LIFESTYLE

ホットハッチでA052を試す。
その先に見えたクルマとの距離感。

2023.11.29

“ホットハッチ”というカテゴリーに惹かれる人は今となっては少数派かもしれない。そもそも現代の高性能なハッチバックたちはそのどれもが“スーパースポーツもかくや”の圧倒的なスペックとパフォーマンスで武装する。現代ホットハッチ界の頂点に君臨するメルセデスAMG A45 S 4MATIC+(W177)を素材に、さらなる走りの高みを模索する男の姿に迫ってみたら、そこには「クルマと対話する」というシンプルだけれど芯ある想いが見て取れた。

Words:髙田興平 / Ko-hey Takada(Takapro Inc.)
Photography:小塚大樹 / Hiroki Kozuka

“アシ”を通して
クルマと対話をする。

「A052を履いて雨の菅生を走って思ったのは、終始インフォメーションに優れた対話のしっかりできるタイヤだな、ってことでした。昔からよく耳にした“雨のYOKOHAMA”の称号は伊達じゃないって。これまで輸入/国産問わず色々なブランドのハイグリップ・スポーツタイヤは履いてみたけれど、正直、その多くは雨だと熱が入りづらくて路面からのインフォメーションが希薄で怖かった」

横浜・青葉を本拠とする「The Check Shop/チェックショップ」のチーフメカニック兼サービスフロントを務める大西洋民の言葉である。

チェックショップといえば“ポルシェ・マイスター”としてその名を全国に轟かす存在だ。ストリート向けのチューニング &カスタム(足回り全般のセットアップ &オリジナルホイールのプロデュース等)やメンテナンス、並行輸入はもとより、サーキット派へ向けた本格的なサポートにも定評がある。同社の代表を務める大塚直彦は今年、自らレースチーム「Checkshop Caymania Racing」を立ち上げてSRO主催の「Fanatec GT World Challenge Asia / Japan Cup」に参戦。純粋なレースマシンであるケイマン718 GT4 RSクラブスポーツを投入して見事「AM クラス」でチャンピオン(GT4総合でもシリーズ3位)を獲得するなど、名実ともにトップランクの存在感を見せた。

そんな誰もが認める“ポルシェ・マイスター”であるチェックショップの番頭格として日々の業務(レースメカニックも務める)を切り盛りする大西はしかし、ポルシェではなくメルセデスAMG A45 S 4MATIC+(W177)を愛機としているというから興味深い。

「ポルシェ一辺倒ではなく、チェックショップのもうひとつの顔を担うといった意識も少なからずありますけど、何よりボクのAMGに対する憧れが強かった。190(W201)のDTMマシン(AMGメルセデス190E 2.5-16 EvolutionⅡ)がコーナーの縁石をインリフトさせながらカッ飛んでいく姿に強烈な洗礼を受けた世代ですからね(笑)」

The Check Shopのチーフメカニック兼サービスフロントとして店を切り盛りする大西洋民。10代から理容師の世界に入り、その後にクルマの世界に転向した異色の経歴の持ち主。ユーロ系のパフォーマンスカーを好み、BMW M5(E34)やAMG C36(W202)といったモデルを乗り継いだ。“速くても汗臭くない、スタイルのあるクルマ作り”をモットーとする。日本におけるプレランナー文化の第一人者でもある。

大西の経歴はユニークだ。家業が理髪店だったことから高校卒業後はその世界で厳しい修行を積み、免許を取ったのは20歳のとき。とはいえ幼いときからクルマは大好きで10代の半ば頃からはヨーロピアン・チューンドの世界にハマってAMGはもちろん、ブラバスやシュニッツアーなどのコンプリートマシンの姿に魅せられたという。

「床屋は28歳までやりましたけど、プライベーター的に地元のクルマ仲間にボクのセンスでセレクトしたホイールやパーツを売ったり(カスタムプロデュース)もしていて、チェックショップとはその頃から繋がりがあった。その過程で『ウチにおいでよ』って大塚さんに誘ってもらって、好きなことを本気でやってみるかと、この世界に本格的に足を踏み入れたというわけです」

元来の凝り性かつ几帳面な性格も手伝ってか大西はメカニックとしてもすぐさま才能を発揮。さらには“スタイル=文化”の創出においても積極的に動いた。

「アメリカで生まれたプレランナーというダートを走るレース用トラックのスタイルを日本でも定着させる活動を7、8年ほど続けました。ダート用の本気のレースカーを作りましたけど、やはり日本では走れるフィールドが小さすぎた。本来、砂漠のような広大な荒野を全開で駆け抜けるカテゴリーですからね。いくら本気でやっても日本では結局のところ目標が見出せず、最後はコスプレになっちゃうな、って気がつきましたね」

スタイルに拘る大西らしいアイテム。4点式のハーネスはオフロードレース用の「CROW / BLACK BIRD」。ヘルメットはマックス・フェルスタッペンも愛用する「SCHUBERTH」といった具合に「人と同じは嫌い」という独自のスタイルが現れている。

そんなとき、彼が改めて目を向けたのがサーキットだった。

「サーキットには例えばタイムといった明確な目標値がある。ボクらはあくまで改造屋だけれど、クルマを“作る”という想いは強い。メーカーがとてつもない時間と労力、コストをかけて作り上げた工業製品であっても、より速く走らせるための細かなセッティングなど、タイムアップという目標に向けてボクらが手を入れて作り上げていける余地はある。もちろん、(メーカーの作る自動車は)日を追うごとに工業製品としての完成度を増しているし、電子制御の進化もあるからチューニングの領域は狭まってきてもいる。そういう意味では、ノーマルありきでセットアップを探る面白さをこのW177のA45 Sには見出している部分もあると思う」

大西は現在のW177型のA45 Sの前に、W176型のA45に乗っていた。エンジンこそ最後まで手は入れなかったものの、チェックショップが正規輸入元となるJRZ製のアシを入れてセッティングを繰り返し、YOKOHAMA / ADVANのA050(Mコンパウンド)など競技用に近いタイヤも履いたが富士スピードウェイでは2分フラットが限界だったという。

「散々やった挙句にエンジンもやるか? ってタイミングでW177が出た。試しに乗ってみたらコレが驚くほどボディ剛性が高い。だからリヤのアシもしっかり動く。W176はとにかくリヤが動かなかったから世代の進化に感動して乗り換えました」

W177へと進化したA45 Sはフルノーマルの状態でいきなり富士2分切り。そのままの状態で58秒9まで入って、輸入ハイグリップに履き替えると58秒半ばくらいのタイムをマーク。そしてアシは触らず国産ハイグリップに履き替えてさらに56秒台までタイムアップを果たしたというから驚かされる。

「条件が整って56秒台まで入ったときに、ノーマルでこれ以上は限界、と感じました。ただ、クルマそのものの素性の良さははっきりしたから、いよいよアシを煮詰めて行こうというのが今の段階ですね」

大西のメルセデスAMG A45S 4MATIC+(W177)にはJRZサスペンションの本拠となるオランダまでノーマルのダンパーケースを送り、世界で初めてA45 S用にスペシャルオーダーをかけて仕立てたレーススペックの3WAYダンパー、「JRZ 1231」が奢られている。そして先に触れた通り、それに組み合わすタイヤはYOKOHAMA / ADVANがハイグリップ・スポーツタイヤのひとつの頂点として位置付けている「A052」(サイズは前後ともに255/40R18)をチョイスした。

足回りはJRZにスペシャルオーダーをかけて仕立てたレーススペックの3WAYダンパー「JRZ 1231」を軸に構築。タイヤはYOKOHAMA / ADVANの「A052」(サイズは前後ともに255/40R18)をチョイスしている。ノーマルの19インチから18インチへとダウンサイズした理由はムチっとした肉厚のあるハイト感を出す(A052はリムガードもないからさらに肉厚感が増す)ことに加え、エアボリュームも増すことからダンパーのセッティングにも効果を持たせることを狙ってだという。

「A45 Sのエンジン出力は421ps。このクラス(ホットハッチ)としては最高峰のパワーです。ただ、車重が1650kgもあるからアシのセットにはその重さを意識したものが必要になる。A052を履かせてみて感じたのはケース剛性の高さ、雨も含めた優れたグリップ・インフォメーションといった好印象が基本。ただ、タイヤの重量が軽いからW177の動くアシだとセッティングを探らない初期の状態では腰砕けの印象もあった。アシのセットはタイヤで変わる。当たり前の話だけれどこれは本当に大切な部分で、タイヤの性質を軸にして足回りをきちんとセットして行くことがその先の速さや操縦性、さらには快適性までを含めたトータルバランスに繋がる」

11月後半の祝日。富士スピードウェイは朝から大混雑だった。スポーツ走行枠はどの時間帯も走行券が軒並み売り切れるほどで、当然コース上でクリアラップを取ることも困難だった。

「アシをJRZに換えてタイヤをA052にして富士のタイムアップがどれだけ図れるかを知りたかったけれど、今回は残念ながらそんな状況ではなかったです。でも、それぞれの感触が良いことは十分に理解できた。
繰り返しますが、W177のA45 Sはその前のW176のA45に比べて明らかにシャシーが勝っているんです。W176はメルセデスにしてはある意味トリッキーなところもあって、要はクルマではなくって運転手に任せている感じが強くて面白かった。
ではW177は? となれば明らかにクルマが主体。今どきの欧州の高性能車らしくドライバーのことを信じていない。何よりクルマ側の制御がW176から圧倒的に進化している。ただ、それでもクルマが勝手に速く走っているというイメージではなくて、こちら(乗り手)をその気にさせる演出も上手いから凄いよな、って。コーナーを攻めても制御は確実に入っているのだけれど、こちらがカウンターを当てている感じを残してクルマを操っている感覚を闇雲に消さないところがいい。そうした特性に合わせてどうやってアシを煮詰めるか? それをイチから探るのは本当に楽しい作業です」

「クルマと対話することこそスポーツドライビングの醍醐味だ」と大西は言う。だからこそ大切になるのが、「クルマと路面との繋がりを直に感じさせてくれるタイヤも含めた足回りのセッティングなのだ」と。

伸び(リバンプ)と縮み(バンプ)のダンパースピードを細かに調整できる3WAYダンパー「JRZ 1231」。「セッティングの意味が理解できればサーキットでも1クリックの調整で違いが分かるから楽しいし、デイリーユースでも驚くほど快適な乗り味が手に入れられる」と大西は言う。

「JRZの3WAYダンパーは伸び(リバンプ)と縮み(バンプ)の調整が任意でできます。走る場所(コース)や路面のコンディションに合わせてダンパーの伸びと縮みのスピードをクリックで細やかに調整できる。走り込んでデータを取って、理想的なセットを一つずつ見つけ出せたときの喜びは本当に大きいものですよ。このA45 SにJRZとA052を組み合わせてある程度のイメージだけでセットした状態で走った菅生のレースはまずまずでした。表彰台にも登れたし、やはり良いダンパーを組んで走るとドライバーが疲れない。タイヤも同じ。インフォメーションがきちんとあって路面と対話ができることで、安心して走れる。菅生は45分間の長丁場だったからこそ、その意味を改めて実感しましたね」

大西はこのA45 Sを普段の通勤でも使うし、ときには家族との旅行にも供するという。要は“日常の延長”にある愛車であり、それでいてサーキットを舞台に突き詰めた性能と真っ直ぐ向き合うための相棒でもある。

「そりゃサーキットを本気で走る以上、レーシングカーは憧れです。ポルシェのカップカーはいつかトレーラーとセットで欲しい(笑)。でも、ボクはやっぱり日常の延長にあるクルマとの向き合い方、要はスタイルを突き詰めたい。若い世代でも比較的手が出しやすいという意味でもこのカテゴリー(いわゆるホットハッチ)はオススメですね。ゴルフのGTIやR、アウディのRS3、あとは国産でもGRヤリスやGRカローラなど選択肢も豊富ですから。
やり過ぎる必要はないんですよ、むしろ“引くこと”の方が大切なくらい。今のクルマはエンジンも簡単にECUチューンで速くできる。でも、結局はいくらパワーで速くしてもそれを受け止める足回りが作れてなければ意味がない。そういう、基本的だけれど奥が深いクルマとの向き合い方を知ってほしいし、ボク自身、それをこの先ももっと突き詰めたいと思っていますね」

(了)

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