Grip the Soul

木も見て森も見る──。
ARVOU / 柴田優作が見つめる
YOKOHAMA / ADVANのグリップ力。

2023.8.28

ジムカーナの名手として知られ、現在はタイムアタック競技の第一人者としても活躍するARVOU(アルボー) / 柴田優作。極限域でのグリップコントロールと真摯に向き合い、タイヤ開発の現場にも長年関わり合ってきた男が改めて、YOKOHAMA / ADVANのグリップ力の本質を見つめる。

Words:髙田興平 / Ko-hey Takada(Takapro Inc.)
Photography:安井宏充 / Hiromitsu Yasui(Weekend.)

何より幅広く
扱いやすい性能

「16歳からカートをはじめて全日本選手権でも走りました。その後はレース活動を二十歳ごろまでやりましたけど、以降5年ほどはいろいろ訳あってブランクも経験しましたね。そんな中、再び自分をモータースポーツの世界へと誘ってくれたのがジムカーナでした。日本ではまだまだマイナーなイメージの存在ですけれど、クルマを意のままに操るという意味では本当に奥の深い競技でもある。ジムカーナは全日本選手権だと決勝でタイヤは1セットしか使えないのでその分、一発勝負になるところも面白い。ワントライですべてを出し切るという点が、ボクがジムカーナを好きないちばんの理由なのかもしれません」

柴田優作は栃木県日光市で「ARVOU / アルボー」という名のチューニングショップを営んでいる。JTC(全日本ツーリングカー選手権 / グループA)などに参戦した父親が経営するショップの暖簾を引き継ぎ、自身もジムカーナに加えSUPER GTやスーパー耐久などに参戦するレーシングドライバーとして活躍しながら、「走ることの楽しさを幅をもって伝え、それを支えていく存在となること」をモットーに、今も日々“クルマいじり”の世界と向き合っている。

「本職は単なるチューニングショップのおやじですよ」と柴田は笑うが、その豊富な経験と確かな腕を頼って遠方からはるばる日光まで足を運ぶファンも多いという辺りに、彼自身の実力と顧客からの信頼度の高さが窺い知れる。

「地元の人の軽自動車の整備なんかも受け付けますし、日常の生活を支える道具としてのタイヤの販売や修理もしています。最近はサーキット走行を軸としたチューニングやセットアップの依頼が多いですけれど、基本は何かひとつの要素に特化しすぎるのではなく、より幅広い視野をもってクルマと向き合っていけたらと考えていますね」

そんな柴田ではあるが、“タイヤ”という存在にはやはり特別な想いがあると言う。

「例えばジムカーナという競技は、他のモータースポーツと比べても勝敗の要因に占めるタイヤの割合がものすごく大きい。タイヤの性能次第で勝ち負けが決まると言ってもよいほどです。だから当然、ドライバーがタイヤのもつ特性をしっかり理解することが不可欠にもなってくる」

柴田は古くからのYOKOHAMA / ADVANユーザーである。それは父親の代から受け継がれてきた縁でもある。ちなみに彼がジムカーナをはじめた頃はADVAN A038を履いていたのだという。

「正直、最初は苦しい部分もありましたね。ライバルが履く他社タイヤと比べて突出した部分が少なかった。そんなとき、A038の次世代モデルとしてA048を開発するからドライバーとして関わらないか? って、横浜ゴムさんから声をかけていただいて。あれは嬉しかったですね」

当時で言う「Sタイヤ(競技用ラジアルタイヤ)」の位置付けにあったA048の開発は、柴田自身のその後の活動に繋がる多くのことを気づかせてくれる、よき契機となった。

「タイヤの構造や仕組みそのものを勉強する意味でも本当に多くの知見を得ることができましたが、中でもいちばん大きかったのはYOKOHAMA / ADVANのタイヤ作りの哲学に触れられたことでしたね。そのときの開発チームが目標として掲げたのは『何より幅広く扱いやすい性能』というものでした。『え? より尖った領域にあるはずの競技用ラジアルなのに?』って、最初は頭に『?』がいくつも浮かびましたけれど、それがあくまで市販向けのラジアルタイヤであるという意味を理解していく中で、自然と『幅広く扱いやすい』が必要とされる理由にも納得がいくようになったのです。そう、『このタイヤを使うのは何も百戦錬磨のプロばかりではなく、むしろモータースポーツのエントリー層が圧倒的に多い。だったら確かに、より幅広い層の皆さんにとって扱いやすく理解もしやすい特性であるべきだよな』って、A048が市販ラジアルであることの意味に対して、与えられた開発期間を通して改めて自分自身でも向き合ってみたのです」

全日本ジムカーナ選手権ではSA2クラスで3度、N3クラスでも3度の通算6度ものチャンピオンを獲得した柴田は現在、サーキットを舞台としたタイムアタック競技の分野でもその第一人者としてのポジションを確立させている。以前にジムカーナ競技で用いてそのバランスの良さに惚れ込んだというホンダS2000(AP1)をベースとしたマシンを製作して、「Attack筑波」では53秒5というベストタイムを叩き出したのである。エクステリアこそボルテックス製の「サーキットバージョンⅡ」を纏いかなり武闘派な印象を与えるが、中身はあくまで市販車チューニングの領域に止められている車両での記録と捉えると、柴田のチューニング&セットアップ能力の高さに驚かされもする。

「エンジンは戸田レーシングの2.35LキットにHKSのGTS7040スーパーチャージャーを組み合わせています。450ps / 50kgmというスペックですが、例えば近年のWTAC(オーストラリアで年に1回開催されるワールド・タイムアタック・チャレンジ)に出てくるような中身まですべてパイプフレームで作り替えたサーキットスペシャルではない。あくまで市販車をベースにボディ補強も含めて各部のバランスを可能な限り整えながら、その極限の領域に挑むことをコンセプトに掲げて取り組んでいます。タイムアタックは言うまでもなく一発勝負の世界。そこはボクに合っている競技だと思っていますよ(笑)」

2021年の「Attack筑波」において、シェイクダウン直後にも関わらず53秒8というタイムを叩き出してライバル勢を慄かせたARVOU S2000。排気量アップとスーパーチャージャーの過給で450ps / 50kgmのスペックを実現。2022年にはタイムを53秒5まで伸ばしている。今年はオーストラリアで開催される「ワールド・タイムアタック・チャレンジ(WTAC)」にも参戦。世界の舞台でもそのもてるパフォーマンスの極限に挑む。

タイムアタックの世界においてもまた、その勝敗(=速さ)の行方を占う大きな要因となるのがタイヤであることは言うまでもない。柴田の仕上げたARVOU S2000の足元には、A048の後継進化版となるADVAN A050の「G/S」(前後ともに295/35R18)がセットされている。

「A050と聞くと『一発のためのタイヤ』ってイメージが強いですよね。もちろんG/S(コンパウンド)はタイムアタックの世界において優位なパフォーマンスを示してくれるタイヤであることは確かですが、A050には他にも周回レースが得意なM(&MH)、ウェットと極低温域に適したG/2Sもあります。それらも非常にトータルバランスに優れたタイヤです。ここ最近のタイムアタック競技の人気の高まりもあってかG/Sの一発の速さにばかり注目が集まりがちですけれど、A050は決してそれだけのタイヤではない。A048の開発の際に目標としたものを、実際に形になったA048を通して見えたネガも含めて再びアレコレ潰しながら、より良いものへと昇華させたのがA050です。だからこのタイヤにも、YOKOHAMA / ADVANらしい『幅広く扱いやすい性能』はきちんと備わっているのです」

ARVOU S2000にはADVAN A050の「G/S」(前後ともに295/35R18)がセットされている。ホイールはADVAN Racing GTを履く。足回りはエナペタルの製品をベースにARVOUで細やかなセッティングを施しているスペシャル仕様。

10周年を迎えた「Attack筑波」では今年、あくまで特別枠ではあったが「スリックタイヤ・クラス」が設けられ話題となった。さらには柴田自身もS2000で海を渡って初参戦する「WTAC」にも、今年からスリック枠が新たに設定されたのだという。

「追い求める速さの領域が年々高まっていて、実際にその先に行こうとしたらもはやスリックを履くしかない──というのは、クラスにもよりますがひとつの現実だと思います。ボク個人としてはA050のような競技用ラジアルをより高い次元の新世代として開発してみたいという想いもありますけれど、A050の開発時とは競技のレギュレーションや時代が求める背景(Attackなどのタイムアタック競技の進化など)そのものが大きく変わっていますから、もし『やる』となったら次は本当にスリックの延長線上にあるレーシングタイヤとして捉える必要も出てくるような気もしますね」

柴田はそう言うと「本当に、ここ暫くの間で競技用ラジアルの使い方が特殊になった」と、そこは少し困惑混じりの表情も見せた。

モータースポーツでの使用を前提に開発され、市販されている競技用ラジアルタイヤA050。サーキット走行全般に適したM、高温時のサーキット走行、及び耐久レースに適したMH、極低温域やウェットにも適したG/2S、そしてジムカーナやサーキットでの1LAPアタックに適したG/Sと、用途に合わせた幅のある仕様が設定されている。

「当然、ストリート用のハイグリップ・スポーツラジアルの進化もありますし、それこそA052のような競技用として捉えても遜色のないパフォーマンスを見せてくれるタイヤもある。ボクもドライバーとして開発に参加したNEOVA AD09は『幅と扱いやすさ』という意味でもYOKOHAMA / ADVANらしいタイヤに仕上がったと感じています。何かに特化しすぎることなく、より幅広く優れたグリップを感じさせる──これって、口で言うのは簡単ですけれど実際に形に整えるのは本当に難しいことなのです」

それがごく狭いスイートスポットであっても緻密に“一点”でのパフォーマンスを突き詰めていくのが“プロのギア”だとして、果たしてそれを真に使いこなせる人はどれほどいるのか? という疑問は常に残る。だからこそ、そこにより万人にも理解しやすいグリップ性能の幅をもたせるというYOKOHAMA / ADVANの考え方が、柴田は好きなのだと言う。

「木を見て森を見ず」という諺のように、何かひとつのことに特化しすぎることで、より幅のある層にとっては使いづらい、言わば遠い存在になってしまうというのは確かにある。ならば「木も見て森も見よう」という哲学が、YOKOHAMA / ADVANが掲げる「何より幅広く扱いやすい性能」というコンセプトの中には込められているのかもしれない。

「常に限界の状態でタイムアタックをしているときに、ボクは指先だけでステアリングを摘んでより繊細にタイヤのグリップを感じ取りたいという衝動に駆られる。どんな極限域であっても、やっぱりグリップを直に感じ取ることでより速く上手に走ることができる。プロの領域まで到達できれば、そうしたかなり尖ったグリップ性能でも使いこなすことはできるかもしれませんが、多くの人にそれを求めることは当然難しくもある。だからこそ、それが市販のラジアルである以上は、そこに確かな分かりやすさをきちんと落とし込むことが大切だと思います。それこそが、ボクがこれまでのYOKOHAMA / ADVANでのタイヤ開発の中で学んできたことです。この先にも、そういうタイヤを世に送り出せて行けたら嬉しいですね」

(了)

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