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富士スピードウェイ行った話 ~車中泊やめた編~



今だから言うと

実は、去年のK4GP観戦

富士から帰って来たら

例のアレに感染しちゃってたんですよ。

観戦しにいって感染しちゃってたんですよ。


去年のカレー記録で、何か一定期間おかしな様相があったのは

これは部屋に隔離された状態で、まるでお供え物のように部屋の扉の前にカレーが置かれる形で供給されていたからでした(笑)

幸い、病状自体は4回目のワクチンを打って間もなかった事もあって発熱もほとんどなく、体調的には全然働けるけど外に出ちゃダメっていう状態だったので、部屋の中から作業指示などのリモートできる仕事をしてました。
(ちなみに、我が家は1Fと2Fで別々にトイレがあるため、食料だけ供給されればずっと2Fだけで家族とも一切接触することなく生活する事が可能で、家庭内感染は全くの0に抑える事ができました)

とはいえ、色々と周囲に迷惑をかけてしまったので、次どうしようかっていうのをずっと考えてもいたんですよね。

感染そのものは誰の責任でもないし、ほぼ単独行動で、やれる事も全部やってて、あの時の周りのチームの人たちは誰も発症して無いのに

何故自分だけなってしまったのか? とか、どういうルートで? と、まぁ色々と考えてはいました。

2024年となった今は社会がその扱いを変え、世間的にも3~4年前のような兎にも角にも行動自粛というムードは消えてはいますが

依然、例のアレが根絶されたわけではなく、むしろまた広まっているというニュースも出ていますし

ちょっと責任がある立場でもあるので、法的に義務はなくとも道義的に気にしないというわけにもいきませんでした。


そんな事をずっと考えていた、ある夏の日

 

とある車作り仲間の人と会って話をしてた時に言われてたことがありました。

 

それは…

「車中泊の強行軍がよくないんじゃない?」

 

というもの。

 

僕は昔から、この手の超長距離移動の時は、夜通し走り続けて、途中のPAで仮眠をとって移動するというような行動をとっていました。

この行動パターンは、古くは大学生時まで遡ってたりして

大学4年の卒業時には一人卒業旅行と称して、オール車中泊で兵庫や山口の大学に進学した高校時代の仲間に会いに行ったり、広島の車仲間とオフ会して大和ミュージアム行ったり

 

伊勢神宮で大学の卒業式が行われる前日の晩に

 

出雲大社で参拝した後の島根の温泉浸かってる

 

なんて事もしてました。

 

そこから出雲大社から伊勢神宮まで夜通し高速走って卒業式には間に合いました(笑)

【大学生当時、ガラケーで現地からリアルタイムに投稿していた当時のブログ】

 

 

 

 

もうこの時から、僕にとって車の長距離遠征と言うのは、車中泊込みで夜通し走る事がデフォになっていたんですよね。

 

何故ならそれは、基本一人で行動するにあたり

 

経済的にも、時間的にも

メリットばかりの合理的な移動手段

 

だと本気で思っていたからです。

前述の卒業旅行で山口県に会いに行った友人Oが、10年後に同じく山口県防府市で結婚式を行うという時も、僕は車中泊で現地に行っていました。

 

帰りには、今は無きTG防府にも立ち寄ったり

 

学生時代からずっとWEBで追いかけていた島根県の渡洋自動車さんのダートラD車を見に行って驚愕の事実を知ったり

(リンク先の動画で語られている消火器の話は、この時の出来事ですw)

 

再び出雲大社に行ったり

 

これらの移動も全て

 

夜通し走り続けて限界が来るとPAで寝るという、

 

車中泊強行軍が

 

これまでの僕の基本行動様式だったのです。

 

そんな

ぼくのかんがえるさいきょうのいどうほうほう

 

を20年続けてきたわけなんですが、今回その知人の指摘は目から鱗というか、青天の霹靂というか、

 

ああ、確かに 

 

と、ストンと腑に落ちちゃったんですよね。

 

風邪って、どんな時にひくかっていったら、それは体力が弱って免疫力が落ちた時ですよね。

 

風邪のウィルスは常時そこらへんにいるけども、基本的に免疫力で身を守っているのが生き物で、その抵抗力が弱った時が危ないわけですよね。

 

考えてみれば、去年の冬GPで、0泊2日の強行軍で行って帰って来たのって、仲間内では僕だけでした。

他の人たちは、現地には前日入りしていて、当日もそのまま宿泊、翌日の日中に帰路についていました。

 

そして、あの時の僕は翌日も公休をとっていたのですが夜通し走りながらも途中のPAで仮眠しつつ、早朝に松阪ICから降りるという帰り方をしていたのです。

 

朝帰りで家に戻り、自室でバタンQと眠り、昼過ぎに起きて、そこからガレージに向かうつもりだったのですが、ちょっと体調が悪かったので、その日はそのまま家で寝ていたのです。

(思えば、この行動が不幸中の幸いなGJでした)

 

そして、二日後に発症したのでした。

 

 

           ふと、気が付いた事がありました。

 

           僕、もうすぐ40歳だったな…

 

                と (´・ω・`)

 

三十路の終わりに分かった事

寒い日の夜には熱い湯舟にゆっくり浸かり

 

暖かいお布団でぐっすり眠り

 

朝に起きてお日様の下でする運転が

 

これほどまでに楽だったとは

 

知りませんでした。

 

これまで何度も行ってきた、夜通し走る長距離移動

運転中も集中力は落ち、物凄く疲れていました。

 

それがどうしたことでしょう。

 

今回の松阪ー富士間の長距離移動。

 

運転の疲れを全く感じませんでした。

 

こんなにも疲れなかった長距離運転は、いったいいつぶりか?

 

0泊2日のような、車中泊強行軍移動がいかに体力を削っていたのか。

 

それが分かりました。

 

当然、家に帰ってからも疲れは全くなく

 

翌日から体調が悪くなる気配も全くありませんでした。

 

 

まぁ、車中泊移動と免疫力の低下に果たしてどれほどの因果関係があるのか? なんて、科学的に証明することはできませんが

 

日中に移動する事がこんなにも楽だと実感してしまった、分からされてしまった以上は

 

これから四十路の人生を迎えるにあたり

二十歳の頃から長年続けた車中泊移動は

封印することになりそう

 

だということは間違いなさそうです。

 

 

 

おしまい