ADVAN CHALLENGE

スピードスケート金メダリスト、
清水宏保がラリーに挑む。
──連載レポート Vol.01

2023.4.12

かつてスピードスケートで金メダルを獲得した氷上の王者が、己が闘うステージをアスファルトやダートに移して再び表彰台の頂点を目指している。長野五輪・スピードスケートの金メダリストである清水宏保の、ラリードライバーとして3年目となる挑戦。WRC / ラリージャパンの参戦までを見据え、2023年シーズンを始動させた。その初戦となるTOYOTA GAZOO Racing Rally Challenge 2023 in 三好にエムリットヤリスで参戦した清水の姿には、ラリー競技ビギナーという雰囲気は感じられない。「やるからには頂点を目指す」──そんなトップアスリートらしい姿勢を感じさせる、清水宏保の挑戦を連載で追う。

Words:中三川大地 / Daichi Nakamigawa
Photography:安井宏充 / Hiromitsu Yasui

金メダリストが挑む
モータースポーツの世界

今では実業家であり医学博士であり、そしてタレントという側面もみせる。しかしその根底にあるのは、世界一に輝いたアスリートとしての顔だ。清水宏保(しみず・ひろやす)はスピードスケート選手として4回も冬季オリンピックに出場し、特に1998年の長野オリンピックでは金メダルを獲得している。だからといって、偉ぶる素振りなどまるで見せないのが、とても印象的だった。やわらかい笑顔でファンサービスをしながらも、真剣な表情でコ・ドライバーのアドバイスに聞き入る姿からは、目の前の挑戦に対して真摯に向き合うアスリート魂を感じさせる。

ラリードライバーとして3年目の挑戦となる2023年シーズン。その初戦として、清水はTOYOTA GAZOO Racingが主管するビギナー向けのラリー競技であるTOYOTA GAZOO Racing Rally Challenge 2023の第1戦、三好(徳島県)ラウンドに挑んだ。気筒容積1,500cc以下のトヨタ車で争われるE-3(Expert)クラスに、エムリットヤリスから参戦したのである。

2023年は全国で11ラウンドが予定されるTOYOTA GAZOO Racing Rally Challenge。その初戦が3月25日〜26日に徳島県・三好で開催された。3本のコースを午前と午後でループする計6本のSSで争われ、総走行距離52km/SS総合距離10.7kmというコンパクトなコース設定だった。林道はすべてターマック(舗装路)で、公園広場を使ったグラベル(未舗装路)ステージも存在する。

「若い頃からモータースポーツをしたいってずっと思っていました。でも、長野オリンピックで金メダルをいただくなどスピードスケートの世界に没頭していたし、なかなか踏み切れなかった。結局、35歳で現役を引退し、そのあと30代後半になって出会ったカート遊びがきっかけとなって、まずはワンメイクレースに挑戦することになりました。本格的なドライビング指南を受けたことはなく、今でも自分の“感覚”で走っています」

清水宏保は1998年の長野オリンピックで金メダル1個、銅メダル1個、2002年のソルトレイクシティオリンピックで銅メダルを獲得した元スピードスケート選手。その経験を活かして現在はリハビリセンターやスポーツジムに関連する実業家として、またはタレントとしても活動する。2023年には弘前大学 大学院医学研究科博士課程を修了し、医学博士号の学位を取得した。モータースポーツには現役時代から興味があったという。

興味はあれどもモータースポーツとは長らく無縁の世界で生きてきた清水は、ほぼぶっつけ本番で挑んだ当初こそ“怖さ”を感じたという。それでも縁のあるチームやドライバーに最低限のことを教わり、あとは“感覚”で体得しながらメキメキと頭角を表した。ヴィッツレースや86レースで少しずつ経験を積み、2021年には初のラリー競技となるTOYOTA GAZOO Racing Rally Challengeにヴィッツで参戦している。ともあれラリーデビューからわずか2年ほどの短期間ということを考えると、驚くほどの腕前だと誰もが口を揃える。

スポーツCVTを搭載した
新時代のラリーカーを操る

「エムリットヤリス」というエントラント名が示す通り、清水が操るマシンはトヨタ・ヤリスだ。1,500ccの自然吸気エンジンにCVTを組み合わせていて、もちろんGRヤリスのようなWRカーを彷彿させるワイドボディでもない。ステッカーの類が貼られていなければ、なんてことのないフツウの実用車である。一見したところレギュレーションに合わせたロールバーやフルバケを装備し、サスペンションを車高調に交換しただけ。足もとはADVAN Racing RG-D2ホイールにADVAN A036タイヤ(185/60R15)である。

エムリットヤリスはトヨタ自動車が開発したスポーツCVTを搭載する。純正比で30%ほどローギアード化される上に、加速が途切れず、そこに軽量ボディも手伝って、加速性能は上のクラスを凌駕する。15インチホイールと一般市販ラリータイヤは指定部品として装着が義務付けられる。指定タイヤのひとつに設定されているのがADVAN A036。エムリットヤリスには前後185/60R15サイズが装着されていた。たとえ摩耗しても安定したグリップ性能を持つという。ホイールはADVAN Racing RG-D2を装着する。

そんな穏やかな印象のエムリットヤリスだが、スポーツCVTを投入したことによってローギアード化されているところは注目すべきポイントだ。昨今のラリー界で急速に普及しているのがCVTだという。無段変速機という特性上、アクセルを踏み続けていればパワーバンドを外すことなく、変速操作によるロスもない。コースやドライバーにもよるが、3ペダルMTよりも速く走れるともっぱらの評判だ。ドライバーはただひたすらステアリング操作と、アクセル、ブレーキなど加減速、そして荷重移動などに集中できるのもいい。このヤリスは2年ほどじっくりとテストして熟成を重ねただけに、電子制御との向き合い方やサスペンションセッティングなども含めてほぼ熟成の域にある。GRヤリスを凌ぐタイムを記録することも決して珍しくはないという。

そうした秘めた速さをもつヤリスCVTを駆る清水を、今回、すぐそばで支えるコ・ドライバーが保井隆宏(やすい・たかひろ)だった。過去、数多くのトップドライバーを支えてきたベテランである。そんな彼は清水の走りや、ラリーに取り組む姿勢を前にしてこう述べる。

「コ・ドライバーの役割は、ドライバーが普段通りに運転できるようにサポートすること。ベテランドライバーなら、情報を的確に伝えるなどきっちり自分の仕事をこなします。だけど経験の浅い方なら、ドライビングのアドバイスをすることもあります。清水選手は私の解析に対して真剣に向き合ってくれて、驚くほど吸収が早い。なおかつ勝つことへの執着心が強くて、これがトップアスリートの本性かと思う時があります」

保井隆宏(写真右)はコ・ドライバー歴が20年近いというベテランだ。名だたる選手とタッグを組んだ経験を持つ。ドライバーの技量や固有の性格までを鑑みて的確なアドバイスをする。

清水の走りは、遠目から見ていてもスムーズで、とても乗れているのだということがわかる。派手さはないが理路整然としたライン取りで、タイムも安定している。この短期間での上達ぶりこそ、さすが元トップアスリートにして金メダリストの真骨頂なのかと思った。事実、午前中のセクション1ではクラストップで走り切っている。

頂点まで上り詰めた男は
努力する姿勢が人とは違う

しかし、清水の所作を見て、またチームメイトの話を聞くにつれて、彼の走りを「トップアスリートならではの天性の才能」といった言葉で括るには、浅はかだったことを知る。セクション2に向けての待ち時間。彼はコ・ドライバーの保井やチームクルーとマシンの状態を確認し合う時以外は、一瞬たりともスマホから目を離さなかった。そう、彼は車載で撮影した走行動画を何度も見直して、イメージトレーニングしていたのだ。

「コースを覚えるのが苦手なんです。だから何度も動画を見て頭に叩き込む。だけど、スピードスケートとは違い、ラリーは毎回コースが違うし、路面状況も刻一刻と変わる。だからイメージをつくりすぎてもいけない。瞬時に判断することの大切さもあると思っています」

走行前はイメージトレーニングを欠かさない。スマホで撮影した走行動画を何度も見て、コースに合わせた操作などを頭に思い描いていく。近寄りがたいオーラはトップアスリートそのものだ。コ・ドライバーの保井も「ドライビング解析に向き合う姿勢はもちろん、何より吸収力があって勝つことへの執念が頭抜けている」と絶賛する。

清水には天性の才能があるのかもしれない。しかし、その根底に宿るもっとも大事なものは、驚異的な集中力と、ひたむきな努力。チーム代表を務める株式会社エムリットの友田康治(ともだ・こうじ)は彼をこう評する。

「清水選手に宿る“才能”を挙げるのなら、“努力する才能”だと思う。ひとつの物事を究めようとする集中力や、人知れず陰で努力する姿を私は知っています。私やチームクルー、スポンサーの皆さまは、それを間近で感じているから、応援したくなるし、彼についていきたくなる。彼と一緒にいると、不思議と自分たちも鼓舞されるんですよ」

ジャパンメイドのエアコンフィルターやオイルエレメント、シートクッションなどを展開する株式会社エムリットの代表取締役を務める友田康治が主体となって結成された混成チーム。車両製作およびメンテナンスは株式会社佐藤自動車工場の精鋭メカニックたちが担当する。チーム代表の友田(右写真)は清水より2歳年上であり、自身もスケート競技をしていたことから、ふたりの間には体育会系の強固な信頼関係が築き上げられている。

やるからには頂点を目指して
次なるステージへと向かう

競技が終わり結果が出ると、清水はとても悔しがっていた。午後のセクション2も快走を続けたものの、ライバルにあと一歩及ばず、クラス2位にとどまったからだ。9分20秒8という合計タイムは、1位に対してわずか1.9秒及ばなかったことになる。

「楽しかったけれど、今回の結果は、正直、悔しい。まずはクラス優勝という目の前の結果を残したかった。今回はトップと1.9秒の差でしたが、自分にとってそれはものすごく大きな差だと思う。まだまだ未熟だということを再認識することになりました」

わずか1.9秒差という結果を前に、安直に「惜しかったですね」と声をかけてはいけないのだと思い知らされた。そう、相手はコンマ1秒はおろか、ゼロコンマ1秒を削るのに命を賭けてきた男である。

気筒容積1,500cc以下のトヨタ車で争われるE-3(Expert)クラスで2位を獲得。1位との差はわずか1.9秒という結果だった。今後は全日本ラリー選手権、そしてWRC / ラリージャパンまでを見据えた挑戦が続く。

己を未熟だと認め、さらにスキルを磨こうとする清水の挑戦は、決してこれだけに止まらない。次なる目標を全日本ラリー選手権(JN-5クラス)に定めた。ともすればラリージャパンへの挑戦をもってWRC(JRCar3クラス)まで行きたいと述べていた。そのためエムリットヤリスはFIA WRCのレギュレーションに準拠させるため、ロールケージの再構築と、安全タンクの導入など随所をアップデートしていく予定だ。それは車両製作やメンテナンスを担うチームにとっても大きな挑戦である。やるからには常に上を目指し、そして頂点を掴み取ろうとするアスリート魂は、いま、チームクルー全員に伝播している。

清水宏保の挑戦はこれからも続く。誰よりも彼の姿勢に魅せられ、ともに闘う仲間たちとともに──

(了)

(文中敬称略)

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