HILL CLIMB
MHヒルクライム/真庭速祭
“クルマで興奮させる”──
新たな“スピードの祭典”の可能性。
2024.12.4
2024年11月17日(日)に岡山県真庭市の木山街道を完全封鎖して行われたヒルクライムイベント「MHヒルクライム/真庭速祭」。世界的なスピードマシンが顔を揃え、3,000人に迫るオーディエンスたちがその走りを見守った、日本では初とも言える有観客の本格的ヒルクライムイベント、その可能性と熱度を探る。
Words:小浜耕助 / Kosuke Obama
Photography:河野マルオ / Maruo Kono
安井宏充 / Hiromitsu Yasui
日本のヒルクライム文化
その未来へ向けた第一歩
「とにかく音に興奮したわ。こんな身近でレーシングカーの音を聴いたのははじめてだったから。すごい迫力。周りの空気まで震えるから驚いた。普段は街中を走るスポーツタイプのクルマの音には煩いわねぇ、なんて思うこともあるけれど、こういう特別な雰囲気の中で聴くレーシングカーの音は素直にすごい!! と思えたの。ほんと、久々にドキドキしちゃったわ(笑)」
「MHヒルクライム/真庭速祭」(以下、真庭速祭)の特設パドックで文字通り興奮気味に話すのは地元に暮らすご婦人。日常の中ではまさしく“騒音”に分類されるレーシングサウンドではあるが、確かにこうした特別な環境の中で聴くとそれが“非日常”であるからこそ、「わっしょい! わっしょい‼︎」と、まるでお祭りの神輿のような勇壮な存在として、見る人の心をまっすぐに“奮(ふる)わせる”のだろうか。
岡山県真庭市の木山街道を舞台に開催された「MHヒルクライム/真庭速祭」。地元企業の協力で広大な工場の敷地がメイン会場(パドック)として用意され、3,000人に迫るオーディエンスが新旧の超級スピードマシンたちと至近距離で向き合った。写真のマシンはキャロッセ/クスコレーシングがエントリーさせたスバル・インプレッサのJGTC/GT300マシン。往年の名マシンの迫力のレーシングサウンドがオーディエンスを直撃し、興奮させる。
「真庭速祭を企画立案したのは今から2年ほど前のことでした。ここ真庭で生まれ育ち、地元をベースに世界に向けた活動をする若きカスタムビルダー、MADLANEの大橋和生との縁でこの場所へと導かれて二人でアレコレと手探りしていくうちに、何か不思議な可能性がそこに見えはじめてきたんです」
そう話すのは真庭速祭の仕掛け人であり、伝説的なモーターカルチャー誌「モーターヘッド(MH)」の編集長を2011年の創刊から務める髙田興平である。彼は2014年と15年に神奈川県の箱根ターンパイクを完全封鎖した本格的なヒルクライムイベント「MHヒルクライム」を仕掛け、ダイナミックな公道ドリフト動画で世間を「アッ!」と言わせ、さらには公道(しかもワインディングコース)でF1マシンをゼンカイで走らせるなど国内のみならず、世界に向けて“ニッポンの峠”の可能性を広く発信・啓蒙した実績をもつ男だ。
英国のグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードのような、誰もがより身近に質の高いスピードの価値と向き合える祭典を創り出す──真庭速祭の企画立案・運営を担う統括プロデューサーである髙田興平は、壮大ながらも確かな夢を思い描いてこのイベントをこの先に発展させたいと言う。
「自分にとって英国のグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード(通称:グッドウッドFOS)の存在はかなり大きいですね。もちろん、アメリカのパイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライム(PPIHC)や欧州の数多のヒルクライムレースの影響も少なからずはありますけど、やはりグッドウッドFOSのあの“お祭り感”には実際に観戦すると強く心奪われるものがある。老若男女、誰もが分け隔てなくクルマが持つ質の高いスピードの価値に生で触れ、誰もが笑顔でその価値を愛でる光景はひとつの明確な文化として、とても素晴らしいものに映ったのです」
日本のグッドウッドFOSを目指し育てようとしていた箱根ターンパイクを舞台としたヒルクライム・イベントはしかし、多くの制約が“障壁”として次々と目の前に立ちはだかり、残念ながら実際に有観客イベントへとそれを発展させることは叶わなかったという。
「日本ではヒルクライムのイベントが今も昔も少なからず開催されています。でも、その多くが長く続かなかったり規模を大きくできなかったりと、あくまでマイナーな存在でしかなく、ましてやグッドウッドFOSのようなお祭りとしてのイベントは皆無。どうにかして日本でもよりお客さんに近い距離感で質の高いスピードを感じてもらいたい──そんな思いはずっと自分の胸の中にありました。真庭速祭はだから、その思いがようやく具現化した、この先の“日本のヒルクライム文化”の未来に向けた第一歩なんです」
より身近により強烈に
スピード文化と向き合う祭典
11月17日(日)に岡山県真庭市にある広域農道・木山街道を封鎖(コース全長は6.4km/タイム測定区間は4.3km)して開催された真庭速祭は、地元企業の協力を得て広大な工場の敷地をフルに活用した“特設パドック”を設置。出走マシンの収まるピットスペースはもちろん、パーツメーカーや有名ショップの出展テント、地元の人気店によるマルシェ(フードコート)、さらには工場建屋の中にはホンダRA271やマクラーレン・ホンダMP4/6といった歴史的なレースマシンが展示されたミュージアムスペースと、そこを訪れるだけでも十分に楽しめるコンテンツが多数用意され、3,000人に迫る来場者たちを楽しませていた。
伝説的なレーシングマシンたちが展示される「ミュージアム」も開設。昨年のPV撮影でSUPER GTのGT500マシンを走らせたRACING PROJECT BANDOHは、今年は台風の影響で中止となった第5戦が12月に延期となったため現役マシンを走らせることは叶わなかったが前モデルのLC500を持ち込み来場者の乗車体験を実施したほか、木山街道のコースが再現されたZENKAIRACINGのシミュレーターでは阪口晴南選手がドライビングを披露するなど、会場の雰囲気に華を添えてくれた。
「山間の会場には想像以上に多くのお客さんが入ってくれていて、中には子供さんの姿もたくさん見えて、これは走る前からボクらドライバーもテンションが上がりますよね。オーディエンスの皆さんに良い走りを見せたいし、何よりパドックでの人とクルマの距離感が近いのがいい」
昨年に実施したテスト&プロモーション撮影イベントで暫定的なトップタイム(2分4秒 ※コース距離は今回と異なる)を叩き出した柴田優作(TUNING CLASS/ARVOU S2000/装着タイヤ: ADVAN A050 G/S)の言葉である。有観客イベントとしては初回となった今年の真庭速祭には5つのクラス(TUNING/RACING/LEGEND/DEMO RUN/LBWK RUN)が設定され、合計25台のマシンが、速度域が高くアップダウンもある総高低差50mのヒルクライムコースを駆け上がった。
ウィリアムズFW12や日産R91CP、ADVAN alpha 962Cといったミュージアム級のレジェンドマシンはもとより、ホンダWTCCシビック、CUSCO スバル・インプレッサ(JGTC GT300)、フォード・フィエスタ(中身はランサー・エボリューションX)のダートトライアル、v. Granzといった本格的なレーシングマシン、ARVOU S2000、HKS Racing Performer GR86、Jing R32 GT-R Group A Specといった超級のチューンドマシンたちが顔を揃える。さらには日本を代表するカスタム・エンターテイナー、LBWK(リバティウォーク)のカスタムマシン(AZ1をベースとしたLB40に、4ローターエンジンを搭載したS15シルビアやR35 GT-Rのドリフトマシン)に加えて、カスタム・トラクターヘッドが4台も顔を揃えるのだから、そこには実に壮観な光景が広がったのである。
そして、この内の実に12台がYOKOHAMA/ADVANのタイヤ製品を装着しているという事実にも注目したい。レーシングスリックからスポーツラジアルまで、マシンの新旧やカテゴリーを問わずYOKOHAMA/ADVANが“本気の走り屋”たちから幅広く支持を得ている事実は誇らしくもあるし、同時にそれだけの幅と奥行きをYOKOHAMA/ADVANが有している証だとも言えるだろう。
「木山街道のコースはなかなか攻略が難しい。特徴がないと言えばないし、だからと言って単調なだけのコースというわけでもない。何より全体の速度域が高いのはスリリングだし、挑み甲斐もある。アップダウンもあるからどこかニュルブルクリンクのオールドコースにも似ていますね」
WTCCシビック(RACING CLASS)をドライブした道上 龍の言葉の通り、「木山街道の攻略は難しい」と多くのドライバーが口を揃える。今回は有観客イベント前日の練習走行から合計4回の走行(DEMO RUN & LBWK CLASSは除く)となったが、イベント当日の午後には雨が降り出しヘヴィウェットなコンディションに。それでも「RACING CLASS」の猛者たちは果敢にも攻めた走りで中継を通してオーディエンスを大いに沸かせてくれた。
「今回はまだ正式な競技ではなく、あくまで走行エキシビションという立ち位置での開催ですが、それでも参考としてのタイム計測を行いました。トップタイムはRACING CLASSの田口勝彦選手(フォード・フィエスタ・ダートトライアル/装着タイヤ:ADVAN A050 G/S)の2分3秒333でした。これは今後、この真庭速祭が真のヒルクライム競技として進化していく過程での指標となる記念すべきタイムです。我々運営としてもコースの安全策をさらに強化しながらしっかり時間をかけて、競技としても成長させる思いです」
今回のトップタイムはRACING CLASSの田口勝彦選手(フォード・フィエスタ・ダートトライアル/装着タイヤ:ADVAN A050 G/S)の2分3秒333。今後、このタイムが“木山街道ヒルクライムアタック”の指標となる。
イベント終了後の髙田は初回を無事に終えたことへの安堵の表情も覗かせながらも、改めて気持ちを込めてこう締め括った。
「真庭速祭は、まだはじめの一歩を踏み出したばかりです。この木山街道にはもっと多くの可能性が秘められています。コースサイドの観戦ポイント(今回は極少数のチケットが販売された)もまだまだ開発できます。沿道にある木山神社や木山寺といった由緒ある神社仏閣とのコラボレーションも可能ですし、メインの会場もさらなる拡大が図れます。そう“祭り”として、真庭速祭には本当に多くのポテンシャルが秘められているのです。
今回、第一回を終えて強く感じたことは、この祭りに参加した人たちの多くが目を輝かせながら、超級のスピードマシンたちの姿に興奮し、さらにはそこに何かしらの感動までを見出してくれていたという事実でした。この先もより多くの皆さんにその興奮と感動を伝えられるように、地域社会と協力しながら、さらに気を引き締めて、この祭りを発展させていきたいと願います」
誰もがより身近に“質の高いスピード”と触れ合える祭り。そんな文化がこの先の日本に根付いていくことを期待したい。
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