル極まる、だからこそ恐ろしく過酷な、世界最高峰のヒルクライムレースを間近で観戦してみていただきたい。

空高く聳える山の頂を目指し、大きな空に広がる雲に向かって全速力で駆け上がる。

そしてときには、その雲を突き抜けてさらなる高みへとひた走る。

2023年もまた、この世界最高峰の“頂”を目指して、YOKOHAMA / ADVANはパイクスピークに挑むことだろう。挑戦の先にこそ、常に新しい世界が広がると信じて。

(了)

Race Result(横浜ゴム・モータースポーツウェブサイト)

前編を読む

PIKES PEAK HILL CLIMB

いいね

Photo Gallery33枚

"