ADVAN CHALLENGE

全日本ラリーの
強烈な洗礼を受けて
清水宏保が見た景色。
──連載レポート Vol.02

2023.6.27

スピードスケートの金メダリストである清水宏保が、ここ最近、本格的にラリードライバーとしての挑戦を続けている。3年目となる今年は、大きな飛躍を遂げたと言える。TOYOTA GAZOO Racing Rally challenge(TGRRC)などの経験を経て、ついに全日本ラリー選手権へと駒を進めたのだ。清水自身はおろかチームにとっても初の挑戦となった舞台は、全日本ラリー選手権第5戦『YUHO RALLY TANGO supported by Nissin Mfg(ラリー丹後)』である。この日本最高峰のラリー競技で、清水が受けた試練、そして、そこで得たものとはなにか──?

Words: 中三川大地 / Daichi Nakamigawa
Photography: 安井宏充 / Hiromitsu Yasui(Weekend.)

チーム全員で一丸となって
全日本ラリー選手権に挑む

「入門編と最高峰の差が激しいというのは自覚しています。草野球を始めたばかりの人が、いきなりプロ野球に出るようなもの。初めての経験ばかりだから、不安だし緊張もするし。でも、やるからには常に学びながら上を目指し、そして純粋に競技を楽しみたい」

レッキ(コースの試走)へと繰り出すまえに、清水宏保(しみず・ひろやす)はそう言って笑みを浮かべた。堂々としているようでいて、その表情に緊張の色が窺えるのも無理はない。TOYOTA GAZOO Racingが主催するビギナー向けのラリー競技である「TOYOTA GAZOO Racing Rally challenge(TGRRC)」の経験を経て、いきなり全日本ラリー選手権に挑戦するのだ。2023年6月9日~11日に京都府の京丹後市を中心に開催された2023年全日本ラリー選手権第5戦『YUHO RALLY TANGO supported by Nissin Mfg(ラリー丹後)』に #48 エムリットヤリスがエントリーした。

マシンはTGRラリーチャレンジを闘ったトヨタ・ヤリスだ。1.5ℓエンジンにスポーツCVTを組み合わせ、純正比で30%ほどローギアード化されている。今回、排気量1500cc以下のRJ、RPN(AT車を含む)を対象としたJN-5クラスに参戦した。

入念な準備を整えて、練習に練習を重ねた──というわけではない。前回、TGRRCを闘ったヤリスは、全日本ラリー選手権のレギュレーション(RJ車両)に合わせてロールケージを組み直した。ボディがより強固になったことで、その挙動は大きく変わったという。しかもラリー丹後のコースは中低速から高速コーナーが入り乱れるターマック(舗装路)だ。それに合わせてタイヤを、TGRRCの指定タイヤであったADVAN A036(185/60R15)から、YOKOHAMA / ADVANが誇るハイグリップスポーツタイヤ、ADVAN A052(195/50R16)へと交換した。これらをアップデートしたマシンだが、それに馴染む練習がまるでできていなかったのである。エムリットにとっても今回が初めての全日本ラリー選手権。マシンアップデートからエントリー方法にいたるまですべてが手探りの状態で、実際にマシンが仕上がったのはラリーが始まる数日前だった。

全日本ラリー選手権のレギュレーションに合わせて、ロールバー専門メーカー「オクヤマ」によるロールケージにアップデート。主たる目的は乗員の安全性向上だが、結果としてボディ剛性も大きく上がったという。全行程をターマック(舗装路)とするラリー丹後では、タイヤをTGRRCの指定タイヤであったADVAN A036(185/60R15)からADVAN A052(195/50R16)へと交換。ホイールは16インチのADVAN Racing RG-D2を履く。

「マシン製作に、エントリーにまつわる準備と煩雑な手続きにと、すべてが初めての経験でスケジュール的にもギリギリでした。スタッフやメカニックには“全日本に挑むにあたって、意識をあげろ、レギュレーションを読み込め”と、二ヶ月以上、みんなを鼓舞した。反発されるくらい嫌味も言ったりして。でも、だからこそ初心者チームがここに立てたのだと思います」

と、チーム代表を務める株式会社エムリットの友田康治(ともだ・こうじ)は述べる。これは決して清水だけの闘いではなく、チーム全員にとっての大きな挑戦だった。

コ・ドライバーの存在が
技術的、精神的な支柱となった。

チームと清水にとっては全日本ラリー選手権への初挑戦であり、もちろん初めて挑むコースでもある。ラリー丹後は丹後半島を南北に縦断する約50kmの丹後縦貫林道を軸とする舞台で、総走行距離は297.90kmにもおよぶ。2日間合わせて12本が用意されるSS(スペシャルステージ)だけでも117.36kmだ。1本あたりのSSは10kmを超えるものも半数あり、それが休む間もなく連続する。清水たちの今までの経験からすると、異例なほどロングディスタンスだ。限られたレッキだけでは、到底、コースを覚えられるはずもない。そこで強力な助っ人となったのがコ・ドライバーを務める美野友紀(みの・ゆうき)だった。彼女はコ・ドライバー歴14年と経験豊富であり、2014年には全日本チャンピオンも獲得。さらにはトップドライバーとともにラリー丹後を走った経験も少なくない。

2014年には全日本でのチャンピオンも獲得している経験豊富なコ・ドライバーである美野友紀。当日の路面コンディションや、清水の運転技能あるいは性格までを見越して、常に適切なアドバイスをしていた。複数回あったトラブルに対して冷静に対処できたのも、彼女の迅速かつ的確な指示があったからこそ。

「自分が運転できない領域なのに、一体になってマシンコントロールしている気分を味わえるのが私にとって大きな魅力です。特に私は、運転が完成しているベテランドライバーよりも、成長していく過程にある方と、一緒になって試行錯誤することにやりがいを感じます」

慣れない道で、まだポテンシャルを掴みきれているとはいえないマシンを全開にしなければならない。その中で美野の存在は、清水にとって、そしてチーム全体にとっても大きな支えとなった。彼女は必死になって、夜遅くまで清水のペースノートを精査していた。

ラリーの強烈な洗礼に
冷静に対処し、立ち向かった

競技初日である10日(土曜日)のSS1こそ恐怖との闘いだったというが、連続するSS2、SS3へと進むにつれて、清水は次第に感覚を掴んでいた。ヒヤリとする場面も少なくなかったというが、それでもなんとかコースに食らいついて帰ってきた。

2023年は全8戦が予定される全日本ラリー選手権のうち、5戦目として6月9日(金)~11日(日)に開催されたYUHO RALLY TANGO(ラリー丹後)だ。丹後縦貫林道を中心としたステージは297.90kmにもおよび、2日間合わせてSS(スペシャルステージ)が12本用意される。コースはすべてターマック(舗装路)で、中低速から高速コーナーまでが混在したワインディングが連続するようなコースだ。

「最初のSSは“なんでこんなに長いんだろう”って感じました。迫りくるコーナーに対してどうにか対処するだけで、無理くり曲げているような状態でした。マシンを操っているというよりは乗せられている感覚。決してスムーズな運転はできていなかった。でも、次第にコツを掴んできたと思います。CVT特有の加・減速感を理解しながら、ときに左足ブレーキを使って、前後の荷重移動を考えながら、リズムに乗って走ることができるようになりました」

焼けたブレーキの匂い、程よく内圧が上がりながらも4輪とも綺麗な摩耗状態でいるADVAN A052にそれが象徴される。タイムこそベテラン勢に敵わないものの、全日本ラリー選手権という最高峰の場に馴染んで、よりスキルアップするという意味では順調に進行していた。

しかし運命の悪戯は、必ずどこかに潜む。それは10日の後半に差し掛かったSS5だった。アクシデントによりコース上に止まっていた前車を避けようとして、縁石と側道に乗り上げ、下まわりをヒットさせてしまう。その後、しばらくは走ったものの、次第にタイヤの空気が抜けていく事態となった。現場でスペアタイヤへと交換をして、どうにかサービスパークまで戻ってこられたのは幸運だったと思えた。

いや、確かに幸運だったが、これはチームが手繰り寄せた結果でもあった。まず、エア漏れを悟った瞬間に即座にタイヤ交換を決めた、美野のとっさの判断である。無理をして走り続けてしまえば、次第にアームやサスペンションにダメージを及ぼし、また左右の回転差からデフやミッションを壊してしまうこともある。そうなれば、その場は凌げたとしてもリタイヤは避けられないわけで、コ・ドライバーとしての豊富な経験がこの冷静な判断を生んだ。

さらに衝撃によって損傷したホイールにも注目したい。先述したタイヤ銘柄の変更に伴い、今回装着されたホイールは16インチのADVAN Racing RG-D2だった。衝撃によって痛々しくリムが曲がってはいるものの、損傷からしばらくはエア漏れを起こさず、安全な場所でタイヤ交換にまで持ち込めたことを特筆したい。衝撃とともに瞬間的に割れてしまえば、その場に立ち尽くすしかなかったのだ。“強いホイール”というものは、何があっても絶対に戻ってくることのできる性能が宿るのだと知った。

他車を避けるために側道に乗り上げ、縁石か岩にぶつけてリムが大きく曲がってしまった。それでもすぐにエア漏れせず、無事に安全な場所でタイヤ交換をすることができた。衝撃を受けても簡単には割れずに、リタイヤを避けられたという意味では、ADVAN Racing RG-D2の性能に助けられたと言える。

300kmもの長丁場で
見えてきた“上の領域”

前日の夜から雨が降り出した影響と闘う翌11日(日曜日)となった。しかも昼間は晴れ間が出るという予報で、実際、走行準備が終わる頃には雨は上がりかけていた。しかし、この時点で路面はほぼウェット。今後、時間とともにウェットとドライが混在していくことになるだろう、一番難しいシチュエーションだった。しかし、清水たちにもう躊躇はない。マシンにしても、清水のメンタル的な部分にしても、前日に起きたアクシデントの後遺症はなく、そのまま自信を持ってADVAN A052を履いてコースへと向かう。ウェット路面に対してグリップ力を探る意味で序盤こそ抑えつつ走ったものの、ひとつのSSごと、コーナーひとつクリアするごとにペースを上げていく。この適応力と集中力にはトップアスリートの真骨頂を感じた。

最後のSS12でコースアウトしてバンパーを破損するというトラブルこそあったものの、しっかりと12本ものSSを走り切って完走した。結果は13台が出走したJN-5クラスで11位にとどまったが、それでも完走を果たしたことに大きな意味があった。それが清水や友田を含めた、チーム全体のひとつの目標だったからだ。

約300kmの激闘を経て、無事に完走を果たした。13台が出走したJN-5クラスで11位にとどまったが、トラブルやアクシデントを克服しながら完走したことに大きな意味があると思えた。「たった1回の参戦ながら、得た経験値は計り知れない」と清水は言う。

「クルマもコースも、今までとはまるで違うレベルでの戦いに、最初は圧倒されっぱなしでした。でも、慣れるに連れてクルマを手足のように扱うことができるようになってきました。その上で、もっとセッティングを煮詰めて、さらに僕のスキルが上がれば、まだ“その上の領域”があるとも感じました。今回みたいな長いSSであればあるほど、自分で無理してコースを覚えるのではなく、そこはコ・ドライバーに託して自分は運転に集中する、という役割分担が大切であることも知りました」

清水宏保は1998年の長野オリンピックで金メダル1個、銅メダル1個、2002年のソルトレイクシティオリンピックで銅メダルを獲得した元スピードスケート選手。初の全日本ラリーへの挑戦となった今回は運転とコースに慣れるに従って、より走りやすくするマシンセッティングにも積極的に取り組んだ。タイヤの空気圧、ダンパーの減衰力など現場で変更できるものは限られているが、それでもベストアンサーを探り続けた。

スピードスケートの現役時代に、体重移動の大切さを熟知し、また誰よりも意のままに操れるスケートシューズを研究し続けて、オリンピックという大舞台で実際に世界の頂点に立った男である。今度はその興味対象が、ドライビングスキルであり、またはラリーカーのセッティングへと移っていることがとても印象的だった。今回の全日本ラリー選手権への挑戦を経て、その先にあるのはさらに上のステージだ。清水がチームとともに目指すのは、WRC(世界ラリー選手権)のラリージャパンである。今後、さらなるラリー競技への挑戦を経て経験を積み、より力をつけて挑むラリージャパンでの勇姿が、今から待ち遠しい。

ジャパンメイドのエアコンフィルターやオイルエレメント、シートクッションなどを展開する株式会社エムリットの代表取締役を務める友田康治が主体となって結成された混成チーム。車両製作およびメンテナンスは佐藤自動車の精鋭メカニックたちが担当する。今後はTGRラリーチャレンジ 第8戦「びわ湖 高島」、全日本ラリー選手権 第8戦「第50回M.C.S.C.ラリーハイランドマスターズ2023」への参戦を予定している。そうした経験を積んだ後、いよいよWRC(ラリージャパン)へと挑む。

(了)

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