FORMULA DRIFT® JAPAN
雨の鈴鹿ツインで魅せた
YOKOHAMA/ADVAN勢の
“不屈の精神”。
2024.5.24
FORMULA DRIFT® JAPAN(FDJ)開幕戦となった富士スピードウェイに続いて、第2戦が鈴鹿ツインサーキットで開催された。5月18日(土)の予選・単走は雲ひとつない晴天だったが、続く19日(日)の追走・決勝トーナメントでは朝から雨の強弱が分単位で変わるというウェットコンディション。セッティングや走りかたなど、この上なく難しい状況のなかで、異彩を放ったYOKOHAMA / ADVANアスリートたちの、何がなんでも諦めないその姿を追う。
Words:中三川大地 / Daichi Nakamigawa
Words:安井宏充 / Hiromitsu Yasui(Weekend.)
「感動する長編映画を
まるごと見たようだった」
観客のひとりがそうつぶやいた。その言葉は言い得て妙だなと思う。FDJ2024の第2戦・鈴鹿ツインサーキットの決勝・追走トーナメントで、齋藤太吾(#87 / FAT FIVE RACING / アルテッツァ)がいきなり魅せてくれた。
TOP16をかけた決勝・追走トーナメントの1本目。先行した齋藤の背後につけた後追い車両がスピンしかかってプッシング(接触)したことで、足まわりが破損してしまう。かろうじて自走でピットに戻ったものの、リヤタイヤはあらぬ方向を向き、エキゾーストパイプも脱落するなど、傍目には重症に思えた。応急処置を許される時間はわずか15分(競技中1度だけ使える持ち時間5分+他者から受けた損傷の場合に適応される10分)のみ。実況解説をする谷口信輝からも諦め気味の言葉が漏れるなど、誰もがリタイヤを覚悟した。
しかし、齋藤太吾率いるFAT FIVE RACINGのメンバーは誰ひとりとして諦めてはいなかった。トラブルを見極めながらいちいち部品交換をしていては間に合わないと瞬時に判断し、ジャッキにかけてタイヤを外し、見た目で判断できる損傷部分を勘所に頼って溶接やハンマーで応急処置する。とにかく15分で走れる状態にまで戻す作戦だ。それは「とにかく走りたい」という執念とでも言うべきものだった。残り時間2分を切ろうかというところで、タイヤを装着し始めた光景が実況モニターに映された際には、会場全体がどよめいた。
「どうにか1周持つかどうかの状態だった」と齋藤は後になって振り返ったが、そんな満身創痍であっても綺麗にドリフトをつないで走り切って、無事にTOP16へと駒を進めたのだ。
修復劇はまだ終わらない。TOP16へと進出するやいなや、次の出走までの約2時間を使って、完治まではいかずともきっちりと全開で闘える状態にまで導いた。彼らのピットワークと、その原動力となる「諦めない精神」には脱帽である。
そもそも齋藤が鈴鹿ツインに姿を現したこと自体が、彼らの「何がなんでも諦めない精神」であることを強く感じた。正式なエントリー名は「A90スープラ」のままだが、今回の相棒はアルテッツァである。振り返れば、初戦の富士スピードウェイではスープラのエンジントラブルにより決勝への出走が叶わなかった。後日、修理には相当の時間を要することがわかるやいなや、2019年にRDS(ロシア・ドリフト・シリーズ)で走らせたアルテッツァを1ヶ月もない限られた時間のなかでふたたび仕上げ直して持ち込んだのだ。もともとHKSが開発したマシンで、彼の手元にわたってからNASCARに使われるV8エンジン(Mopar)へと換装したもの。スープラと同じく、その走りを支えるのはADVAN NEOVA AD09である。
齋藤太吾(#87 / FAT FIVE RACING / アルテッツァ)
「突貫で仕上げたけれど、とても乗りやすくバランスがいい。パワーはNOSを噴いて850psくらい。今まで僕が乗ってきたマシンや、ほかの選手の1000psオーバーのマシンに比べると、決してパワーが出ているほうじゃない。“パワーはあるに越したことはない”ってモアパワーを求めてきたけど、今では850psでも充分だと思っている。特にこのV8はターボラグが少なくて、レスポンスがいい。小柄なボディも含めて鈴鹿ツインには合っている」
齋藤は土曜日に実施された単走・1本目から鮮やかな走りを披露していた。雄叫びをあげる野獣のようなどう猛なV8サウンドを撒き散らしながら、右へ左へと軽やかに車体を横へ向けていく走りは圧巻だ。単走での結果は88ポイント。悔しくもその上に89ポイントを獲得した選手が2名いたために3位となったが、その迫力はいまも鮮明に思い出される。
「やっぱり太吾さんが隣に並ぶと、
つい熱くなっちゃいますね」
齋藤に闘いを挑むライバルにして同じくYOKOHAMA / ADVANユーザーであり、上のコメントにあるように「いつも魅了される」と述べるのが金田義健(#770 / TEAM CUSCO RACING / GRヤリス)。先に触れた復活劇を経て、次なるTOP8をかけた対戦が金田だった。結果から述べると、金田はゾーン1へのアプローチでスピンを喫したことが要因となって敗退した。「熱くなったこと」が裏目と出てしまったかのような痛恨のミスだった。
金田義健(#770 / TEAM CUSCO RACING / GRヤリス)
思えば金田はいつも冷静だった。他者のレベルやコース状況を見極め、真摯に自分の走りかたを分析して研究する。そうしたクレバーな走りで確実に上位を狙ってきた。今年から乗るGRヤリスにも慣れてきており、上位進出はおろか表彰台のてっぺんも充分に射程圏内である。
「タイヤの使いかたを含めマシンセッティングは問題ありません。でも、務めて冷静に走っているつもりでも、走りには妥協できないという思いが勝って過度に熱くなりすぎればミスしてしまう。今回のようにウェットならそれが致命的になりやすい。自分の気持ちをどう落ちつかせるか。“自分を攻略する”というメンタルの訓練が必要だなと、今回、強く感じました」
「戦略はない、ただ踏み抜く」と、いつも多くは語らない齋藤だって、抜群のスキルを持つのはもちろん、裏地にはどこか達観するような冷静さを併せ持っているのだろう。しかしながら、続くTOP4を争う闘いで、齋藤は闘いを終えざるを得なかった。ケングシ(#21 / Team Kazama with Moty’s / LEXUS IS500 F SPORT Performance/Drift)とともにゾーン1へ飛び込んだ際にコースサイドへと落ちたはずみで、ドライブシャフトが破損する。何度も復活してきたアルテッツァだが、ここで万策尽きてリタイヤとなった。
「ただ、勝つためだけに
アメリカから来ています」
ケングシはそう言いながら、次の闘いへ向けてグローブをはめた。ここで齋藤を破ったケングシこそが、今回のダークホースだったと思う。齋藤の波瀾万丈っぷりが会場を巻き込んで盛り上がっている傍らで、同じくYOKOHAMA / ADVANユーザーであるケングシは、冴えわたった走りで着々と駒を進めていたのだ。土曜日の予選・単走こそ、電気系の些細なトラブルにより思うような走りができず、かろうじてTOP32に残れたと言える27番手だった。
ケングシ(#21 / Team Kazama with Moty’s / LEXUS IS500 F SPORT Performance/Drift)
「今回の鈴鹿ツインは、車速が低くてテクニカルなコース。車体の大きいIS500にとっては窮屈な面があるのは否めません。そのうえで決勝はウェット。前日が晴れていたために、たっぷりラバーが乗ったうえに雨が落ちている。といってもその雨は降ったり止んだりが続いていて、路面状況が刻一刻と変わっている。それでも自信はあります。マシンは絶好調で、1000ps以上を安定して扱いこなせる状態にまで持ってきています。そのうえでウェット路面では特に、絶対的なグリップ力が高く、またその感覚が手に取るように伝わるタイヤ(ADVAN NEOVA AD09)に絶大な信頼感がある。僕にとって、なんら不安要素はありませんでした」
その言葉通り、決勝・追走トーナメントでは「雨は得意だ」というケングシが真骨頂を見せた。先行では鮮やかな所作を持ってマシンを自在に操り、追走でもまるで不安を感じさせることなく終始安定したまま他者にピタリと寄せる。些細なプッシング(接触)に見舞われても、あるいは後輪をわずかに路肩に落としても、まるでマシンの挙動が乱れない。後輪が常に激しく空転しているはずなのに、まるで磁石かなにかで吸い付いているかのように的確に、しかし観客を魅了させるような不気味な迫力を持って各ゾーンをクリアしていく。ケングシのドライビングスキルはもちろん、それはTeam Kazama(風間オートサービス)が精魂込めて仕上げたIS500が、ほぼ完成の域にあることも示していた。

「ケングシ選手がアメリカ(FORMULA DRIFT®)で闘う際にお世話になっているスタッフたちが、一度も日本に来たことがないって言うんです。だったら“優勝したら招待する”って彼と一緒になって宣言してしまったので、絶対に実現させます。今回、足まわりを煮詰め、さらに重量を削り、何よりもチーム全員が一丸となっているので、必ず成し遂げたいと思います」
と、チームの代表を務める風間俊治は言った。それは遠回しに「マシン製作およびセッティングはやれるところまでやった。あとはケングシに託した」というニュアンスに感じた。
そのストーリーの
次なる展開やいかに──
ケングシが齋藤を制したあとの準決勝は、初戦の富士スピードウェイで優勝した強豪、高橋和己(#36 / TMS RACING TEAM GOODRIDE / BMW E92)との闘いとなった。最初はケングシの後追い。無駄のない動きで流れるように華麗にゾーンをクリアしていく高橋のM4に対して、まるで挑発するかのように極限までマシンを近づけて同じアングルへと寄せる。
解説する谷口が何度「カッコいい!」と口にしただろうか。それは冷静にラインや角度を分析する解説者としての職務の領域を超えた、まさにクルマ好きの声だった。「お客さんが盛り上がる走りですよ」という言葉も真理をついていた。続く先行では高橋に迫られるものの、より距離を詰めて魅せた走りをしたのはケングシだったと、決勝への切符が証明した。
決勝の相手もまた高橋のチームメイトにして同じBMW勢となる山下広一(#37 / TMS RACING TEAM GOODRIDE / BMW E92)。ともに鬼気迫る走り、両者とも一歩も引かない闘いを繰り広げたが、結果として栄冠を手にしたの山下のほうだった。ケングシはFDJ初優勝にほんの少しだけ届かず、悔しくも2位となった。
「悔しい──。2位というのは喜ぶべき成績だけど、やっぱり“悔しい”のほうが大きい。追走の際に、最初のストレートでわずかに差がついたのが敗因かもしれない。先行したときだって、もっと攻めに攻めて、詰められることだってできたのかもしれない」
今回の結果に関しては忸怩たる想いがありながらも、しかしケングシは少しも諦めてはいない。負けた要因をすぐに分析して次の糧としていたからだ。「感動する長編映画を見た」というのは、決して冒頭に挙げた齋藤太吾のことだけを指すのではなかった。と、表彰式を見ながら思った。「何がなんでも諦めない精神」はケングシもまた同じだ。そのストーリーはまだ始まったばかりにして、必ず勝利を以て我々を魅了させてくれると信じている。
松井有紀夫(#19 / M2evolution / BMW 220i Mスポーツ)
さらには今回、未来への確かな道筋を得たかのように堂々と走ったYOKOHAMA/ADVAN勢の今後のストーリーにも期待したい。ケングシや齋藤太吾はもちろん、TOP16で終えた金田義健、TOP8まで進出しながら惜しくも敗退した松井有紀夫(#19 / M2evolution / BMW 220i Mスポーツ)も、次戦を向けて確かな感触を得ていた。また、土曜日の単走でミスを喫したことでTOP32入りできなかったものの、サム・ルーカス(#11 / Team SAMMIT with Be Forward / S15シルビア)にも何かをやってくれそうな勢いがある。「感動する長編映画」は挑戦するもの誰にでも創作できるものであり、YOKOHAMA/ADVANはいつもそこに寄り添っていく。
サム・ルーカス(#11 / Team SAMMIT with Be Forward)
次なるステージである第3ラウンド「エビスサーキット」(6月15~16日)では、どんな長編映画が芽生え、感動を届けてくれるのだろうか。期待に胸が膨らまずにはいられない。

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