Life with ADVAN

旧車とADVAN―其の参
“エボリューション”という真価―
IDINGPOWERとA052。

2022.4.22

シリーズでお送りしてきた“旧車とADVAN”。その最終話は“ヤングタイマー世代”として高い人気を誇るE36型BMW M3をベースとしたコンプリートカーの登場である。その名を世界にまで轟かせる伝説のチューナー、井手新勝氏が手掛けたIDINGPOWER M3 / S4にADVAN A052を装着。“常に時代に合わせた進化”を追い求めるIDINGPOWER流のチューニングスタイルの先にある、“エボリューションの真価”を探る。

Words:髙田興平 / Kohey Takada(Takapro inc.)
Photography:真壁敦史 / Atsushi Makabe

旧車とADVAN―其の参

インフォメーションが豊か。
だからスマートに攻められる。

「ADVANのA052はインフォメーションがとても良くてタイヤをきちんと使って走っている印象が強い。タイヤを潰して走る――この意味がはじめて理解できるタイヤでした」

これは富士スピードウェイをこの数年で2000周近くは走り込んできたという腕っこきのジェントルマンドライバー氏のコメントだ。彼のマシンは世界にまでその名を轟かせる伝説のチューナー、井手新勝氏が手がけたBMWのE36型M3(1996年式)、その究極のエボリューションモデルたるIDINGPOWER M3 / S4(ステージ4)である。

前回の記事でタイプ964のポルシェ911カレラ2に乗る筆者はADVAN A052というハイグリップ・スポーツタイヤについて「タイヤのグリップとしっかり対話ができる“プロスペック”の能力が(乗り手に)求められる」と書き記した。その考えに今も変わりはないが、上記のジェントルマンドライバー氏のコメントを通して“腕っこきドライバー”がA052を履きこなせば最高レベルのグリップ性能を引き出すことができ、その結果としてサーキット走行、中でも富士スピードウェイのようなハイスピードの極限領域において最良の走り味が手に入ることが改めて理解できた。

「それまではずっとアジア系ブランドの、ほぼSタイヤに等しいハイグリップタイヤを履いて走っていました。絶対的なグリップに関してはA052と大きな違いはありません。ただ、縦方向のグリップだとA052は圧倒的ですね。1コーナー手前の長いストレートエンドでのブレーキングなどは今まで通りに踏むと余ってしまうくらい(笑)
そしてコーナリング性能に関してはとにかくタイヤからのインフォメーションが豊かでわかりやすい。それはすなわち限界域での操作がし易いということなので今まで以上にスマートに攻めることができる。ステアリング操作が落ち着いてできて、特に最終コーナーが顕著ですけれどリヤのスライドも緩やかで対処がしやすい。今までのアジア系ブランドのものだと正直、もっと修正しながら走らなければならない部分が多かった。そういう意味でもA052には“前に進む力”が増しているように感じました。今回の走行は少しミスもあったりした分、この先にさらに速く走れる伸びシロも感じられたので今後が楽しみです」

今回はじめてA052を履いてのタイムは2分1秒台と、これまでの富士スピードウェイでの自己ベストとほぼ同等なものだったという。

ADVAN A052を履いて富士スピードウェイを攻めるIDINGPOWER M3 / S4。四半世紀近く前のヤングタイマーとは思えない、刺激的かつ安定した速さを見せてくれた。

旧いからこそ進化させる。
それがチューニングの醍醐味。

「時代ごとに刺激を進化させること――それが今現在に私の考える、ひとつのチューニングのあり方です」

IDINGPOWERの井手氏は美しいエストリルブルーのボディカラーを纏ったM3 / S4を前にそう静かに言う。1994年に発表した2990cc / 330ps &34kgmのストレート6(IDM630D)を積んだM3 / S3(ステージ3)、2010年にそれを3245cc / 363ps &37.6kgm(ID-V2-S50 / B32)へと進化させたM3 / S3 V2LIMITEDを経て、より現代的な“刺激”を求め2017年にさらなる進化版(エボリューションモデル)として登場させたのがこのM3 / S4(3235cc / 374ps &37.8kgm / IDM632D4)だった。

3245ccの排気量を得て、374ps / 37.8kgmという現代の視点で捉えても十二分に刺激的なパフォーマンスを発揮するIDINGPOWER製のストレート6エンジン(IDM632D4)。専用プロファイルのクランクシャフト、チタン製コンロッド、6連式のスロットルなどを組み込むことでまるで生き物かのようなレスポンスを実現している。

日本では異色ともいえる“本格派輸入車チューナー”として「IDINGPOWER」の名は古くから知られている。チューニングの素材とするのはBMW、そしてフェラーリ。共にモータースポーツに情熱を注ぎ、市販モデルにおいても良質かつ人の感性に訴えかける性能を追い求めながら、“魂のあるクルマ”を作り続けてきた世界屈指のスポーツカーメーカーである。

「乗り手の魂を揺さぶり、さらにその先の領域へと気持ちを昂らせるような、刺激に満ちたエンジンを作ることにずっと情熱を注いできました。その素材としてBMW、そしてフェラーリという存在には、私自身の感性に通じる熱を感じるのです」

IDINGPOWERは1985年の設立(前身であるアイディーオートサービスは1974年設立)からBMWのチューニング(E30型325i / E28型M5)を手掛け、1990年にはフェラーリのコンプリートカー(テスタロッサ / F54)を発表。以降、BMWはE92型M3まで、フェラーリはF430(IDING F460GT)の世代まで、世界基準の刺激を内包したコンプリートカーを世に送り出してきたのである。

“コンプリートカー”はその名の通り“完成されたクルマ”である。何か一点だけを突出させるのではなく、すべての面でバランスされた最上の刺激をまとめあげる。IDINGPOWERの創り出すコンプリートカーにはまさに、そんな究極的なバランスが与えられている。

井手氏はアウトバーンをひとつの象徴とするヨーロッパ特有のスピードの環境と文化に魅せられて、自ら居を移すまでしてドイツに法人を立ち上げ、当時、国際自動車ショーの頂点とされたフランクフルト・モーターショー(IAA)にコンプリートカー(Ferrari IDING F365-S3 / BMW IDING M3-S3 他)を出展(1995&97年)するなど、“本場”でその実力を示す活動(実力が認められ、あのマクラーレンF1の日本唯一の認定サービスファクトリーに指名されたことは有名な話だ)を長らく精力的に展開してきた。

すべてにおいて妥協のない世界。それがIDINGPOWERの追求するチューニングの在り方である。各部に注ぎ込まれるのは情熱であり、だからこそパーツの1つひとつに究極的な機能美が落とし込まれていく。パンクルやAPレーシング、ビルシュタインといった欧州の実力派トップブランドとの共同開発品が多いこともIDINGPOWERのこだわりである。(写真提供:IDINGPOWER)

「チューニングの基本は点検整備です。中身をすべてバラして仕組みをきちんと理解してはじめて、コンプリートの世界に足を踏み入れられる。もちろんエンジンだけではダメです。トータルバランス――そのクルマのすべてを理解してバランスさせることが大切。人間の魂に直接訴えかけるようなクルマに仕上げていくには、細かな穴の先に針の穴の先を通すような部分にまで一切手が抜けない。それがBMWやフェラーリといった生まれついての熱い魂がこもったクルマが相手となれば、なおさら手が抜けない」

メーカーが製造ラインではやりきれなかったことを1つひとつ丁寧に拾い上げながら、それをより鋭く刺激的な性能として置き換えていく。言うはやすく行うはかたし。“純度の高い刺激を内包したトータルバランス”を生み出すという工程には、途方もない労力と情熱を要することが井手氏の言葉から窺える。

「中身だけではなく、機能やフォルムにも当然こだわります。オリジナルのボディ&エアロパーツはもちろん、ホイールもデザインからすべてオリジナル。機能パーツとなるサスペンションやブレーキも、どこかから既製のものを持ってきてポンっと取り付けるようなことは絶対にしません。
すべてにおいて緻密にバランスを整えながら、中身も外見も最良のかたちへと調律していく。現代のどこか数値ばかりを無機質に追い求めているような、横並びの電子制御のクルマではなく、個性ある生きた息吹を感じさせる1980年代から2000年代くらいまでのクルマには、そうやって丹念に魂を込めていける良い意味での余白もある。
旧いクルマだからといってどこかで進化を止めさせてしまうのではなく、時代ごとに刺激を進化させていくことこそが、チューニングのひとつの醍醐味なのです」

ボディデザイン、ホイールといった部分にまで徹底してこだわり抜くIDINGPOWER。後付けされたカスタム感はそこには皆無であり、性能までが担保されたまさにホンモノの機能美がそこに構築されている。M3 / S4にはフロント:235/40R18、リヤ:265/35R18のA052を装着。“欧州基準”の機能美をもつA052はM3/S4に見事にマッチして映る。

井手氏の手がけるIDINGPOWERのコンプリートカーは何よりエンジンの吹け上がりが鋭く、アクセルを踏み込んだ瞬間に非現実の世界へと誘ってくれるような“生きた刺激”があるのだという。それこそが人の魂を昂らせる“世界観”であり、その刺激的な世界に一度ハマるともう抜け出せないと、IDINGPOWERのユーザーは皆、嬉しそうに口を揃えるのである。

そしてだからこそ、その刺激を受け止めるタイヤにもまた、“生きた何か”が求められることは確かなのだと思えた。

「私の普段のアシにしているホンダのS2000にもADVANのA052を履かせています。どんどんエンジンを回したくなるような魂に訴えかけるグリップを感じさせるタイヤですね。
その先にもっと踏み込みたい――乗り手にそう思わせるという意味では私の創るコンプリートカーとA052というタイヤには共通項があります。それがただ単に突き抜けただけの刺激ではなく、すべてが高次元でバランスされた究極の刺激であるところも似ている。
私が次に計画しているBMWのコンプリートカーは、皆さんが『そこまでやるの?!』って思わず目を丸くするような世界観を構築していっています。現代の最新モデルではなくても、むしろ最新ではないからこそ、ステアリングを握った誰もが、『すげえなコレ!』って笑顔になってくれる。これからの時代はね、旧い世代の、そこに何かしらの血なり魂が宿ったようなクルマこそが、乗り手に『進化』の意味を直に味わわせてくれる存在になっていくと思いますよ。
私の創り出す次のコンプリートカーも、時を超えてその先の高みへと進化することを諦めないからこそ、乗り手を心底ワクワクさせることができる。完成した暁には、その足元にはぜひ、さらに進化したADVANを履かせたいですね」

その先を目指して進化する――いつの時代もクルマ好きの胸を熱くさせる真の価値とは、“エボリューション”にこそ見出せるのだと思った。

(了)

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