Culture
Drifting Changed My Life──
人気ドリフト系YouTuber
サム・ルーカスの流儀。
2024.10.4
鮮やかなドリフト走行をキメてFDJを闘うSam Lucas(サム・ルーカス)は異色の存在だ。プロドライバーではないプライベーターで、自らの自動車体験を通して日本のカーカルチャーを世界へと発信する人気YouTuberでもある。ドライバーとして大成した後にYouTubeを始めたのではない。生粋のJDM好きにして、かつYouTuberとしての飽くなき探究心が、彼をFDJドライバーへと押し上げた。そんな彼に日本で活動を続ける意味と意義、その魅力を尋ねた。
Words:中三川大地 / Daichi Nakamigawa
Photography:安井宏充 / Hiromitsu Yasui
最高峰のドリフト競技に
大人気YouTuberが挑む。
「FDJ2での経験を経てたどり着いたFDJはまるでレベルが違って、最初は戸惑ったのが正直なところ。だから思い切って自分のドライビングスタイルをすべて捨てて、イチからリ・スタートした。凄腕ドライバーたちに教えてもらって、ステアリング捌きなど自分の悪い癖をすべて見直したんだ。同時にレーシングシミュレーターを使って、毎日練習しているよ。だからこそ、クルマの動きがすごく論理的にわかるようになったし、ちゃんとコントロールできているという自信が生まれた。最終戦の岡山が、いまから待ち遠しくて仕方がないね」
色鮮やかなピンクに染めた日産シルビア(S15)を縦横無尽に操って、FORMULA DRIFT® JAPAN(FDJ)の場で、その迫力と存在感を訴えかける。2024年はFDJ2からステップアップする形で、「#11 / Team SAMMIT with Be Forward / S15シルビア」としてFDJにフル参戦するSam Lucas(サム・ルーカス)は、まるで少年のような純粋な眼差しで愛機を眺めながら、2024年のFDJ最終戦(岡山国際サーキット)の1週間前に、そんな意気込みを述べていた。
Sam Lucas(サム・ルーカス)。34歳。オーストラリアで生まれ育ちながら、根っからの日本好きにしてJDMカーカルチャー好き。日本へと移住してからは、SAMMIT ( https://www.youtube.com/@SAMMIT/videos )というYouTubeチャンネルを主宰する人気YouTuberとなり、同時にFDJにプライベーターとして参戦するドライバーでもある。昨今はSAMMITとしてアパレルやグッズ販売にも力を入れている。
外国人ドライバーが多いFDJの場でも、サムはとりわけスター性を感じさせる。プロドライバーではないし、どこかのチームやショップに在籍するメンバーでもない。すべて手弁当で用意して闘っている純粋なプライベーターであり、しかも彼は母国・オーストラリアから日本へやってきて孤軍奮闘している。いや、“孤軍”という表現は的外れかもしれない。彼の挑戦を影で支え続ける大切な妻と幼い息子、そして大勢の仲間たちがいて、さらには77万人近くのファンがいる。彼はSAMMITという名前を持って自らのカーライフを世にシェアするYouTuberであり、SAMMITチャンネルは2024年10月時点で76.9万人のチャンネル登録者数を持つ。昨今ではその発信力を活かしてアパレル系ブランドを立ち上げ、ウェアやグッズなどのオンライン販売にも乗り出している。
そんなサムにとっての本拠地が、東京都町田市の住宅街の一角にある。ゆとりを持って10台近くのクルマが収められるサイズのガレージであり、現役の参戦マシンに加え、彼の宝物である歴代の愛車を保管してあった。さらに2基のリフトを完備し、あらゆる工具や部品、ドリフトで使う大量のタイヤなども並べられている。細部に至るまで抜かりなく整理整頓されているばかりか、ホコリや油染みひとつも見当たらない。このクリーンな空間は、まるでトップチューナーのファクトリーか、またはレーシングガレージかといった印象だ。
“プライベーターのガレージ”と呼ぶには抵抗を覚えるほどクリーンかつ充実した設備の整ったサムのガレージ。クルマ作りの作業は基本的にすべて自分の手で行うことをモットーにする。その仕上げのレベルもまたプライベーターの域を脱している。
「ここは自分のクルマを作るためだけにあるプライベートガレージ。誰かの依頼を受けて作業するショップではない。自分でメンテナンスやパーツの取り付けをするだけではなく、溶接機を使ってレストアや補強をするし、エンジンを組むことだってある。今年、FDJへと参戦する前は、S15シルビアに使うエンジン(2JZ)を安定して1000ps以上を引き出すために、寒くて凍えそうになりながら、連日、明け方の4時まで組んでいたよ。そう、ボクにとってクルマをイジること自体がビジネスではないから、費用対効果を考えずトコトン向き合い、こだわることができるんだ」
FDJに参戦するS15シルビア。2022年よりFDJ2に参戦した個体だが、FDJへのステップアップにあたって、さらにアップデートしている。
サムの言葉にあるように、S15シルビアのパワーユニットは2JZに載せ替えている。しかもHKS謹製の3.4ℓキットにして、ギャレットの大型タービンを組み合わせている。燃料にはエタノールを使っており、ブースト2.2barをかければおよそ1200psまで引き出せるという。BC RACINGの車高調と、JUST ENGINEERINGのナックル、延長アームなどを駆使した足まわりも、ボディ側の加工を含めてすべて自分で取り付けしてセッティングを出した。最高峰の素材を使いながら、彼はひとり独学で知識と技術を蓄えてコツコツと仕上げている。
エンジンはHKSのアップグレードキットを利用して3.4ℓ化した2JZ-GTEで、ギャレットのタービンを組み合わせる。タイトステージではブースト1.8barに抑えて1030psを、国際サーキットなど高速ステージでは2.1barにまで引き上げ約1200psを発揮する。強大な出力性能を受け止める足もとはADVAN Racing RG-4ホイールにADVAN NEOVA AD09タイヤをチョイス。F:265/35R18 97W、R:275/40R19 105Wと異型サイズを採用し、高い剛性感およびグリップ力に加え、コントロール性の高さを両立させる。インテリアも含めクルマ全体の仕上げが美しいのもサムが作るマシンの特長だ。
「今年の前半戦はトラクション不足に悩んだけれど、ドライビングスタイルを見直したことで、自然と上手いセットアップも見出せるようになってきた。タイヤ(ADVAN NEOVA AD09)の性能も巧く引き出すことができているように思う。今のところ満足のいく結果は出せていないけれど、マシンづくりにしてもドライビングにしても、今年はひとつずつのプロセスを楽しみながら毎日のように成長を感じることができている。とても有意義なシーズンだね」

ボクの人生を大きく変えた
ドリフトというカルチャー。
サムがここまでドリフトと、そしてチューニングに傾倒するのは、ヤシオファクトリーの代表を務める岡村和義との出会いがあったからだという。東京オートサロンでヤシオファクトリーという存在を知り、その後、彼らが主催する走行会に参加するようになった。そこで岡村のドライブによるドリフト同乗走行を体験したことで、彼の人生は大きく変わったのだ。
師と仰ぐヤシオファクトリーの岡村和義代表のS15シルビアとのツインドリフト。前を走るのはサムが日本に来てから初めて手に入れた愛車のR33スカイラインだ。顔つきがR34にコンバートしたユニークな表情を持ち、エンジンの出力性能は500ps程度にとどめている。初めてドリフトを学んだ思い出深き個体であり、当時は生傷が絶えなかったという。岡村を慕い多くを学びながらも、ドリフトに関する走りやマシン作りはあくまでも自分自身の感性で腕を磨いてきたというあたりがサム・ルーカスという男の流儀なのだろう。(写真提供:SAMMIT)
「オーストラリアにいた頃からクルマは好きだったし、地元でドリフトの真似事をしてみたこともある。だけど、岡村さんのドライビングはいい意味で本当にクレイジーだった。異次元の速度域でクルマを真横に向けながら、ビタビタに他車やウォールに寄せていく。そのスリルと興奮は尋常じゃない。“こんなに気持ちいい”と感じたのは生まれて初めての経験。その次の瞬間には“ボクもこれをやりたい!”と思ったんだ」
R34フェイスのR33スカイラインの次に手に入れた写真右側のマシンは、ヤシオファクトリーの岡村代表と初めて共同作業で仕上げたという2.2ℓ化したSRエンジンを積むストリート仕様のS15シルビア。“岡村流”と“SAM流”が融合した思い出深い1台だ。
そうと決めたら決断は早い。サムは言葉の壁と闘いながらも、岡村のもとへ半ば弟子入りするようなかたちで通い続ける。現在もSAMMITの象徴的なカラーとなっているボディカラーのピンクは、正確には“ヤシオ・ピンク”という。元来、彼が好きな色味であるし、ヤシオファクトリーをリスペクトしてずっと使っている。ボディキットもヤシオファクトリー製である。
しかしサムはヤシオファクトリーのメンバーになるわけではなく、あくまで独立したプライベーターという立ち位置を貫いてきた。なぜなら、ほぼ時を同じくして彼は動画配信に可能性を見出し、YouTuberとしての活動を始めていたからだ。そもそもYouTuberとしての探究心がなければ、ヤシオファクトリーとの出会いだってなかったのかもしれない。SAMMITチャンネルをたどると、その配信は2016年から始まっていて、当初はカーカルチャーを含めた“リアルな日本”を英語圏の人たちに届けるものだった。ドリフトと出会うまでは、日本のサブカルチャーや街並み、日本でのスノーボードを体験している動画まで見受けられる。
幼少期から大の日本好きだった。JDMに代表されるカーカルチャーはもとより、オタク文化と称されるサブカル的なカルチャーを含めて、彼は日本のすべてに興味を持った。幼少期のころから日本語という言語に惹かれ、彼の地の学校で学び優秀な成績を残していたというから筋金入りだ。日本に対して強い興味を持ち、だからこそ日本を題材としたコンテンツを成立させるYouTuberとしての活動。そこにヤシオファクトリーに感化されることでドリフトが結びついたからこそ、いまに続くプライベーターとしてのサム・ルーカスが誕生したのである。
“草ヒロ”への愛に象徴される
サム・ルーカスのクルマづくり。
FDJへの挑戦と、参戦マシンであるS15シルビアに象徴されるクルマづくり。それはプライベーターとしては極めて高いレベルにあることは間違いない。しかし、それだけではサムの本質を捉えたことにはならないということも知った。先に触れた彼のプライベートガレージには、他にも数台のクルマを確認することができる。たとえば4ドアのR32スカイラインは、ドリフト練習用に所有していて、時間を見つけてコツコツと仕上げている最中だというが、随所に彼らしい工夫があり、そして思想が宿っている。
格安で見つけたシングルカムのRB20を搭載するR32の4ドア(GTE)をベースに、オーストラリアが育んだチューニング技術を駆使しつつ、リーズナブルなチューニングを加えたドリフト練習用マシンである。このように頭と身体を使ってクルマを仕上げ、その製作過程から楽しんでいるのが、いかにもサムらしい。
「これは2.0ℓのシングルカムを積んだ4ドアボディ。一番、下のグレード(GTE)だったから、めっちゃ安かった。でもオーストラリアにあるRB30のカムを使って、RB20DETの配線類を移植して、タービン変えてブーストアップして──320psくらい。とてもおもしろいマシンになった。下のトルクがないドッカンターボだから、むしろドリフト練習用には最高だよ。今日、ちょうど新しいインマニが届いたばかりで、早く取り付けたくてウズウズしている」
と、練習用スカイラインのことを説明したかと思えば、今度は「格安で見つけてきたマニュアルのワゴンRで耐久レースに出ようとしているんだ」と話を続けてくれた。たった3000円のスーパーチャージャーをつけて独特のサウンドを放つ(まるで猫の鳴き声のようだからと“ワゴンミャー”と呼んでいる)が、外装はまだ下駄車風情のまま。それでもADVAN A050を履いているのが、なんとも粋だ。
興味があるのはドリフトだけではない。ワゴンRのマニュアル仕様を見つけてきて耐久レースに出るといったユニークなプロジェクトが同時に進む。3000円程度の格安のスーパーチャージャーを取り付けたら猫の鳴き声みたいな音で走るので“ワゴンミャー”と名付けられた。
これらを見て、そしてサムの熱意ある話を聞いて、あらためて思う。彼は走ることと同じように、自分のアイディアを駆使したモノづくりが好きなのだと。大枚を叩いて高額なスポーツカーを買ってきて、ハイエンドなチューニングをすることにはあまり興味がない。タダ同然で取引されるような個体を見つけてきて、自分でレストアから始めて、流用できる部品がないかと考えまくって、ひとつのパッケージングをすることに並々ならぬ意欲を示す。そうした意味では、プライベーターが工夫してモノづくりのできる領域が広いドリフト競技(マシン)というのは、やはり彼の好みに合致していると言える。FDJ参戦にあたっては、たとえトップチューナーやレーシングチームが上げ膳据え膳でマシンとチーム体制を用意してくれたとしても、さほどモチベーションは上がらないのかもしれない。

さらにサムの好みと思想を象徴する2台がある。現在、レストア&補強中だというシルビアと、そして何年も放置されていた雰囲気がそのまま残るクレスタだ。草むらや山の中、空き地などに放置されていた廃車同然のクルマのことを、蘇らせることができるという可能性を込めて「草むらのヒーロー」すなわち“草ヒロ”と呼ぶことがある。この2台はまさに草ヒロだ。こういう類のクルマを前にしたら「どう復活させて、育ててやろうか」という具合で、サムがもっともやる気満々になるものらしい。
「この2台はともに沖縄に行って見つけてきたんだ。特にシルビアは、もともと在日米軍にいた人が所有していて、ドリフトマシンに仕上げようとしていたみたい。だけど、何らかの理由で預けていたショップが立ち行かなくなったようで。長い間、放置されていて、その間にオーナーもアメリカに帰還してしまった。彼のことは知らないけれど、ボクはその意思を受け継いで、あらためてコイツをドリフトマシンに仕上げたいと思ったんだ」
沖縄へ行って見つけてきた2台の“草ヒロ”。シルビアとクレスタがこれからどのようなマシンに生まれ変わるのか興味は尽きない。特に元米軍の方が所有していたS15を譲り受けて再生するプロジェクトは、SAMMITチャンネルで「Abandoned S15 Silvia from the Okinawa Jungle」として連載的にレポートされていて、数多くのファンが見守っているという。
と、こうしたストーリー性もまたサムを奮い立たせる。それはYouTuberとして優れたコンテンツを創りたいという情熱も含まれるのだろう。丁寧に溶接して補強を進めているバルクヘッド部分を見るだけでも、そのやる気と情熱が伝わってくるようだった。
日本のJDMカルチャーを世界へ。
世界のJDMカルチャーを日本へ。
「日本のテクノロジーとカーカルチャーはとても優れたものだと思う。でも、いまはちょっぴり“エキサイティング”に欠けるというか、勢いが足りていないように感じる。特に若い人たちにとってクルマは高嶺の花になってしまったし、プロショップも画一的なものしか作っていない。だからこそボクは自分自身の活動を通して、クルマ遊びの魅力を訴えている。別に究極を求めなくてもいいし、お金をかけなくても工夫次第でこんなに遊べるんだよ、ってね」
何も知らない、何もできないところから、一つひとつ自分の手で試し、失敗もしながらやり方を覚えて今では溶接もエンジンの組み立てまで自分の手でできるようになった。サムはチャレンジすれば、何より楽しみながら前に進むことで、“やればできる”ということを、自分の姿を通してより多くの人々に伝えていきたいのだと言う。ドリフトの腕前だって「まだまだ下手くそ」っと笑いながらも、日々真剣に取り組みながらさらなる高みを目指している。
オーストラリアやアメリカの、リアルなカーカルチャーを知っている男だからこその発想なのかもしれない。オーナー自身がDIYで改造して出来あがったバックヤードスペシャルが当たりまえのように存在し、また納屋モノや草ヒロをベースにして、レストモッドやハイテックカスタムをする例も珍しくない。それは世の中にある中古車相場論とは無関係の、オーナーにとっての唯一無二の宝物となる。かと思えばRBエンジンをブロックから製作し、RB36(3.6ℓ)なるモンスターエンジンまでつくってしまう凄腕のビルダーもわんさといる。この自由さ、幅の広さを持った彼の地のカーカルチャーを、日本で身を挺して訴えたいのだと思う。
「ボクは自分が好きなこと、やりたいことを、YouTubeを通していろんな人たちに発信できる。それが喜びのひとつになっていて、自らを鼓舞させることができる。ボクだって最初は改造なんて何もできなくて、安物の工具と溶接機を買ってひとつずつ学んでいったんだ。たとえハードルが高かったとしても、“やればできる”ってことを自分の活動を通して訴えたい」
ガレージの2FにあるYouTubeの配信スタジオ。“やればできる”を多くの層に発信する情報基地である。サムはその他の活動として「SAMMIT」というブランド名で、Tシャツやパーカー、ジャケットなどのウェアから、ちょっとしたグッズ、ステッカーなどのグッズを販売する。今後は海外に流通する自動車用機能部品(チューニングパーツ)の販売にまで拡げる計画だとか。
SAMMITチャンネルは日本のカーカルチャーを英語圏へと届けるもの。しかし、彼の活動すべてを俯瞰すると「世界のカーカルチャーにある技術と考えかたを日本へ持ち込み、日本でのJDMをふたたび盛り上げようとするもの」でもあった。プレイベーターを貫くFDJへの参戦や、またYouTuberとしての活動は、それを実現へと向かわせるひとつの方法論である。
サムにとって掛け替えのないパートナーである妻のマユミ。1歳半の愛息子を育てながら、サムの活動を献身的に、何より楽しみながら支えている姿が印象的だった。
そしてサム・ルーカスは、自分自身がその活動を誰よりも楽しんでいるのが印象的だった。彼が日々体感しているあらゆる体験は、映像として記録されたあとにファクトリーの2階で即座に編集され、電波に乗って日本を含めて世界中へと拡がっていく。それらは「カーカルチャーを育み、発展させる」という意味ではとても重要だと思えた。そのどれもがとびきりおもしろくて、彼の考えかたに共感するコンテンツばかりだったのが最大の説得材料である。
SAMMIT HP / https://sammit.net
SAMMIT Channel / https://www.youtube.com/@SAMMIT/videos
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