タイヤガーデン松阪

タイヤガーデン松阪

  • タイヤ

    タイヤ

  • ホイール

    ホイール

  • オイル関連

    オイル関連

  • バッテリー

    バッテリー

  • ランフラットタイヤ

    ランフラットタイヤ

  • 窒素ガス

    窒素ガス

  • パンク修理

    パンク修理

今週のお題「SUBARU WRX STiのタイヤ交換」 店長K

こちらのWRXは、当店常連様のご兄弟の車両で、ご紹介でご来店頂きました。

前回のレクサスとは違い、商談そのものは僕が不在のうちに決まっていたので、商談の詳細はスタッフaブログをご覧ください。なかなかに愉快なお話です。(そっかーネオバのデザインがいやかー笑)


やはりスバルのWRXといったらボディカラーはブルーですよね。

僕も免許をとってから、19歳の時に初めて買った車がスバルのヴィヴィオという車で、以来ずっと趣味の車はスバル一筋なので
現行販売している数々のハイパワースポーツカーの中でも、やはりWRXというのは特に気になる車です。

僕が車に興味を持ち始めたのは免許を取ってからで(子供の頃は全く興味がありませんでした)、それが2003年頃。

車に興味を持ち始めると、だいたいモータースポーツに惹かれていくわけですけど、面白いもので最初に好きになった車メーカーで惹かれるモータースポーツが分かれるんじゃないかと思います。
例えばホンダを好きになってたら、やはりF1を頂点としたサーキットレースのファンになるでしょう。日産やマツダならGT-RやRX-7が活躍する箱車のレース。もしかしたらCカー系もあるかもしれませんが、2003年時点でマツダのルマン優勝が10年以上前です。トヨタはその時F1参戦してましたけど・・・ちょっと難しいところですね、ラリーでは成功しましたが。

そして2003年頃のスバルといったら現役バリバリにWRC(世界ラリー選手権)に参戦していた頃なんですね。あと三菱もそうです。

1990年年代から2000年代初頭にかけての、グループA~前期WRカークラスで争われたWRCは、日本メーカーが最も輝いていた時代でした。

そんなわけで、2003年頃にWRCを見るようになって、ちょうどその年の最終戦ラリーGBで、スバルのペター・ソルベルグが奇跡の大逆転でシトロエンのセバスチャン・ローブをかわしてドライバーズチャンピオンになったのですから(マニファクはシトロエンでしたけど)、日本のラリーファンとしてはギリギリ黄金時代の末期に間に合ったわけなんですね(笑) ちなみに、その2003年のペターのチャンピオン獲得を最後に日本のメーカーがWRCでドライバーズタイトルを獲得する姿を見る事は長らくありませんでした。その後、日本メーカーがその栄冠を取り戻すのは2019年ドライバーズチャンピオンのオット・タナク(トヨタ・ヤリスWRC)まで、実に16年の月日がかかりました。

日本に初めてWRCがやってきた2004年に、僕は丁度人生で一番自由だった大学三年生だったので(笑)、大学の友達と二人で自家用車でフェリーに乗って北海道まで見に行きましたね!

ラリージャパン2004は、何もかも初めてのイベントといった感じで、地元も運営も手探りの荒削りでしたがその分自由が多く、とっても楽しめました。

その時優勝したのがスバルのペター・ソルベルグという出来すぎな結果だったのも盛り上がりましたね。ちなみに、その時2位だったシトロエンのセバスチャン・ローブがその年の年間タイトルを獲得。そして、ここから伝説の9年連続チャンピオンという偉業を成し遂げるのです。(この時、パルクフェルメから出てきたペターとローブの二人のうち、ペターは笑顔を振りまきながら颯爽と通りすぎていった後で、ローブはフェンス際に集まった観客の呼びかけに応えて、数人にサインをしてくれるサービス精神を魅せてくれて、幸運にもこの時に僕もWRCのチケットホルダーにサインをして頂けました。この時から僕はローブのファンですw)


ラリージャパン2005も見に行きました。2004年は1台のワゴン車に2人で同乗していきましたが、2年目はそれぞれがマイカーの軽自動車に乗っていくという不経済っぷり(笑) まぁ、あの北海道の大地を自家用車で走れるのは今この時だけだ! と思いましたからね。

ラリー運営の方も2年目という事で、前年の反省を生かした部分がいろいろあったのか、ずいぶんやり方が変わった印象でしたね。モーターホームのレイアウトも大きく変わり、ワークス選手のサインは公式に開催する前夜祭のサイン会時にしか貰えるチャンスがあまり無い感じでした。

サイン会でスバルブースやPSA系は長蛇の列だったので、僕が唯一並べたのは当時JWRCクラスの車を引っさげて(JWRCは併載されない)ラリージャパンにスポット参戦したスズキワークスのブース。
席に座ってたのは当時のワークスドライバー達だったんですが、ふとブース内を覗くとでサイン会の様子を写真撮影していたカメラマンが、なんかめちゃくちゃ体のデカイ大男・・・って、あれはモンスター田嶋じゃないか! 視認するやいなや、僕はサイン待ちの列から抜け出しモンスターの元へ駆け寄り「田嶋さん! サインください!!」と。田嶋さんは照れ笑いを浮かべながらも、丁重にサインしていていただけました(笑)


翌朝から始まった2005年WRC第13戦ラリージャパン。スバル陣営は最終レグまでトップを快走していたのに、最後の最後でコーナリング中に転がっていた落石にアームをヒットさせリタイアという、前年の天国から一転地獄となったラリーでした。

そして、不運な事故で脱落してしまったペターを抜いて優勝したのが、2位につけていたプジョーのマーカス・グロンホルム。

実はプジョー陣営は、このラリージャパンの前戦ラリーGBで起きた悲劇的なクラッシュで、大切な仲間を亡くしたばかりで、奇跡の逆転優勝を果たしたプジョーチームのスタッフは、みんな表彰台の上で涙を流していました....


・・・えーと

これ、なんの話でしたっけ? (笑)

・・・そうでした。

SUBARU WRX STiのタイヤ交換のお話でした。

そんなわけで、僕は今でもブルーのWRXシリーズを見ると、15年前のあの北海道WRC観戦旅行の思い出が瞼の裏に浮かぶのでした。

横浜最高峰グランドツーリングタイヤ ADVAN SportV105のお買い上げありがとうございました。
V105は、同世代のインプレッサスポーツにも純正採用された、今のスバル車になじみ深いタイヤでもありますね。

一生の思い出です。

今年はラリージャパンが復活するはずだったのに、コロナの影響で中止となってしまいました。

前回のラリージャパンのように開催地が北海道だと、さすがにもう仕事を休んで行くにはちょっと遠いのですが、今回は愛知・岐阜というお隣での開催でしたので、なんとか観戦行こうかなぁ・・・と思ってたんですけどね。

来年に期待です。
それまでに、このコロナ騒動が治まっていればいいんですが・・・