YOKOHAMA LOVERS

“馬の散歩”のように──
ディーノ208GT4のオーナーに見た
趣味グルマとの理想の距離感。

2024.4.3

かつては不人気車の烙印を押されることもあった4シーターのミドシップ・フェラーリ、ディーノ208GT4をまるで“愛馬”のごとく丁寧に飼い慣らすひとりの紳士。クルマに対して純粋に、何より真っ直ぐに向き合うその姿からは、“クルマ趣味”のひとつの理想像が見て取れた。

Words:髙田興平 / Ko-hey Takada(Takapro Inc.)

Photography:安井宏充 / Hiromitsu Yasui(Weekend.)

速さよりも操る楽しさ──
そういうことを教えてくれる。

「ドライブというより、馬の散歩に出かける感覚ですね」

“愛馬”を前にしてオーナーである山川敏文さんはそう穏やかに微笑む。

彼のディーノ208GT4は1975年式。半世紀近くも前にイタリアのマラネロにあるフェラーリの生産ラインからローマへと送り出された赤色(イタリア語で言うロッソ)の駿馬は、長らく一人のオーナーの元で過ごし(ガレージで眠っていた時期もあったという)、2年ほど前にはるばる海を渡って神戸に暮らす山川さんの元へとやってきた。

「フェラーリを所有するのはこのディーノ208GT4で2台目です。その前は40歳の節目に手に入れた328GTSに17年間乗りました。328は各所に手を入れながら大切に乗っていましたけれど、少し魔が差したタイミングで手放してしまって。正直に言うとディーノ(246GT)が欲しかったのです。でも昨今のヴィンテージカー市場の高騰の煽りで実際に探すとおいそれと手の出せる状況ではすでになかった。そんなとき、たまたま4シーターの208GT4に出会って横に乗せてもらったら、コレが想像以上によかったわけです」

“ディーノ”とはフェラーリ社が初めて12気筒以外のエンジンを搭載して販売したミドシップのロードカー(量産ミドシップとしてもフェラーリ初)である。エンジンはV型6気筒DOHCで2ℓの「206GT」と2.4ℓの「246GT / GTS」がラインナップされた。フェラーリ社の創業者であり絶対的君主でもあったエンツォ・フェラーリが「フェラーリの名前は12気筒を搭載するモデル以外には与えない」としたことから、搭載されるV6エンジン(元はF2レース用として開発)を考案した長男の“ディーノ”(若くしてこの世を去った)の名を与えて同社の象徴である“跳ね馬”のエンブレムもすべて「Dino」に置き換えたという逸話が残るほか、このディーノこそがその後のフェラーリ社の屋台骨を支えることになるV8ミドシップシリーズ(308、328、348、355と発展を遂げ、その後も進化を続けながら現在に至るまで人気を誇る)の始祖となったことでも知られる。

山川敏文さんのディーノ208GT4は1975年式。フェラーリ車のデザインを長らく独占的に行なってきたピニンファリーナの手による流麗なラインではなく、ランボルギーニ・カウンタックやランチア・ストラトスといったアヴァンギャルドなスタイリングを描き出したマルチェロ・ガンディーニ(当時のベルトーネのチーフデザイナー)によるエッジの効いた直線的なラインが特長となる。ミドシップ4シーター(2+2)らしい伸びやかさも相まって独自の個性を放つ1台である。

「328に乗っていた私にとってその源流にあるディーノは当然ながら憧れの存在でしたけれど、ディーノの実質的な後継車として位置付けられている4シーターのGT4に関しては、当初はまったく興味がありませんでした」

よりはっきり言うとGT4は世のフェラリスタの間では不人気モデルだった。70年代以降、ミドシップ・フェラーリと言えばフォーミュラ1を頂点とするモータースポーツ直系のリアルなスポーツカー(またはスーパーカー)というキャラクターに対する信奉が強まったことから、GT4の持つ4シーター(2+2)という成り立ちがそもそも魅力的に映りづらかったことに加え、ボディデザインは多くの名作フェラーリ車を手がけてきたピニンファリーナではなく、ベルトーネ(あのランボルギーニ・カウンタックのデザインで知られるマルチェロ・ガンディーニがチーフの時代)の手によるものだったことなどもその不人気さに少なからず影響したと考えられる。

GT4のインテリアはスポーツ志向ではなくラクシュアリーかつモダンなテイスト。4シーター(2+2)としたのは当時のスポーツカー・マーケットで勢力を伸ばしていたポルシェ911を意識してのことだった。トリム類にはベッチン素材が多用されレザー素材が主流だったそれまでのフェラーリ・モデルとは一味違った色香を放つ。山川さんの208GT4はシルバーリング付きのホーンボタン(Dinoロゴ)など純正部品が欠品なく揃うことで、フェラーリ社から「クラシケ」の認証を正式に得ている。

「オーナーの私が言うのもなんですが、ひと昔前までのGT4は本当に不人気車でした(笑)。でも、いまとなってはその独特の個性が再評価されてもいます。ピニンファリーナの流麗さもよいけれどガンディーニ(ベルトーネ)らしい直線的なラインも改めて見直すと美しい、といった具合に。ただ、やはり私自身にとっては実際に乗って楽しいクルマであったことがいちばんの発見であり魅力ですね。このGT4は2ℓのV8エンジンを積んだ208です。3ℓV8を積む308GT4に比べて非力とばかり思われがちですが、排気量が小さい分ギヤ比が落とされているのでエンジンのピックアップがいい。だから想像よりはるかに軽快に気持ちよく走れます。積極的にシフトワークしながら4000回転以上をキープして山道を走ると本当に楽しい。速度はそれほど出ませんけれど、逆に私くらいの年齢になってくると速さよりもクルマを操ること自体の気持ちよさを求めるようになる。だからこそ、こうして程よいバランスのクルマに出会えてシアワセだと思っています」

GT4は4シーター(2+2)ながら同世代の2シーターモデル308GTBよりもワイドトレッドかつロングホイールベースであることが手伝って、コースによってはむしろハンドリング性能に優れることもあったという。

山川さんの208GT4はキャブレター車である。まさに早足で駆ける愛馬の息遣いが直に伝わるかのような生々しいエンジンフィールであることも、“操る気分”を大いに盛り上げてくれるのだという。

「キャブ車ですので最低でも月に2回は休みの日に2時間ほど一気に走って調子を整えてやるようにしています。インジェクションのクルマだとそうした気遣いはあまり必要ないですけれど、キャブ車の調子を維持する以上はきちんと向き合うことが大切です。だからこそ、まさに生きた馬と接するかのように散歩に連れ出してやるわけです」

山川さんの208GT4で何より驚かされるのはアイドリングの静かさと安定感だ。まさに完調と呼ぶべき粒の揃ったその息吹は思わず聴き惚れてしまうほど。もちろん一発始動で、走り出しにも妙なクセのようなものを感じさせないスムースさがある。

2ℓのV型8気筒DOHCエンジンはミドに横置きでマウントされる。キャブレター特有の“キーン!”というメカニカルサウンドを奏でながら、小排気量に合わせてローギヤード化された5速MTを駆使してドライブすると、想像以上にファンな世界が堪能できるのだという。クロモドラ製のマグネシウムホイールに履かされるタイヤはADVAN HF Type D(195/70R14)。ディーノ208GT4らしいクラシカルな雰囲気を崩さないデザイン性が光る。

「このクルマの輸入から購入、納車整備までの一切をお任せした東京のキャバリーノ(ハスミコーポレーション)さんが、こちらの方が『大赤字になるのでは?』と思わず心配になるほどすべてを徹底して整えてくださったおかげです。あとは328の時代からメンテナンスで長らくお世話になっている奈良のナカムラエンジニアリングさんの存在も大きい。フェラーリに乗ってから信頼できるよき仲間ができました。クルマを通して多くの人と繋がれるのは嬉しいことです。仕事のスタッフたちとも一緒にツーリングに出かけます。彼らはハーレーで走ってその後ろを私が208GT4で追うのです。仕事とは別にこうした趣味の時間を仲間と共有できるのは、本当に豊かなことだと思いますね」

余計な肩肘を張らない分だけ
丁寧により深くクルマと向き合う。

山川さんのディーノ208GT4はそのオリジナル度の高さも注目すべきポイントだ。実際、海外のECサイトなどを通じてオリジナルの純正パーツを自ら見つけては手に入れ、生まれながらの208GT4の姿をこの先にも維持していくことに労力を惜しまずにいる。

「フェラーリのクラシケ(オリジナル純正度の高いクラシックモデルをフェラーリ社が認定する制度)も取得しています」と話す山川さんの表情は、だからどこか誇らし気だ。

そんな山川さんにとっての“趣味グルマ”は実はこの208GT4だけではない。2台を並べられる掘り込み式の構造が理想的だったことから、古い家屋付きで手に入れたというガレージにはもう1台、AE86(レビンAPEX)が置かれている。そのコンディションはまさしくミント。そしてこちらもオリジナル度がすこぶる高いという辺りが山川さんらしい。

この世代の旧車にとって、まさに理想的なサイズ感が保たれたガレージ。これ見よがしな豪華さや広さはなくとも、必要十分な設備(空調などは万全)とさり気ないセンスで、豊かで色濃い趣味世界がそこに広がっている。

「以前はZN6のトヨタ86に乗っていたりもしました。TRDのコンプリートカー『14R-60』も持っていてサーキット走行も存分に楽しみましたね。私は純粋に走ることが好きなのです。それこそ、ドイツのニュルブルクリンクは15年ほど前に一度走って以来すっかり魅せられてしまって、それから5、6回は通ったほどです(笑)」

AE86には若かりし頃に乗っていた経験もあるという。グレードはGT-V。しかし、当時の印象はさして良いものではなく、どちらかと言えば乗りにくさや物足りなさまでをそこに感じていたという。

「でも、不思議なものでいま改めて乗るとハチロクの軽さや小ささがよいな、と思える。絶対的な速さはなくとも操る楽しさがそこにはある。私も、ようやくその本質が理解できる年頃になったのかもしれません。208GT4もそうですが、必要にして十分であることのよさを、いまならきちんと理解できるのです」

見事なミントコンディションを保つ山川さんのAE86。ディーノ208GT4と同様にそのオリジナル度の高さに驚かされるのと同時に、当時のありのままの姿を維持しようという、山川さんの深いこだわりがそこに見て取れる。

山川さんの208GT4とAE86の足元を支えるのは、偶然にも共にYOKOHAMA / ADVANのHF Type Dだった。

「2台とも手に入れたときからType Dを履いていました。これは嬉しかったですねえ。世代的にADVANのHF Type Dは憧れでしたので。レースカーみたいな非対称のパターンがかっこよくってね。そうした見た目のバランスという面でも、Type Dは旧い世代のクルマの雰囲気を崩さないところがいいですね。そして私にとっては、昔からの憧れをこうして2台の愛車にようやく履かせられるという嬉しさが、何より強いのです」

決して広くも豪華でもないガレージではあっても、まるで寄り添うようにそこにピタリとハマっている山川さんの208GT4とAE86は、ともあれ実にシアワセそうに輝いて見えた。純粋に好きだからこそ変に奢ることもなく、だから見栄だって張らない。あくまでも自然体かつ等身大の距離感をもって愛する趣味グルマと向き合う。余計な肩肘を張らないからこそ、丁寧により深くクルマと向き合うことができる。山川さんのそんなスタイルがとても素敵に映ったのと同時に、これこそがクルマ趣味のひとつの理想像だとも思えた。

本稿を去る3月13日に逝去されたマルチェロ・ガンディーニ氏に捧げます──

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