RACE REPORT

皆で喜びを分かち合う―
スマカメ・マクラーレン720S GT3
FSW7時間耐久レース参戦記。

2023.2.20

富士スピードウェイ(FSW)を舞台とした新春の恒例行事となっている「FSW新春思いっきり7時間耐久レース」に日本を代表するジェントルマンドライバー、久保田克昭率いる「チーム・スマカメ」が2台のマクラーレン720S GT3でエントリー。紅一点、女性ジェントルマンドライバーのYUKO選手と、SUPER GT/スーパーフォーミュラでも活躍する三宅淳詞選手という布陣で表彰台の頂点を目指す。“皆で喜びを分かち合う” ――その素晴らしさを体現するレースにYOKOHAMA / ADVANが寄り添った。

Words:髙田興平 / Ko-hey Takada(Takapro Inc.)
Photography:望月勇輝 / Yuki Mochizuki(Weekend.)

即席チームとは思えない
怒涛の快進撃

「参戦を決めたのはレース本番の2週間ほど前。まさかこの短期間でこれほどの素晴らしい体制が組めるとは……。協力してくださった皆さんには本当に感謝しかないですし、だから絶対に優勝してみせますよ!」

いつも以上のご機嫌な笑顔で「チーム・スマカメ」の久保田克昭は言う。1月下旬の日曜日、場所は富士スピードウェイ(FSW)。「2023 FSW新春思いっきり7時間耐久レース」のスタートを控えた朝のチームピットでの光景である。「富士の耐久レース」といえばFIA世界耐久選手権(WEC)の1戦である「FIA WEC 富士6時間耐久レース」が有名だ。1982年から1988年まで富士で開催されていた「WEC JAPAN」が終焉を迎えて以来、実に24年ぶりの耐久世界選手権として2012年に復活した格式高いレースである。さらにはスーパー耐久シリーズの1戦である「富士SUPER TECH24時間レース」も2018年から始まった(富士を舞台とした24時間レース自体は60年代に2度開催されている)ことで、世界有数のハイスピードコースとして知られるFSWは、今では「耐久の富士」として、その名を再び国内外のレース好きたちへと轟かせている。

「FSW新春思いっきり7時間耐久レース」に参戦する「チーム・スマカメ」の面々。わずか2週間で組み立てた即席チームではあるものの、そのメンバーは一線級の豪華な顔ぶれで構成された。マシンはマクラーレン720S GT3が2台投入された。

そうした状況の中で「より幅広い層に耐久レースをエンジョイしてほしい」というコンセプトで毎年1月の恒例イベントとして開催されてきたのが「FSW新春思いっきり7時間耐久レース」だ。今年で16回目の開催となった同レースはポンダーリレー形式の耐久レース。“耐久”と聞くとどこかストイックでまさに“耐え忍ぶ”ことが求められる世界を想像しがちだが、このレースはあくまで“楽しむこと”を前提としている点が面白い。

ドライバーは2〜10名まで任意で登録可能で出走マシンも複数台でのエントリーが可能。ポンダー(ラップタイム計測機/正式名称はトランスポンダー)を積み替えることで異なるマシンであっても“同一のマシン”として競技に参加することが許され、さらにはドライバーも1チームで多数参加できることからマシンにも人にも優しい耐久レースとして初心者にも広く間口が開かれている。

本気のレースマシンから軽自動車まで、バラエティ豊かなマシンが揃うのもこのレースの見どころである。「チーム・スマカメ」のピットはホンダ・シビックで参戦するチームとシェア。さまざまなカテゴリー、ジャンルのマシンが同じゴールを目指して戦う姿は、ニュルブルクリンク24時間レースのような自由な雰囲気を感じさせる。

ゆえに参加チーム(マシン)の顔ぶれが非常にバラエティ豊かであるのも特徴となる。SUPER GTなどのトップカテゴリーを戦う(または戦ってきた)GT3マシンやプロドライバーがいるかと思えば、ほぼノーマルに近い軽自動車やクラシックモデルを駆るアマチュアドライバーまでいるからそのギャップは見ていて単純に楽しい。60あるエントリー枠(今回は最終62枠)に複数台での申し込みがあるので総勢100台を超えるマシンが富士のピット、そしてパドックにまで溢れかえる光景は壮観ですらある。

グリッドには総勢62台のマシンが並ぶ。1チームで複数台エントリー可能なポンダーリレー式の耐久レースなので、トータルのエントリー台数は100台を超える。

「やるからには本気です。遊びだって常に本気。それがこのチームの精神。マシンは2台のマクラーレン720S GT3を持ち込みました。他にも素晴らしいマシンがエントリーしているので良いバトルを繰り広げたいですね」

チームを牽引する久保田は以前にこのADVAN Brand siteでもご紹介した通り日本を代表するトップクラスのジェントルマンドライバーとして世界にその名を知られた存在である。モナコ・ヒストリックGP(フォーミュラ1)ではロータス72を駆ってモンテカルロのストリートコースで優勝を果たし、日本人としてはじめてモナコGPの表彰台の真ん中に立ち君が代を流したことは、今やひとつの伝説となっている。そのほかにもル・マン・クラシックへの参戦やグッドウッドで行われるヒストリックレースなど、まさに世界の大舞台で熱い走りを数多く披露し結果を残し続けてきた。

「チーム・スマカメ」のリーダーであり世界的ジェントルマンドライバーとしても活躍する久保田克昭。モナコ・ヒストリックGP(フォーミュラ1)で日本人唯一の優勝を果たした伝説の存在である。

「ボクは何よりまず走ることが好き。若い頃からクルマの運転が好きで、その先に挑むべき高みとしてレースが存在していた。ハコもフォーミュラもたくさん経験させてもらって、ヒストリックの世界ではフォーミュラ1やグループCという最高峰にまで辿り着くことができた。ビジネスの傍ら常にひたむきにレースと向き合いながら、必死になって自分の中に課した究極の高みを目指しました。そして、ある時に気づいたのがチームの存在の大切さ、いわば皆と喜びを分かち合って走ることの素晴らしさだった。2019年の鈴鹿10時間に今回のマクラーレン720S GT3でミカ・ハッキネン選手(F1ワールドチャンピオン)と石浦宏明選手と一緒にエントリーしたときの楽しさは中でも格別でした。一人でただ走り切るのではなくってチームの皆で力を合わせて走る。もちろんメカニックやエンジニアといったクルーの存在も絶対に不可欠。そうやって皆が一丸となって戦うというレース本来の醍醐味に、耐久レースを通して改めて気づき、そして魅せられたんです」

その後はCOVID-19などの世界的に困難な社会情勢もあって耐久レースどころかレース自体への参戦も自粛モードになっていたと言うが、一昨年くらいから少しずつレースの舞台に復帰して、今年の正月に縁あってこの富士での7時間耐久レース参戦の話が生まれ、冒頭にもあるように本番まで僅か2週間という短い期間でチーム体制を築き上げた。

2台のマクラーレン720S GT3にはYOKOHAMA / ADVANのA005(レーシングスリック)を装着。久保田は2019年の「auto sport web Sprint Cup/SUPER GT×DTM特別交流戦」に720Sでエントリーし、YOKOHAMA / ADVANを履いて戦った経験がある。

「ボクのレース活動を長らく支え続けてくれているハナシマレーシングさん。鈴鹿10時間のときからお世話になっているゲイナーさん。そして最新式のテレメトリーシステムを提供してくださったM-TECさん。チームメイトは女性ジェントルマンドライバーとして活躍しているYUKOさん(ちなみにもう1台の720S GT3はYUKOさん所有で愛称はCiao! 号)。2022年シーズンはSUPER GTに加え、スーパーフォーミュラでも活躍した若手トップドライバーの三宅淳詞選手と、とても即席とは思えない豪華な布陣を組むことができました。そして何より、短い期間にも関わらずレース用のスリックタイヤ(A005)を供給してくださったYOKOHAMA / ADVANには感謝しかありません。あくまで草レースとはいえ、モータースポーツに熱く取り組む我々の想いに快く賛同してくれた。ボクも走っているJCCAなどのクラシックレースもそうですが、どんなにニッチでマニアックなカテゴリーであってもYOKOHAMA / ADVANは常にその傍で、走ることを真剣に愛するボクらのことを支えてくれる。そういう、掛け替えのない存在なんです」

2022年シーズンはSUPER GT / GT300クラス、スーパーフォーミュラなどで活躍した三宅淳詞選手を迎え、女性ジェントルマンドライバーのYUKO選手(もう1台の720S GT3 / Ciao!号のオーナー)、そして久保田というドライバーラインナップで臨む。

久保田の説明通りチーム体制としては文字通りトップクラスの「チーム・スマカメ」だが、それでも「FSW新春思いっきり7時間耐久レース」にはポルシェやアウディのGT3マシンやランボルギーニのウラカン・スーパートロフェオといった一級のレースマシンが参戦。ドライバーも現役のプロから経験豊富なジェントルマンまでが顔を揃える。あくまで“楽しむこと”を第一義とした草レースとは言え、表彰台の頂点を目指すにはやはり相応のチーム戦略とドライバーのスキルが要求されることは言うまでもない。

「昨日の練習走行会でトップタイムを出した三宅選手がスマカメ号でスタートドライバー。その後にマシンをCiao!号に替えてYUKOさんが走り、再びスマカメ号に替えてボクが走り、Ciao!号でYUKOさん、スマカメ号でボク、そして最後はCiao!号で三宅選手がゴールまで走り切るというプランです。給油時間を短縮する意味でもスティント毎にマシンを入れ替える作戦。ただ状況によっては作戦を変えることも十分あり得ますね」

この日のFSWは風こそあるものの快晴に恵まれたレース日和。色とりどり62台もの個性豊かなマシンがグリッドに並びローリングスタートによって7時間の耐久レースは開始された。

「昨日の練習走行ではじめて乗りましたが、マクラーレン720SのGT3マシンは良い意味でクセがなくって乗りやすい。とてもジェントルマン向きのレースマシンだと感じました。このマイルドさは耐久レースにも向いていると思いますね」

スタートドライバーを務めるSUPER GT/GT300クラスでの優勝経験もある三宅選手によるレース前のマシン評である。SUPER GT、スーパーフォーミュラ共にYOKOHAMA / ADVANユーザー(SFはコントロールタイヤ)でもあるだけに、タイヤを含めた全体のパッケージにも不安はないという。

スタートドライバーを務めた三宅淳詞選手。2021年にはSUPER GT / GT300クラスで優勝経験(Max Racing)もあり、YOKOHAMA / ADVANの使用経験も豊富だ。

スターティンググリッドはエントリー順となるため、いちばん最後のエントリーとなった「チーム・スマカメ」は最後尾からのスタート。62台もの長い隊列(最後尾グリッドはピットレーン入口に位置)をスタートラインまで追い抜けない状況となるから、スタートの時点ですでに先頭からは1分以上のギャップを背負うことに。7時間の長丁場であるだけに三宅選手はあくまで慎重に、しかし要所要所で的確に素早く獲物を捕らえて着々とポジションアップを図っていく。1LAP目で47番手、2LAP目で23番手、3LAP目では1分42秒台までタイムを上げて11番手、そして4LAP目ではファステストラップとなる1分39秒782を叩き出して7番手へとジャンプアップ。しかし、ここでコース上の複数カ所でクラッシュが発生したためFCY(フルコースイエロー)が出され、そのまま5LAP目で赤旗中断となってしまうのだった。

最後尾スタートから順調に周回を重ね順位を上げていく三宅選手とスマカメ号。5LAP目での赤旗中断を挟み7番手で再スタートするとほどなくしてトップに立った。速度差の大きいマシンをパスしながらのドライブでありながらファステストを連発する辺りがさすが現役プロドライバーである。

アマチュアの参加が多い草レースであり、さらには真冬の朝の冷えたコンディションでレース開始直後の体も気持ちもほぐれていない状況ではアクシデントの発生率が高いのも当然。結局1時間以上の中断を経てレースは再開されると三宅選手は7番手での再スタートからすぐトップに立ち、2番手のランボルギーニ・ウラカン・スーパートロフェオと激しくバトルを繰り広げながら周回を重ね、45LAP目には1分39秒564というファステストを再び記録した。

GTワールドチャレンジ・アジアなどへの参戦経験を持つが、その数はあまり多くないというYUKO選手。しかしドライビングレッスンを含め、サーキット走行に対する直向きさは誰もが認めるところで、さらには類稀なセンスの持ち主だとも評される女性ジェントルマンドライバーである。

「GT3マシンですから無理はせず、とにかく事故なく、周りの方の動きをしっかり見て走りたいと思います」

52LAP目、トップで三宅選手からバトンを受け継いだYUKO選手は、走行前に多少の緊張の色は見せながらもあくまで穏やかに、心を落ち着けるようにして自らが所有するCiao!号に乗り込んだ。ある意味で今回のダークホース。どれだけのポテンシャルを秘めているかは未知数でもあり、彼女の走り次第で優勝かそれ以外の結果になるかが決まると言ってもよいだろう。

2分フラット、1分55秒828、1分51秒750と周回を重ねるごとにYUKO選手が確実にタイムアップを果たしていく。そして気づけば40秒台に入り、ベストでは1分47秒にまで入れチームの期待以上の走りで上位をキープして久保田へとバトンを繋いだ。日本ではまだ少数派の女性ジェントルマンドライバーだが、YUKO選手のような才能の持ち主が挑戦しやすい懐の深いレースという意味でも、この「FSW7時間耐久」は大きな存在価値があると思えた。

ベストでは47秒台まで入ったYUKO選手。720S GT3との相性は抜群によく「タイヤも常にグリップが安定していて安心して走ることができました」とコメントしてくれた。

鈴鹿10時間耐久、そして2019年の「auto sport web Sprint Cup/SUPER GT×DTM特別交流戦」でステアリングを握りレースをした愛機(スマカメ号)だけに、久保田は安定したラップを刻み、ベストでは41秒台もマークしてチームリーダーとしての役割を存分に果たす走りを見せた。当初は1時間10分を走る予定だったがFCYが入ったことで作戦を変更。トップとほぼ2周差2番手の状況で早めに三宅選手へとバトンを繋ぎ、彼がそのままゴールまで2スティント連続で走り切る戦略へと切り替えたのだった。

久保田の走りは終始安定したもので、ベストは41秒台とプロ顔負けの速さでチームピットを沸かせた。かのミカ・ハッキネンの“チームメイト”の称号は伊達ではない。

三宅選手(Ciao!号)にバトンが託されると再び順調に周回を重ね、Ciao!号からスマカメ号へと乗り換えながら最後のスティントでも三宅選手は順調にラップを消化していく。142LAP目でスマカメ号が再び首位に立つ。そして150LAP目でFCYが出されるとこの時点でピット内では「チーム・スマカメ」の優勝がいよいよ確信へと変わっていく――しかし、この時に久保田が発した言葉は何よりリアルで熱を帯びたものだった。

「レースは最後まで気を抜いてはダメ!まだわからない。フィニッシュラインを越えるまで気を抜けない!」

かつてル・マン・クラシックでトップを独走しながら、最後の1周でまさかのトラブルによるリタイヤを喫した苦い経験をもつ久保田だけに、最後の最後まで気を抜かずに走り抜くという一種の気迫、もっと言えば勝ちへの執念のようなものがその言葉には感じられた。

久保田と、そしてチーム全体からの想いが伝わったのか、FCY解除後の159LAP目で再びファステスト(1分39秒200)を更新した三宅選手は、そのままペースの衰えを見せない素晴らしい走りで2番手と4LAP差を築き上げ、スタートから7時間、175LAPを経過してトップチェッカーを受けたのである。

「夢みたい。たった2週間で作り上げたチームで優勝できるだなんて。やっぱり耐久レースは最高ですね。長丁場な分、チームの皆で分け合える喜びも大きい。また来年もやりましょう。もちろんタイヤはYOKOHAMA / ADVANで!」

そう言って笑う世界トップクラスのジェントルマンドライバーの顔が、少年のように輝いていたのが印象的だった。

(了)

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