セットアップ次第では
車高調よりいいかもしれない?!
「クルマを通じてもっと楽しみたい。何かひとつのスタイルにだけこだわるのではなくて、より多くの可能性に挑んでみたい。そういう想いがここ数年自分の中でどんどん膨らんでいる。例えば趣味性で言えばクラシックの奥深さに目覚めたり、ものづくりの領域で言えばアパレルやグッズ、あとはクルマ仲間が気軽に集って楽しめるイベントを積極的に仕掛けてみたり。とにかくクルマが本来の幅も奥行きもある色とりどりの楽しみ方をもっともっと追求したいし提供もしたい。そういう想いが年を追うごとに強まっている。もちろんパーツの製作やプロデュースもどんどん手掛けていて、カスタムの持つ可能性をその先へと繋げていくことが本当に楽しい。エアサスに興味を持ったのもそういう流れがあってこそ。2024年1月の東京オートサロンの会場でムーンテックの田口くんがエアサスビルドしたクルマを偶然見かけて、なんかいいな、ってピンときた。で、その後に試しに一度乗せてもらったら、コレはホントに良いかも! って」
プルーム製のエアサスがインストールされた織戸 学の2台の愛車。ポルシェ911ターボS(タイプ911)にはADVAN Sport V107(Front: 245/35ZR20 95Y/Rear: 305/30ZR20 103Y)を装着。ホンダ・シビック・タイプR(FL5)にはADVAN NEOVA AD09(Front &Rear: 265/30R20 94W)を装着する。
織戸 学とエアサスという組み合わせはともあれかなり意外性に満ちている。レーシングドライバーとしての数々の輝かしい実績はもちろんながら、生粋の“走り屋”としての硬派なイメージも国内外で確立している“漢(オトコ)”なだけに、“走る”よりは“置く”イメージの方が強いエアサスのカスタムスタイルとなると、どうしても“オトコ織戸”のイメージと結び付きづらい、というところはある。
織戸にエアサスビルドの魅力を気付かせたムーンテック代表の田口日央(写真右)。日本のみならず海外での評価も高いカスタムビルダーであり、特にエアサスビルドのセットアップには揺るぎないこだわりと豊富なノウハウを持つ。オリジナルのブランド“Ploom Suspension”を展開し、魅せる(=車高を落とす)だけでなく走れるエアサスビルドを日々追求している。
「ボク自身、エアサスに対してはどこかナンパなイメージを持っていた。車高を目一杯下げた姿は確かにカッコいいけれど、どうせ走ったらフワフワしてるか、もしくはピョコピョコ跳ねるかなんだろうなって。でも、田口くんの手掛けるプルーム(ムーンテックのオリジナルブランド。詳細は後述)のエアサスを試してみたら良い方向にそれまでのイメージが裏切られた。何よりまず、想像以上に乗り心地が良かった。ちょうどその頃に991のターボSを手に入れて色々試そうとまずはダウンサスだけで車高を落としてみたんだけれど、乗せてもらったエアサス付きの991カレラはそれより随分と乗り心地が良くって、そこそこのスピードでコーナーリングしても4輪のタイヤの荷重の掛かり具合を明確に感じさせながら曲がってくれる。しかも見た目は抜群にカッコいい。コレにはエアサスビルドに対するそれまでのイメージが一変した。セットアップ次第では下手な車高調よりいいかもしれないぞ、ってね」
カスタム界隈で“着地系”や“スタンス系”と呼ばれるように、エアサス(正式にはエアーサスペンション)は可能な限りベッタリと地面スレスレまで車高を落とすことに美学があるカスタムのスタイルである。カスタム文化の本場アメリカでも長い歴史を持ち、「Airlift Performance」といった老舗メーカーが改良に改良を重ねながら精度の高い製品(その用途は大型トラック用など多岐に及ぶ)を長らく世に送り出してきたという背景もある。また自動車メーカーがラクシュリーなSUVやサルーンなどに採用することも多く、エアサスは夢見心地な乗り味を体現することでも知られる。
ともあれ、エアサスとはカスタムの領域で極限の車高の低さを追求するための手法だったり、もしくはフラットでスムースな乗り味を生み出すためのものであったりと、より高度かつ硬派なスポーツ性能を追い求める層には正直、「本気で走るための機能ではない」とどこかで敬遠されてきたことは確かだ。
「自分がこれまで追求してきたエアサスビルドは本格的な走りに対してもしっかりと対応することが出来ます。もちろんカーショーで周囲を魅せるための“落とす機能”に対しても徹底してこだわって来ましたが、それと同じくらい、走りに対してのこだわりもある。お客さんの中にはエアサスでサーキット走行を楽しむ方もいます。そうした意味では性能はもちろん、耐久性や信頼性に関しても自信があります」
群馬県伊勢崎市を拠点に活動する気鋭のカスタムビルダー、ムーンテック(MOONTECH)代表の田口日央の言葉である。彼はエアサスビルド(インストール)の世界で揺るぎない支持を得ていて、まだ30歳ながら日本のみならず海外でもそのセットアップ技術、さらにはカスタムセンスへの評価が高まっているスペシャリスト。ここ最近はエアサスビルドのみならずカップカーやGT3マシンなどレースカーを用いたより本気度の高いカスタムにも挑んでおり、走りの世界においても実力派として認知されている。
上質かつスーパーな領域のグランドツアラーでもある991ターボSの性能をスポイルしないセットアップが施されている。駐車時にはフェンダーがタイヤに被るほどの見事なスタンスを実現しながらも、コントローラーのスイッチ1つで走行車高へと簡単に調整(驚くほど早くてスムーズ)が可能。ホイールはADVAN Racing GT for PORSCHE/Center Lock(Front: 20×9.5J Inset: 45/Rear: 20×11J Inset: 46)を履く。
「ムーンテックのオリジナルブランドであるプルーム・サスペンション(Ploom suspension)の製品は、オーナーの好みに合わせて車高をきっちりと落とせることが第一のこだわりです。必要に応じてオーダーメイドや車体側の加工も可能ですし、国産・輸入を問わず多数のインストール実績がありますからそれだけノウハウも豊富だと自負しています」
大容量の全長調整式ガスダンパーを備えることで32段階(サブタンク付きは36段階)もの減衰力調整を可能とするプルームのエアサス。車高調整および減衰力(エア圧)調整は車内のコントローラーを用いて任意に行える。段差などに遭遇しても難なくクリア出来てしまえるのが魅力だ。
プルームのエアサスは大容量の全長調整式ガスダンパーを備えることで32段階(サブタンク付きは36段階)もの減衰力調整を可能とし、これを生かしてサーキット走行までを踏まえた理想のセットアップを導き出すことに成功している。好みのセットを施した減衰力は室内からコントローラーで細かく調整が可能な点にも注目したい。また、調整式ピロアッパーマウントを搭載し、ショートショックでダウン量を確保することで理想的な車高を実現することができるロワード重視の設計でもある。さらにはベローズエアバックを採用することで乗り心地への配慮も徹底しているというから、その総合的な完成度への期待はいやがうえにも高まるのである。
エアサスだからこそ掴める
より鮮明なタイヤの表情
「エア圧調整で自分好みの乗り味に出来るのは本当に素晴らしいところだと思う。高速道路も含めたストリートでの普段使いならエアサスの方が車高調よりいいと思えるくらいだし、エア圧の美味しいポイントに車高を合わせられれば乗り心地は良いし全体のしなやかさも増す。そういう意味ではセットアップのセンスが生きるカスタムでもある。あと、注目してほしいのはタイヤとのマッチング。エアサスを付けるとそのスムーズな乗り味の効果でタイヤのキャラクター(存在感)がより掴みやすくなる」

プルームのエアサスをインストールした2台の愛車を前にして織戸が言う。1台はポルシェ911シリーズのフラッグシップモデルとして君臨する991ターボS。もう1台はホンダのスポーツ魂の象徴とも言える「R」の名を冠したシビック・タイプR(FL5)である。
「エアサスだと走行時に4つのタイヤから伝わる荷重の掛かり具合が掴みやすい。911ターボSにはADVAN Sport V107(Front: 245/35ZR20 95Y/Rear: 305/30ZR20 103Y)を、シビック・タイプRにはADVAN NEOVA AD09(Front &Rear: 265/30R20 94W)を履かせているけれど、それぞれのタイヤのキャラクターが車高調よりも掴みやすいくらい。これはエアサスで乗り心地が良くなった分だけ車高調のようなコツコツ感が薄れるからタイヤへの意識が向かいやすいという意味で、コツコツ感があるとまずサスペンションの動きに意識が行ってしまうからタイヤの存在が掴みにくくなる。コーナーや加速する際の4輪のタイヤの踏ん張り感もクルマの特性(例えばリヤエンジンの911ならフロントが軽くなるのでエア圧も軽めにして逆にリヤはエア圧を高めにしてバランスを取るといった具合)に合わせてセットアップをすれば驚くほどしなやかなでフラットな乗り味が手に入る。そのフラットな乗り味の効果でタイヤの表情がより鮮明になるというイメージだね。
ADVAN Sport V107なら高いケース剛性と安定感のあるグリップ性能、そして優れた静粛性までが高次元でバランスされたプレミアムなフラッグシップタイヤであることがよく理解出来るし、ポルシェ911のフラッグシップたるターボSとの相性もより増してくる。
一方のADVAN NEOVA AD09ならストリートユースを主眼としたハイグリップスポーツタイヤらしく誰もが掴みやすい程よい粘りとコントロール性能、そして安心感とがバランスされていることが理解出来るし、タイプRのようなより尖ったパフォーマンスのクルマに対しても素直かつファンなグリップ特性でしっかりと応えてくれる」
クルマの性格や用途に合わせてセットアップを施すという意味では車高調も同じだが、エアサスの場合はそれを車内からコントローラー1つで操作出来てしまうのもポイント。日常的な利点で言えば大き目な段差や角度のあるスロープを乗り越えるときの車高が簡単に上げられる点には大きなアドバンテージがある。駐車する時はそれこそベタベタまで下げた状態で見る人を魅了出来て、いざ走り出すとなったら適正な車高に即座に上げられる。「これこそが車高の調整にリフトアップなどの物理的な手間暇が掛かる従来の車高調では実現できない、エアサスだからこその大きな魅力だ」と、織戸は強調する。
エアのタンクやコンプレッサー、ラインやコントローラーといったマネジメントシステムは信頼度の高いアメリカの老舗「Airlift Performance」のものを用いる。システムはトランク内(写真は991ターボS)に設置されるが、剥き出しではなくきちんとトレイを製作して美しさと実用性にもこだわるのがムーンテック流。
「足回りの構造、例えばダブルウイッシュボーンやストラットの違いだったり、求められる走行時の車高の違いだったりと、セットアップに関しては常にピンポイントでベストな位置を探りながら行っています。そういう意味ではセットアップ自体がオーダーメイドに近いのかもしれません」と田口が説明する通り、エアサスは細かなセットアップあってこそ、その真価を発揮するということは間違いなさそうだ。
MAX ORIDOオリジナルのフェンダーガーニッシュ(6月頃発売予定)を装着することで、フェンダーのタイヤ&ホイールへの被り具合がかなり増している。さらにはリヤウイングなどのエアロパーツ、Ardeとのコラボによるマットカーボンルーフラッピング/ブラックラッピング/バンパーデザインダカールといった具合に、細かな点まで車高をより低く見せるためのこだわりが貫かれている。ヘッドライトはαRexの5連LEDを装着する。
セットアップの領域において、エアサスの秘めた可能性はまだまだ大きいと織戸と田口は口を揃える。そして、ここからまた研究とテストを重ねながらサーキット走行でのさらなるパフォーマンスアップにも挑みたいと言うから、今後の進化に大いに期待したい。
いいね