Race Report

雲を突き抜けて走る―
極限の“頂”へ向けた挑戦。
PIKES PEAK HILL CLIMB / 前篇

2022.7.20

世界最高峰のヒルクライムレースとして知られる「PIKES PEAK INTERNATIONAL HILL CLIMB(PPIHC)」だが、今年は記念すべき第100回目の開催となった。北米はもとより世界各国から集まったエントラント/マシンの数は実に72台。その中の27台にYOKOHAMA製のタイヤが装着されている。6つに分かれるディヴィジョンのすべてにタイヤを供給し、総合優勝を含めた各ディヴィジョンでの優勝を狙うYOKOHAMAの壮大な挑戦。標高差1,440mを駆け上がる世界一過酷なヒルクライムレースの全容、そしてYOKOHAMAが見据える未来までを前・後篇の2回に分けてレポートする。/前篇

Words:髙田興平 / Ko-hey Takada(Takapro Inc.)
Photography:真壁敦史 / Atsushi Makabe
Special thanks:The Broadmoor Pikes Peak International Hill Climb

PIKES PEAK HILL CLIMB

後編を読む

望めば誰しもが挑める。
それがパイクスの真の魅力。

ゴール地点(フィニッシュライン)の標高は実に海抜4,302m――日本の最高峰である富士山が3,775m、北米大陸の最高峰であるマッキンリーが6,190m、世界の最高峰であるエベレストが8,849m――些か大味な比較と映るかもしれないが、アメリカ・コロラド州にあるパイクスピーク / PIKES PEAKで年に一度開催されるパイクスピーク インターナショナル ヒルクライム(PPIHC)がともあれ世界でも類を見ない高さにある“頂”(いただき)にフィニッシュラインを設けた唯一無二のモーターレースであることは、これらの数字の羅列から容易に想像していただけるかと思う。

標高差1,440m、全長約20kmのコースを僅かに10分前後のタイム(現在の最速記録は2018年にロマン・デュマ選手がVW I.D. Rで叩き出した7分57秒148)で駆け上がる。フィニッシュラインの標高は4,302m。日本の最高峰である富士山の頂上よりも遥かに高い場所を全開で攻める文字通り世界最高峰のヒルクライム――それがPPIHCである。

「Race to the Clouds / 雲に向かうレース」と呼ばれるPPIHCは今年で記念すべき第100回目の開催(レースウィークは2022年6月21日〜26日)となった。あのインディ500に次ぐ歴史の長さ(初開催は1916年で、世界大戦を2度挟み開催がなかった年もあることから歴史としては106年を数える)を誇る伝統的なレースイベントであり、コース全長は12・42マイル(約20km)、海抜2,862mにあるスタートラインから合計156ものコーナーを駆け上がり標高差1,440mの“頂”でチェッカーフラッグを受けるという、これぞまさしく“世界最高峰”の呼び名に相応しい壮大なスケールのヒルクライムレースである。

「パイクスはあくまでもグラスルーツ(草レース)のカテゴリー。望めば誰しもが挑めるという部分にこのヒルクライムレースの醍醐味がある」――この言葉はPPIHCにエントリーするドライバーやチーム関係者にこのレースの魅力を尋ねた際に、その答えとして口々に発せられたものである。もう30年近くもパイクスに関わってきたという或るベテランは「ラリーやダートラを走る者たちにとっては古くから憧れのレースイベントでもあった。誰もが買える市販車を改造してただひたすら頂に向かって記録(タイム)に挑む――そういう、純粋なロマンを見出すことのできるレースだから」と、まるで少年のように目を輝かせながら、今も変わらぬその真っ直ぐな想いを語ってくれた。

パイクスの山には“挑むべき壁”が常にある。それこそ2012年にコースがすべて舗装されるまでは山頂に向かう断崖絶壁の最終区間(アッパーセクション)はとても滑りやすいグラベルだったのだ。これまでPPIHCに挑んできた多くの人々はそうしたどこかリスキーでチャレンジングな側面にも、大いに魅せられていたのだろう。

パイクスピークの朝は早い。朝というよりも夜明け前から出走の準備が始まる。レースウィークは火曜日から木曜日にかけて予選と練習走行が行われる(金曜日は予備日で土曜日は完全な休息日となる)。ピットエリアにはトレーラーが無造作に並べられ極力シンプルな体制。そこには無駄な装飾や華やかさは一切なく、まさにグラスルーツと呼ぶべき自然と一体化した潔い空気感が全体に漂う。

“グラスルーツ”という立ち位置がPPIHCのひとつの誇りであることは間違いない。事実、このヒルクライムレースにはこれ見よがしな華やかさはない。世界で2番目に古い歴史をもつレースであり、地球上でもっとも過酷なヒルクライムであるにもかかわらず、その実態はあくまでシンプルを極めている。雄大な自然の中で行われる延べ6日間のレース日程はもちろん完璧にオーガナイズされたものではあるが、その運営が今も昔も地元(コロラド・スプリングス)のコミュニティと密接につながったボランティアの精神で成り立っていることにも注目したい。

そう、今日のモータースポーツにとってのひとつの重要な要素であるマーケティング寄りの戦略を含んだ華やかさやときに過剰とすら映る演出よりも、ここではより純粋な「スピードへの挑戦に対するひたむきさ」が重要視され、その真摯な姿勢こそが称賛される場所として今もその立ち位置をブレなく、何より誇り高く貫いていると感じられた。

未来までを見据えた
YOKOHAMAの挑戦。

「アットホームさとプロフェッショナリズム。その双方が見事に融合した、他にはない魅力のつまったレースイベントだと捉えています」

PPIHCに長年挑み続けるYOKOHAMA TIRE CORPORATION(YTC / 横浜ゴム株式会社の米国法人)の担当者はこのイベントの魅力をそう端的に言い表す。

「シンプルながらもダイバーシティ(多様性)にあふれたとてもユニークなレースです。ワークスもクラブマンも分け隔てなく同じゴールを目指して競い合う。オーガナイザーにもエントラント同士にも、どこか家族的な連帯感があるのが素敵な部分ですね。
北米のモータースポーツシーンはグラスルーツの裾野が広いことも特長です。バハやミント400など日本では馴染みの薄いオフロードでのレースも盛んですし、より欧州的なポルシェのカップチャレンジなども根強い人気がある。YOKOHAMAはそうした北米ならではと言えるモータースポーツカルチャーの幅と奥行きにきちんと寄り添えるような活動をしています。ADVANやGEOLANDARといったブランドを用いて、独自の多様性のあるマーケットとの密接なつながりを築いているのです。PPIHCへの取り組みはそうした活動のひとつの象徴ともいうべき側面があります」

2022年のPPIHCにおいてYOKOHAMAがサポートするマシンの数はタイヤメーカーとして最多を誇る。全体で6つに分けられたディヴィジョン(アンリミテッド / パイクスピーク オープン / オープンウィール / タイムアタック1 / ポルシェ パイクスピーク トロフィー by YOKOHAMA / エキシビション)のすべてにタイヤを供給(全体で72台のエントリー中27台)しているのだ。そのマシンたちの顔ぶれがバラエティに富んでいることが何より面白く、そして興味深くもある。

オフロードバギーのようなアメリカらしいカテゴリーのマシンがヒルクライムに本気で挑むのもPPIHCの面白さ。一方でポルシェとタッグを組み、ケイマンGT4クラブスポーツのワンメイク・ディヴィジョンにもADVAN A052を供給し、写真の#92 / ロニ・アンサー選手のようなルーキードライバーがPPIHCに参戦しやすくなる土壌を作り出してもいるのである。

オープンウィールのフォーミュラタイプからオフロードバギー、スポーツカーの最高峰たるポルシェ(メイクスとしては最多エントリー)では最新鋭の911GT2RSクラブスポーツやレースマシンに加えて5年連続でA052を供給するケイマンGT4クラブスポーツのワンメイクシリーズ、さらには国内外の色とりどりのヤングタイマー(ランエボやM3など)にEVマシンまで、YOKOHAMAを履くマシンたちはそのどれもが世の走りを愛する者たちが求めるすべての形を、まさに多様性をもって凝縮して表しているように見えた。

YOKOHAMAはEV(電気自動車)への積極的なタイヤ供給も行う。#89 / エキシビション・ディヴィジョンの吉原大二郎選手の2021 Tesla Model3をはじめ、PPIHCを走るEVマシンのすべてがYOKOHAMA / ADVANのタイヤを装着する。

その中でもひとつの究極形と言えるのが、日本のトップフォーミュラのカテゴリーであるSUPER FORMULA用(YOKOHAMAがコントロールタイヤとしてワンメイク供給)のレースタイヤの貸与だろう。

日本からパイクスピーク入りしたYOKOHAMAのモータースポーツ部門の担当者が概要を説明する。

「実質的なトップディヴィジョンとなるアンリミテッドに参戦するロビン・シュート選手のマシン(#49 / 2018 Wolf TSC-FS)には、JRP(日本レースプロモーション)からの全面協力を得てSUPER FORMULAの実戦用レースタイヤを貸与しています。国内最高峰ともいえるレースタイヤ技術をこうした自然環境を舞台とした世界最高峰のヒルクライムレースに落とし込むことに、我々は大きな意義とその先の発展性までを見出しています」

「その先の発展性」とはサステナブル、いわば持続可能な未来への環境性能を指すものである。実際、YOKOHAMAはSUPER FORMULAにおいてもサステナブルな素材を用いたコントロールタイヤの開発をすでに進めており、2023年より実戦への投入を予定。2025年にはサステナブル素材をレースタイヤに35%以上用いることを目標としている。2023年以降はそうした次世代の環境性能にしっかりと目を向けたSUPER FORMULA用タイヤが、このPPIHCの場にも投入されるかもしれない。

SUPER FORMURAのコントロールタイヤを履いてPPIHCに挑む#49 / アンリミテッド・ディヴィジョンのロビン・シュート選手。2019年と2021年にオーバーオールウィン(総合優勝)を果たし“Kings of the Mountain”の称号を得ているトップドライバーである。マシンは2018 Wolf TSC-FS。

実際、YOKOHAMAは今回いち早く、モータースポーツ直系のハイグリップストリートタイヤであるADVAN A052に、サステナブルな素材を用いた開発タイヤを用意している。

「これまでの石油由来のブタジエンゴムからバイオマス由来のブタジエンゴムへと置き換え、再生可能原料比率を高めたA052の開発タイヤを投入しました。ブタジエンゴムは柔軟で変形にも追随しやすい素材であるため、走行中に最も大きく変形するタイヤのサイドウォール部分に採用されています。今後もこうした未来に向けた環境性能を意識したサステナブルな取り組みを、PPIHCにおいても積極的に継続進化させていく計画です」

サステナブル素材を用いたプロトタイプ仕様のA052を装着するのはエキシビション・ディビジョンにエントリーする#100 / 2022 Tesla Model S Plaid / ブレイク・フュラー選手。なお、今回のPPIHCにエントリーするEVモデル、そのすべてにYOKOHAMA / ADVANのタイヤが供給されている点も見逃せない部分だろう。

例年、レースウィークの金曜日にはパイクスピークのお膝元、コロラド・スプリングス・ダウンタウンの目抜き通りを封鎖した大規模なファンフェスタが催される。YOKOHAMA TIRE CORPORATION(YTC)はタイヤメーカーとして唯一となる大型ブースを構えファンとの交流を図り、サステナブル素材を使用したADVAN A052やその他の新商品を披露した。

YOKOHAMAは2009年からPPIHCにおけるEVモデルでの挑戦をいち早くスタートさせた歴史がある。2011年からはプロトタイプながらエコタイヤで参戦してEV最速記録を更新。翌年は市販用の低燃費エコタイヤでさらなる記録更新を果たしている。さらには昨年もエキシビション・ディヴィジョンをEVモデルの2021 Tesla Model S Plaidで制してもいる。そう、YOKOHAMAはこの世界最高峰にして最古の歴史をもつヒルクライムレースにおいても、常にその先にある未来までを見据えた意義ある挑戦を続け、そこに確かな足跡を残してきたタイヤメーカーなのである。

“己自身”を超えるために――
クレイジーな世界の先に見えるもの。

美しい森林のワインディングが続くロワーセクション。徐々に高木が減り、禿山が現れはじめる森林限界へと向かっていく感覚が独特なミドルセクション。そして、視界の先にはただ空と雲、そして道路の脇には断崖絶壁が広がる壮大なアッパーセクションと、パイクスピークのコースには大きく分けて3つの異なる世界がある。高山であるからこそ登れば登るほどに空気も薄くなり、内燃機関のマシンだとアッパーセクションではパワーが30%ほど低減する。それに伴いドライバーも酸素供給をしなければ意識が薄れるほどだ。

シンプルだからこそ過酷――それこそがパイクスという舞台の本質であり、世のチャレンジャーたちが一発で魅せられてしまう魔力でもある。

タイムアタック1にエントリー(#59 / 2019 Porsche 911GT2RS Club sport)するデヴィッド・ドナヒュー選手はPPIHCに過去5度の参戦経験(ディヴィジョン優勝1回、2位3回/マシンはすべてポルシェ)があり、これまでNASCARやデイトナ24時間レースなどでも活躍した経験をもつベテランドライバーである。

「タイヤはYOKOHAMA / ADVANのレースタイヤを履いている。グリップもコントロール性もとても満足がいくものだし、ハイパワーなRR(リヤエンジン/リヤ駆動)というポルシェ911の特性にもよく合っている。何よりパイクスで長い時間をかけて実績を積み上げてきただけに、その信頼度はすこぶる付きで高いものがあるね」

PPIHCの練習/予選はレースウィークの火曜日から木曜日までの3日間、前述した3つのセクションで2ディヴィジョンをセットにして1日毎に入れ替えながら早朝の時間帯(6時半から9時)で行われる。予備日(金曜日)も設けられるがそちらはあくまで調整日としての意味合いが強く、この3日間に集中し、勝負をかけるエントラントが多い。

これまでに5度ポルシェでPPIHCに挑み、1度のディヴィジョン優勝、3度の2位を経験してきた#59 / 2019 Porsche 911GT2RS Club sportを駆るデヴィッド・ドナヒュー選手。タイムアタック1ディヴィジョンの優勝筆頭候補である。

「ロワーはとても攻め甲斐があるし、ここでのタイムがレースデイ(決勝)での出走順につながるから非常にエキサイティングでもある。ミドルは風景が一気に異界へと移り変わって後半は路面も荒れてくるから油断ができない。でも何と言ってもパイクスの真骨頂はアッパーだね。あそこはまさしく異次元なのさ。勾配のきついバンピーなコースを駆け上がると窓の外には本当に空しか見えない。ふと眼前に雲が流れていくことさえある。対象となるものがないからスピード感も失われる。そう、それはまるで飛行機を操縦しているかのような感覚さ。それでいてコースサイドにはガードレールすらない崖底が待ち構えている。普通に考えれば、これはもう十分にクレイジーだよね(笑)」

百戦錬磨のファイターをして「クレイジー」と言わしめる極限の世界。第100回目となるパイクスピーク インターナショナル ヒルクライムの決勝(フルコースを走れるのは決勝日だけ)を日曜日に控える中、予選/練習走行の日程を終えたドライバーたちの表情にはどこか不思議な、それはなんとも静かな闘志が漲っているように感じた。

そう、それは他の誰かのためではなく、あくまで己自身を超えるためだけの、孤高の闘志として映ったのである。

(後編へ続く)

PIKES PEAK HILL CLIMB

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