2022年10月22日
ショップブログ
来た観た鈴鹿
先日の第三火曜日はお店の定休日なわけですが
その定休日に、鈴鹿店の店舗を使ってタイヤガーデン若手(?)スタッフの研修会が行われていました。

我々各店の店長勢は審査員という立場で研修に参加していました。
詳細は企業秘密ですが、今回の研修会でよ~~~~く分かった事があります
それは・・・
採点競技の審査員ってめちゃくちゃ大変なんだな
ってことでした。(;´Д`)
1日に何十人も審査するプロの審査員の方々に対して溢れる尊敬を禁じえません。
さて、その日の審査のお仕事は3時前には終わったのですが、お昼ごはん無しのノンストップだったので腹減りヘリ腹。
そこで前々から気になっていた、三重に初進出したという岐阜タンメンのお店に行ってみました。
いついっても並んでるって噂を耳にしていたのですが、さすがに3時も過ぎれば空いてるだろうと思っていくと・・・

まだ並んでました(゚Д゚;)
なので、僕は先に別の用事を済ますために、鈴鹿サーキット南コースへ向かいました。

この日は、南コースでフォーミュラカーの練習走行会が行われていたのです。
箱車ではないので、いわゆる一般の車好きが集まる走行会とは全く趣が違い、集まってるのも基本的に鈴鹿のレース屋さんと、そこで走っているドライバーの皆さんです。
そのレース屋さんの中の一人に、僕の高校の先輩であるTパイセンがいて、本日は手配をお願いしていたフォーミュラカーの部品を引き取りに来たのでした。
この日は、16歳の若者の乗るジュニアフォーミュラのサポートをされていましたね。

また、この日は往年のF2が走っていたという情報を聞いていたのですが、残念ながら走行中には間に合いませんでした。
(走行会は15:30で終了)
今のフォーミュラとはレベルの違うサウンドだったようですね。

さて、受け取るものを受けとっていると、スマホに着信が。
画面を見ると、鈴鹿のM店長でした。
用件は、タンメン食おうぜ でした。(笑)

という事で、来た道を引き返して再び岐阜タンメン鈴鹿店へ。
この頃には行列も無くなり、すぐに座れましたね。

というわけで、無事 話題の岐阜タンメンを食す事が出来ましが。
これで、本日の目的は全て完了したのでした。(笑)
・
・
・
・
・
余談 Tパイセンと僕らと影のM高伝説
Tパイセンは高校の先輩であるわけですが、知り合ったきっかけは高校は一切関係なく、
知り合った後に同じ母校であることが発覚したという流れで、世代も約10年違います。
ですが、Tパイセン世代と僕ら世代との間で、知る人ぞ知るある伝説の系譜が紡がれており、
お互い知り合った後にその事実を認識した時に少し盛り上がりました(笑)
Tパイセンが在学してた時の我らが某M高には、後に日本を飛び越え世界(の一部界隈)で超有名になる偉大な作家が在籍しておりまいた。
そこから喜びも悲しみも幾年月の時が流れた2000年夏。
その作家が詞を書き世に発表し、後に(一部界隈で)超有名となった某名曲を、
丁度その頃に在学してた僕らの仲間が一番最初に校内放送でその曲をかけるという無差別テr・・・ではなく、
はからずも(当時はwikiとかなかったのでその作家が母校出身者である事は知られてなかった)凱旋放送を行っていたという、
奇妙な繋がりを起こしていたりしたのです。
ちなみにその頃のTパイセンにとって、その作家の作品は人生でした。
最後に、こちらまだ僕とTパイセンが知り合う遥か昔の2006年春。
鈴鹿サーキット感謝デーにて
偶然僕が写真で撮っていた当時のTパイセンの管理車両の写真と、
先日撮った 消える飛行機雲 の写真を添えて、本日のブログはおひらきとさせて頂きます。

人生








