2021年12月25日
ショップブログ
デジタル遺産との向き合い方について
1年が経つのも早いもので、毎週連載の担当ブログも2021年最後の回となりました。
今回書くのは、今年1年間でもっとも印象深かった僕とお客様との出来事です。
それは、ある秋の日の出来事でした
ある日、ご予約のタイヤ交換でご来店頂いたお客様がいました。
その一ヶ月くらい前にに僕がお見積もりだけしていて、先週タイヤのご注文に再来店されていました。
そのご注文時はうちのスタッフaが担当していて、僕はその場にいなかったので、そのお客様が何処の何方か把握したのは、その日の夜に受注伝票を確認した時でした。
受注表に記載されてあった名前を見た時、僕は我が目を疑いました。
何故なら、受注伝票に記載されていたのは、もうこの世界にいるはずのないCさんのお名前だったからです。
Cさんとは、昔スタッフKとしてやっていた某車系ブログでのいわゆるブログ友達の間柄でした。
お互いのブログによくコメントをし合っていて、当店でタイヤを何度もご注文頂けるお客様にもなって頂けていたブログ仲間兼お客様でした。
....そんなCさんの突然の訃報が届いたのは、もう今から4年前のことでした。

・・・風の便りによれば、本当にある日突然だったそうです。ご自宅の庭で倒れていたのだそうです。
そして、その情報を裏打ちするかのように、Cさんのブログはある日を境にパタリと更新が止まっていたのです。
ああ、本当にCさんは亡くなってしまったのだ
毎日とは言わないまでも、定期的にひょっこりと更新されていた他愛も無いブログが突然止まり、コメントのやり取りも無くなっていた事が、その訃報が何かの間違いではない事を物語っているかのような気がしました。

それから幾年かの月日が過ぎてゆきました。
僕のブログによくコメントを頂いていたCさんだったので、何かの折に過去のブログを参照するたびに、コメント欄のCさんの名前が目に付きました。
その度に、Cさんの名前をクリックして本人のブログサイトに飛ぶのですが、やはりブログの最終日付けはあの日のままでした。
これが著名人のブロガーであったなら、ニュースや大勢のフォロワーの手によって本人の訃報が瞬く間に拡散共有され、ブログの最終日付のコメント欄には哀しみや遺族へのお悔やみのコメントなどが書き連ねられるところですが、Cさんのブログには何もなく、ただひっそりとそのまま更新が止まっている事が、どうしようもなくリアルでした。
当時風の便りを届けてくれたCさんの関係者の方に「ブログでフォロワーの皆さんに教えた方がよいか?」と尋ねましたが「なにもしなくてよい」と言われたので、僕もなにも書き込むことはしませんでした。

今回タイヤのご注文に来ていただいていたのは、Cさんの奥様でした。
対応したスタッフaはCさんとは面識がありません。彼が入社したのはCさんが亡くなった後です。
何故、奥様の名前を書かずにCさんの名前を書いていたかというと、その名前で当店の顧客登録があるからです。
スタッフaは当店のマニュアル通りに、当店に会員登録があるかどうかを尋ね、登録があるならばその登録名を書いてもらう事で、諸々の細かな記入が不要となる基本の流れで受付をしたに過ぎません。
そしてCさんの奥様も何も言わずにCさんの名前を書いていただけでした。
ただ、僕からCさんの事を聴いたスタッフaは「ああ、それで・・・」と何かに合点がいったかのような反応を見せたので、何かあったのかと尋ねると
「いや、ご連絡先の電話番号を確認した時に、PCに登録されていた携帯番号を見せて『この番号で間違いないですか?』って聞いたら、『その番号はもう使ってないんですよ』ってぎこちない感じでお答えになられてたので、ちょっとひっかかってたんですよ。なるほど、そういうことですか・・・」
その話をきいて、ご来店されていたのがCさんの奥さんであることと、やはりCさんが亡くなられている事を改めて認識したのでした。

それから、ご予約どおりにCさんの奥様はご来店なさいました。
僕は丁度お昼休みに入るところだったのですが、どうしようか悩んでいました。
それはつまり、Cさんの話題を出すか否かという事についてです。
かなりセンシティブな内容なので、こちらからわざわざその話題に触れる事に躊躇いがありました。
そもそも、果たしてそれは店と客という立場で踏み入っていい領域では無いのではないか? という自問がありました。
なので、このまま僕は気付かぬふりをしてお昼休憩に入ってしまった方が良いのかもしれないと思っていました。
しかし今回、Cさんご本人の名前であえてご注文されていた事に何らかの意思のようなもの感じて、思い切って奥様に話しかけてみました。
そして、それとくなくCさんの事に触れてゆきました.....
結果的に、その判断は間違いではなかったのだろうと思ってはいます。僕の主観では・・・という前提ではありますが。
Cさんの奥様も、Cさんがブログで交友していた人が当店にいる事までは把握していて、一度ご挨拶をと思っていたのだけど、それが誰なのかわからず訊くのを躊躇っていたとのことでした。
(確かに僕の記憶の中でCさんはいつも一人で来ていました)
そして、Cさんがブログをやっていた事は知っていても、それが何処にあるのかとか、どうやって見るのかまでを知らずにいたようでした。(Cさんの遺品であるPCのブックマークに、その名前があるところまでは分かっていたようなのですが、その先に進む事はできなかったようなのです)
そこで僕はお店のiPadを使って、Cさんの最後のブログを表示させました。
何の取りとめも無い日常が書いてあるだけのブログですが、Cさん自身が書いた文章が確かにそこに残っていて、奥様の目にそのブログが映った時「あっ・・・」と息を呑んだのが微かに聞こえました。
ブログには愛車紹介などもあり、おそらくご家族の思い出が色々と詰まった愛車の遍歴が並んでいて、そこには今隣のPITでタイヤ交換をしている車も載っていました。
「この車、当時中学生になる娘を絶対車で迎えに行かないといけない時があるだろうから、自転車がそのまま乗る車がいる! っていって、それでそれまで乗ってた車を手放して買ったんですよ」
そういって、Cさんの子煩悩エピソードを語る奥様の目にはうっすら涙が滲んでいました...

いわゆるIT革命と呼ばれた頃から四半世紀の時が過ぎようとしています。
巷にSNSが普及してから、ぽつりぽつりと現れ始めた「デジタル遺産」という事象について、僕はそれをどう捉えるべきなのかは今もよくわかっていません。
結局、僕が行った行為はCさんとCさんのご家族にとって良かったのか良くなかったのか。それは僕の中だけでは答えを見つけられない類のものです。
ですので、まだもう少し長いと思うこれからの僕の人生の中で、その答えが見つかればいいなと思いつつ 来年もまた当店で沢山のお客様と触れ合うことが出来ればよいなと思い、来年もまた他愛も無いブログを書き続けてみます。
いつか僕が書くブログが、今度は僕自身のデジタル遺産になる日が必ずやってきます。
それは30年後かもしれませんし、明日突然かもしれません。敦盛さんを大好きな信長さんによれば人間五十年なので、もうすぐ38になろうとしてる僕に残されたのは12年ですが、さすがにもう少し先でお願いしたいところではあります。
とにかく、僕のブログがデジタル遺産となるようなる頃には世相はまたずいぶんかわって、社会の中でデジタル遺産への向き合い方は今よりもっと自然なもとなっているのだと思います。
そんな時代をこれからの僕たちは生きてゆくのです。
おしまい








