Get Back ADVAN

走り続けるADVANの魂。
JCCA TSUKUBA MEETINGの
熱き決戦。

2022.11.8

YOKOHAMA / ADVANと共に熱い盛り上がりを見せているクラシックカーレースがある。往年のマイナーツーリング、その主役たる日産サニーが白熱のバトルを繰り広げるJCCA TSUKUBA MEETING。単なるノスタルジーではなく“いまだ現役”として戦い続ける男たちの姿に迫る。

Words:藤原よしお / Yoshio Fujiwara
Photography:安井宏充 / Hiromitsu Yasui
Special thanks:JCCA(日本クラシックカー協会)

マイナーツーリング――
その主役は日産サニーだった

マイナーツーリング。

1970年代から80年代に青春を過ごし、レースに思い焦がれた人には、熱い思い出と共に心に響く言葉かも知れない。

1970年からFIAのグループ2規定がスペシャルツーリングとして施行されると、それに伴い日本のツーリングカーレースもTSと呼ばれる特殊ツーリングカーで争われるようになった。1.6ℓ以上をグランドツーリング(GTS)、1.6ℓ以下をマイナーツーリング(TS)と分けて開催されたツーリングカーレースは、その年に富士スピードウェイで始まった富士グランチャンピオン・シリーズ(富士GC)のサポートレースとして行われ、日産、トヨタ、マツダ・ワークスによる戦いは多くのドラマを産んだ。

1973年の第一次石油ショックをきっかけにワークスが相次いで撤退すると、マイナーツーリングはプライベートチューナーたちの天下となり、一層の盛り上がりをみせるようになる。そしていつしか若手ドライバーがスターダムにのし上がるための登竜門として、メインの富士GCよりも面白いと言われるまでになったのである。

そのマイナーツーリングの主役が日産サニーだった。時にDOHCを積んだトヨタ・スターレット、時にワークス仕込みのホンダ・シビックと、時代によって手強いライバルは変わったものの、たった1.3ℓのOHVエンジンを1万回転以上回すサニーの真の敵はサニーであり、B110からB310の時代になっても、常にマイナーツーリングのトップ集団を走り続けた。

往年のTSサニーたちが筑波のパドックに並ぶ。FレースのF-1クラスにB110、JCCAの花形と言えるTSカップにB310がエントリー。中でもTSカップの盛り上がりは尋常ではなくこの日も20台の色とりどりのマシンがエントリーしていた。

そんな“TSサニー”に魅せられた男たちがいる。

2022年10月16日。この日、茨城県の筑波サーキットではJCCA(日本クラシックカー協会)主催のクラシックカーレース・シリーズの最終戦となる、筑波ミーティング・エンデュランスが開催されていた。

そこで行われた1970年式までのフルチューンのマシンで競われるFレースに往年のYOKOHAMA/ADVANファンには見逃せない1台のサニーの姿があった。その名も『GTスペシャル キタザワサニー』、オーナーは長野県から参加の北澤昭だ。

YOKOHAMA / ADVANのレース活動の“原点”とも呼ぶべき“G.T. SPECIALカラー”を再現した『GTスペシャル キタザワサニー』。白地のボディに赤と青のトリコロールカラーのシンプルな佇まいが時代を感じさせてくれる。

前後スポイラーとオーバーフェンダーで武装した典型的なTS仕様の白地のボディに、赤と青のトリコロールカラーは、当時横浜タイヤワークスとして高橋健二、和田孝夫がドライブしたGTスペシャル・サニーそのもののイメージ。その足元を固めるのは、もちろんYOKOHAMA/ADVANの13インチ・スリックタイヤだ。

「雑誌の“サニー / カローラ特集”で高橋健二さんの横浜タイヤGTスペシャルのトリコロールカラーが気にいって、サニーを買ったらこういう風に塗ろうと思ったのがきっかけですね。マシンは間瀬サーキットで走っていた草レース仕様を雑誌の売買欄で見つけて買ったもので、ボディを剥離、修復したり、全部自分で直しました。僕の集大成です」

という通り、ボディに限らずレース仕様へのモディファイもすべて自分の手で仕上げたと北澤は言う。本格的なレースに出るようになったのはこのサニーが初めてで、そのレース歴はもう20年近くになる。

FレースのF-1クラスに70年式B110サニーで参戦する北澤昭。レース仕様へのモディファイは基本自らの手で行っている。オーバーフェンダーに収まるタイヤはADVANレーススリックの13インチ。

「ずっと出ているんですけど、そんなに背伸びせず楽しんでます。Fレースは色々なクルマと混走なのでTSカップとは違うクラシックカーレースらしさもあって、皆さんと一緒にレースをできるのが楽しいです。昔のバイアスの時代は乗りやすかったんだけど、バイアスの足のままラジアルを履いたら全然曲がらなくて悩んだこともありました。その時も皆さんにやり方を聞いて、YOKOHAMA/ADVANタイヤもどんどん良くなって、前と変わらないように走れるようになりました。この世界も日進月歩ですからね」

そんな中、北澤は1分4秒9を記録して総合8位、F1クラス3位という素晴らしい位置でクオリファイした。そこにはGTスペシャル・サニーならではといえるこんな秘話があった。

「今まではずっと予選で壊れて帰るばかりでしたが、今日はエンジンが大丈夫そうなので久しぶりに完走できそうです。実は前回のレースからエンジンを松岡自動車の松岡さん(往年のマイナーツーリングで活躍した名チューナー)のアドバイスをもらって組んでいるんです。すべて自分でやっていますが当時を知る方からのアドバイスは本当に有り難くて、結果にもつながったと思います。松岡さんからも、和田孝夫さんはとにかく速かった。当時はドライバー、メカニックの垣根もなく皆で夜な夜な作り上げるという感じだったと聞きます。以前、ニスモ・フェスティバルで和田さんもクルマを見ていただいて、“僕がプロになる時に最初に乗ったクルマだ”って言ってもらえました。いつか乗ってもらいたいなという気持ちがありますね」

北澤が自らの手で仕上げた1300ccのA12型エンジンは、今回から当時を知る名チューナー松岡自動車の松岡氏のアドバイスを参考に組み直したという。調子はすこぶる良く、レースの結果にもつながった。

その好調ぶりは決勝でも続き、序盤からクラストップ争いを展開。見事なマシンコントロールで接戦を制した北澤は総合7位、クラス2位でフィニッシュした。

「何年振りかなレースしたの(笑)。これもみんなのおかげ、みんなの力があったからです。バトルも楽しかった。ミスしたところを突かれたり、つい踏みすぎたりしたけど、気持ち的にも乗れて、自在にできそうな感触でしたね!」

そう言って、今シーズンを最高の結果で終わることのできた北澤は安堵の表情を見せた。そして愛しのサニーと共にレースを走り続ける想いをこう語ってくれた。

「和田さん、松岡さんなど当時を知る皆さんの話を聞きながらここまできて、飽きたから辞めるなんてできないですし、やりがいもある。遊びだけど本気。あとこのクルマを辞めなくていい、安全パーツだけきちんとやればずっと好きなクルマでレースができる。そう思わせてくれるだけのクルマです。もちろん作るのも、運ぶのも自分だけど、決して一人じゃできなかった。確かに ADVANカラーの方が有名だけど、GTスペシャルカラーにしてからみんなも大事にしてくれて。タイヤを供給してくれているYOKOHAMA/ADVANさんにも感謝していますし、ずっと続けていきたいですね。サニー最高です!」

頂点を目指して走り続ける
その闘志は今も昔も変わらない

一方、B310型日産サニーとKP61型トヨタ・スターレットのフルチューン車で競われるJCCAの花形、TSカップにもサニーに魅せられた男たちが沢山いる。その中の一人、長野県でテクニカルサービスインフィニティーを率いる大野孝司は、今年から自身の所有するマシンをADVANカラーに塗り替えたほど、TSカップ、310サニー、そしてYOKOHAMA/ADVANに人一倍の情熱を傾ける人物でもある。

ADVANカラーを纏ってTSカップに参戦する『アドバン☆ウエタケインフィニティーサニー』。車番は24。当時鈴鹿でレースをしていた1978年式の310サニーをベースに仕上げられている。

「これは1978年式の310サニー。鈴鹿で当時走っていたクルマを見つけてレストアして走っています。最初は青、そのあと黒になって今年からADVANカラー。僕も自分で乗りますが、この24号車は雨宮栄城(あめみやさかき)が乗ってます」

雨宮栄城といえば、フレッシュマン、N1耐久、そして1999年には全日本GT選手権にクラフトからBP KRAFTトレノで出場した経験をもつプロドライバー。本名よりも“サカキチ”の愛称で覚えていらっしゃる方も多いかもしれない。2007年から大野が率いるチームのマシンでTSカップに参戦を続け、常に優勝争いを演じるトップドライバーの1人である。

24号車のドライバー、雨宮栄城とチームオーナーの大野孝司。TSサニーに賭ける想いはことのほか強く、このカテゴリーを盛り上げこの先につながるようにと尽力している。雨宮はN1耐久や全日本GT選手権などで戦ってきたプロドライバーであり、YOKOHAMA / ADVANとも縁が深い。“当時モノ”のADVANキャップが渋い。

「エンジンだけは当時マイナーツーリングもやっていたウエタケエンジニアリングさんにお願いしていますが、クルマ作りもメンテナンスも全部ウチでやっています。距離にもよりますが、エンジンは1シーズンはもちます。一方タイヤは毎回新品。レインタイヤも1回熱を入れちゃうと、次は熱の入りが遅くなるんで毎回新品です」

実は大野はTSカップのためにそれまでの外径490mmサイズのスリックに加え、500mmサイズのタイヤも作ってくれるようにと横浜ゴムのモータースポーツ 部門に影山正彦選手らと共に働きかけ、今日のYOKOHAMA/ADVANのワンメイクで開催される素地を作ったエピソードの持ち主でもある。

エンジンは当時を知るウエタケエンジニアリングの手により入念なチューニングが施されている。YOKOHAMA / ADVANのスリックタイヤ(外径490の他にTS用に外径500も設定)は大野が影山正彦選手と横浜ゴムに対して熱心に働きかけ、今日のワンメイク供給の素地を作った。

「今TSカップが盛り上がっているのもYOKOHAMA/ADVANが快く対応してくださったおかげです。490と500のどっちがいいかというより、ドライバーの乗り方とか、チューナーのセットアップの考えとか、その辺りの差ですね。タイヤを潰す乗り方なら500がいい。例えばロールケージを入れるだけで、補強を少なくしなやかにするのか、今風にガチガチに補強するのか、ボディの作り方でも違いますからね」

大野によると今のTSカップは、そうした細かい技術をせめぎ合う、当時のマイナーツーリングと変わらない高いレベルの中で争われているのだという。当然予選もシビアになり1秒の中に10台近いマシンがひしめき合う混戦になる。

そんなTSカップに魅せられる理由はなんなのだろうか? 大野はこう続ける。

「まずは音かな。例えば富士だとまずエンジンの金属音が聞こえてきて、通り過ぎるとマフラーの音が聞こえる。あとは掛け合い。富士はスリップストリームも効くから20周のうち15周はついていくだけで、残りの5周を逆算して最後の1コーナーにかける。そんな当時の雰囲気をそのまんま味わえること。影山正彦、正美選手みたいに実際に今でも乗っている人もいるけど、見に来たり、手伝いに来たりと、当時のドライバー、メカニックにも会える機会も多いですし。日本じゃないとできない、見られないレースだと思います」

同じ質問を17号車で出場している臼井弘明にも聞いてみた。実は臼井は18号車を駆る息子の大樹と共に、親子でTSカップに参戦いている唯一のエントラントでもある。

親子2世代で参戦する臼井弘明(17号車)と大樹(18号車)。世代を跨いで熱くなれるのもTSレースの面白さであり魅力である。

「免許取るくらいの時、富士GCで走っているのを見てね。角形のオバフェン、スリックタイヤ、そして1万回転以上回るOHVの音がたまらなくカッコよかった。しかも1300ccであんなに速い。いつか乗ろうと思っていて、たまたま出会いがあって2005年からはじめました。レースはこれがはじめてでしたが、とにかくクルマがカッコいい。見てる皆さんも楽しいでしょうけど、乗ってる方としては、エンジンの音とクロスミッション加減がたまらない。特に筑波は1コーナーからヘヤピンまでのシフトアップ、ダウン加減が最高に気持ちいいんです。一方、たった1回のシフトミスも勝負に影響するし、すごくシビアでもある。一瞬の判断ミスが命取りになるんです。当時のTSドライバーってすごいんだなって改めて思うし、誰より乗っているドライバー自身を魅了するレースです」

20台のマシンが白熱のバトル
24号車が悲願の優勝を遂げる

いよいよ予選の時間が近づいてきた。予選に出走するのはなんと20台。大野によると少しでも早くコースインできるように、ゲートオープンとともに各チームのスタッフが場所取りに走るなど、予選前から熾烈な争いが繰り広げられているのだそうだ。そしてドライバーの雨宮はここ数年の間に予選の戦い方も変わってきたと言う。

「確かにコースの混雑状況によってタイムが出ない時もある。半分は運ですね。昔は3周目が一番グリップがよかったんだけど、YOKOHAMA/ADVANの性能が良くなっていて、今は計測2周目からしっかりグリップして、内圧のセットにもよりますが、そのままタレずに予選を走り切れちゃうんです。そのまま決勝でも十分もちます。もちろん後半になるとちょっとタレますが、それでも10周はまったく問題なく行けるんです」

中団からコースインした雨宮の24号車は、前後の間合いを取りながらクリアラップを狙ってタイムアタックを繰り返す。しかし、いざ!という時に赤旗が出てしまった。しかしながら再開後、最後の最後に1分3秒293を叩き出し、トップから0.2秒遅れの3番グリッドを確保した。

「ここで行けるかと思ったけど前の2台は速かった。若さには勝てないですね(笑)。本来ならこの時期なら2秒台で走れていたから、キツイなぁ。YOKOHAMA/ADVANのスリックタイヤはグリップするのでGがすごい。舗装もよくなって、ラジアルのタイヤも良くなっているので、運転してると腸がねじれてきます(笑)。とにかくみんな色々やって来てるので、そう簡単には前を走らせてもらえないですね。決勝はスタートでポーンと前に行こうと。ポールでいるより気は楽かな?」

予選終了後、悔しさを滲ませながらそう話していた雨宮だが、迎えた決勝レースでは宣言通りの見事なロケットスタートを決めて2位にジャンプアップ。1コーナーでは早くもポールスタートの4号車石塚選手に並びかけるなど、攻め続ける。そして5周目の第2ヘアピン。4号車が少しアウトに膨らんだところを見逃さずに並びかけると、そのまま最終コーナーでインを突きトップに浮上したのだ!

その後も後続に付け入る隙を与えないまま、見事なレースコントロールを見せて走り切った雨宮と24号車は、トップでチェッカーを受けたのである。

攻めの走りで予選3位から見事優勝を遂げた24号車雨宮。観る者を熱くさせるそのバトルには、レース本来の楽しさ、そして何より極上の興奮を感じ取ることができた。

「あーよかった!勝つのはいつぶりだろう(笑)。 石塚選手もフェアでいいレースでした。スタート失敗したら抜かれちゃうから、上手くいきました。YOKOHAMA/ADVANのタイヤもしっかりもってくれて勝つことができました」

と、雨宮は久しぶりの勝利を喜ぶ。そして表彰台の頂点にのぼり、グランドスタンドに詰めかけた観客の前で歓喜のシャンパンファイトを披露した。

「クリーンなレースだった。ノータッチだったしね。最後はデフオイルが沸いちゃって、もうちょっとレースが長かったらヤバかったですよ」

チームオーナーの大野の言うように、この日のTSカップは高度にチューニングされ戦闘力が拮抗したマシンと、腕利きのドライバーならではの、フェアでレベルの高いレースが展開された。それはまさに、富士スピードウェイを舞台に数多のTSサニーが、しのぎを削っていた往年のマイナーツーリングの再現であるかのようだった。

それを支えているのが、TSを愛する男たちの情熱と、YOKOHAMA/ADVANタイヤなのである。

(了)

(文中敬称略)

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