Get Back ADVAN

ADVAN alpha 962C
次代へ向けて疾走す。/ 後編

2022.6.10

1989年、高橋国光に4度目のシリーズ・タイトル獲得をもたらした「ADVAN alpha / アドバン アルファ962C」。そんな歴史的価値のあるポルシェ製Cカーがいま、当時の姿を纏い、さらにはファンの心を震わせたあの強心臓までを蘇らせて再び走りはじめた。コレクタブルな対象としてただ大切に飾るのではなく、当時の“本物の速さ”と真っ直ぐに向き合い、それを次の時代へ向けて全開で走らせる。そんな熱き世界のありようをリアルに感じ取る。(後編)

Words:藤原よしお / Yoshio Fujiwara
Photography:真壁敦史 / Atsushi Makabe
Special thanks:M’s VANTEC / Auto Roman

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ADVAN alpha 962C

生粋のレーシングユニット。
その真価を引き出す。

すでに準備は万端だ。メカニックが狭いコクピットに乗り込み、イグニッションをオンにしてスターターを回すと、数度のクランキングでポルシェ962Cの3リッター水冷フラット6ツインターボ・エンジンは、すんなりと目覚めた。

低く唸るようでありながらも、どこか暖かみのあるボクサー・サウンドは、30年以上前に富士のパドックで聞いた962Cのままだ。一方でこのエンジンが800馬力以上を誇るモンスター・ユニットとは思えないほど、安定したアイドリングを奏でている。

しかしながら、現役当時と同じフルブースト・ユニットを仕立てるという今回のプロジェクトは、決して平坦なものではなかった。

962Cのベースとなった956のエンジンは、936に搭載されていた水/空冷式2.65ℓ水平対向6気筒SOHCユニットを流用したものだ。そのルーツをさらに遡ると1974年の911カレラRSRターボや、その後の934、935のフラット6ターボにたどり着く生粋のレーシングユニットである。

エンジンのオーバーホールを施し、ハイブースト化してシェイクダウンを行う。富士スピードウェイのピットには経験豊富なテストドライバーや一級のレースメカニックたちが集い、まさしくプロフェッショナルな体制でシェイクダウンに臨んだ。

「962Cはセミドライサンプでクランクケースの中にオイルポンプを内包しているんです。ちなみにそのオイルポンプはGT3Rのものとほぼ同じ。そういう意味でも市販の911のエンジンとは根本的に構造や仕組みが違っています。むしろ934/935の流れを汲み、その後の911GT2レーシング、GT3Rにつながっているエンジンといえますね」

こうしたことは、本社ヴァイザッハにエンジンを送り返してすべて“おまかせ”で済ますことなく、自分達でバラし、オーバーホールを手がけたからこそ分かったことだという。

「他にも962Cのエンジンはシリンダーバレルとヘッドが溶接で一体になっていて、その中を水で冷却しているのですが、今はそんな構造のエンジンはないですからね。これを一からやり直すのは難しかったです。あとタービンハウジングも内部に冷却流路を備えた専用品だったり、非常に凝った設計で、コストの掛かったエンジンなんだと感心する反面、そういうことを一から学びながら作業をするのは非常に手間と時間を要する仕事でした」

オーバーホールの実施時に撮影された935/83エンジンの構成パーツ。シリンダーバレルとヘッドが溶接で一体とされるなど、細部に至るまで専用の凝った設計が施されており、その分だけオーバーホールにも多くの手間と時間、何より情熱が注がれることになったという。ポルシェ品番の新品クランクなど、入手困難なパーツも諸井の長年のネットワークを駆使して時間をかけながら揃えていったのである。

その一方で、今オーバーホールしたからこそできること、できたことも多いと諸井は言う。

「例えばガスケットやOリングなどの素材、品質は昔から上がっているし、エンジン・マネージメントも昔のボッシュ・モトロニックはダイヤルで条件によってブースト調整する形でしたが、今使っているものではもっときめ細かい制御ができる。なのでフルブースト仕様でも、当時より扱いやすく耐久性のあるエンジンにできたと思います」

またそうした過程で様々な学習、経験をしたことは「一時預かり人」である諸井にさらなる使命を授けることとなった。

「962Cを所有して感動して“思いっきり走らせたい”という想いから、いろいろなご縁で貴重なパーツが集まった。また今回のオーバーホールを含めて自分が経験したことが色々な人のお役に立てれば、それをお手伝いしてもいいのかな?と思うようになりました。これをきっかけに962Cに興味を持つ人が増えたらいいな、そういう方とお互いに補っていけて、こういうクルマを後世に正しい姿で残し続けていけたら、という想いがあります」

実は諸井は、難削材の加工、精密加工に関しては世界屈指の技術を持つ企業の代表という経験を活かし、20年以上にわたってトヨタ2000GTのパーツを復刻、供給した実績を持っている。そのアイテム数は170以上にのぼり、もう2000GTに関して足りないパーツはないと言われるまでになった。その経験を今度は962Cの世界にも生かそうというわけだ。それが歴史的価値のあるクルマを所有したオーナーの責務である、というのが諸井の一貫したスタンスである。

YOKOHAMA / ADVANのタイヤにこだわるもの、そうした諸井の熱意によるものだ。どんなに素晴らしくメンテナンスされ、レストアされたものであっても、自動車である以上、タイヤがなければその真価を発揮することはできない。クラシックレーサーはタイヤの選択で銘柄やサイズなどの難題に直面することも多いが、諸井があくまでYOKOHAMA / ADVANのタイヤにこだわるのは、自身のマシンの象徴でもあるADVANブランドそのものの歴史を守り、継承していきたいという想いがその根底にあるからにほかならない。

遊びではなく本気。
それはまさにプロの世界。

十分な暖気とチェックが終わり、それまで962Cを取り巻いていた多くのスタッフ、機材が撤収すると、いよいよ栄光のアドバン アルファ962Cは富士スピードウェイのコースへと飛び出していく。

ベンチテストは済ませているとはいえ、マシンに搭載しての走行は初めてとなるので、1周走ってはピットイン。コンピュータを繋いで各部の状況、データを確認し、少しずつペースを上げながら様子を見るという地道な作業を繰り返す。すぐにでもホームストレートを全開で駆け抜ける快音が聞きたいところだが、これはレーシングマシンにとっての大事な儀式だ。

じっくりと、そして着実にステップを重ねながら、いよいよ連続周回を……という時、一瞬油圧が低下するというトラブルが起きた。すぐさまピットに戻りチェックを開始。特にデータでも、見た目や音でも変化は見られず再度走行を試みるが、やはりこの状態での全開走行はリスクが高いと判断され、テストはそこで打ち切られた。

1周ごとに状態をチェックしながら調整を繰り返すという、着実な作業が求められる。これこそが真のレーシングの世界であり、生半可な気持ちと体制では成し得ない世界でもある。これはまさに遊びではなく本気の世界なのだ。

「いやあ、今回はきちんと走らせられず申し訳ない。情けない」

と諸井は言う。それは趣味の世界ではありながら、遊びではなく本気で取り組んでいるからこそ出た本音と言えるだろう。

現役当時「火曜に到着して、木曜に走り始め、その週末のレースで優勝」できたと、962Cの信頼性と生まれながらのポテンシャルの高さを表すエピソードがあったが、生粋のレーシング・マシンを本気で走らせるというのは、やはり並大抵のことではない。そして、それを乗り越えられる資金と労力、情熱を惜しまず注げる覚悟がなければ「一時預かり人」の資格はないともいえる。

しかし、それこそが文化や引き継ぎ、伝えるということなのだ。

YOKOHAMA / ADVANも未来に向けて最先端を走り続けながら、こうした過去の偉大な遺産をきちんと継承し続けていくことに賛同し、協力を惜しまない。なぜならそれこそがYOKOHAMA / ADVANにとっての「魂」ともいえる部分だからだ。

未来を見据えて過去の遺産を正しい姿で走り続けさせる。

この熱き世界の奥底は恐ろしく深く、だからこそ最上のロマンに満ちている。

近い将来、黒地に真紅のADVANカラーを纏ったポルシェ962Cが、我々ファンの前を全開で駆け抜けてくれる日がくることだろう。その日を、心待ちにしたい。

(了)

(文中敬称略)

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