久保田 利伸「自然体で」前編

久保田 利伸「自然体で」前編

「小学生の頃はスーパーカーブームで、カウンタックやその他のスーパーカーに友達みんなが夢中だった。僕は静岡で生まれて育ったけれど、それよりも少し前には東名高速が開通して、家の近所の丘を登ると東名の橋が見えて、ずっとクルマを数えたり見たりしていましたね。そういう時代でした。もちろん僕もクルマは好きでした。」

懐かしそうに記憶をたどりながら、男はゆっくりと話し始めた。

久保田利伸。数々のヒット曲でお馴染みの日本を代表するミュージシャンである。最近、横浜ゴムのエコタイヤであるブルーアースのCMに「Loving Power」という楽曲を提供した久保田もまた、先に記したように幼少期にはクルマの洗礼を受けていた。

今回はそんな久保田に、この「The man of A40」に登場してもらうことになった。そうして話を聞いてみると、そこには久保田ならではの、音楽とクルマの関係があったのだった。

「小学生の頃は、周りが本当にみんなクルマに夢中になっていた。そこから比べると僕は、周りほどのめり込んではいなくて、クルマの他に野球にも夢中だったし、それ以上に音楽にも夢中になっていきました。姉たちが聞いていたTVから流れる歌謡曲を真似したりしていました。けれど、その後中学生になって自分の部屋でラジオのスイッチを初めて入れたら、一気に世界が変わりましたね。全米トップ40とか、土曜の深夜にTVでソウルトレインが流れていたりして、そこから音楽のオタクになっていきました」

そうして久保田は現在に繋がる音楽の世界に傾倒していくことになる。とはいえ、高校生になるとやはり自動車の免許が欲しくなる。

「高校生にしてみれば、1日も早く免許が欲しいし、運転がしたいと思っていました。受験勉強をしながらも、一刻も早く免許が欲しい、と。そうして大学生になって東京に出て、すぐに免許を取りましたね。もっともそれでも、何に乗りたいという以前に、買えるお金もなかったですから、田舎に帰った時に父のクルマを借りて乗って楽しんでいました。地元の静岡の街にクルマでいったけれど、あまりに楽しくて東京までクルマでいってしまって、そのまま数週間クルマを使い続けて父にかなり怒られましたね」

クルマに乗ることに憧れていた久保田にとって、免許を取得して父親のクルマで得た時間はこれまでにないものだった。

「それまでに実感したことのない、時間と世界が始まった感覚でした。運転していった先の景色が良いとか、運転していて気持ち良いとか、いろいろな感覚があると思いますが、僕はただただ操作していることが嬉しかった。自分が運転できることの喜び、それを感じていました」

そしてもちろんクルマの中は、久保田が愛する音楽にとっての特別な空間となった。

「運転の喜びがあるのと同時に、クルマは自分だけの、大音量が出せるオーディオルームでもあったわけです。当時の自分の部屋では出せない音を出せる、そういう空間でもあった。なのでデビュー前はとにかく、よく大音量で聴いていました。カセットデッキを良いものに変えてみたり、スピーカーをさらに良いものにしたり、そうして耳が肥えていったのかもしれない」

運転することの喜びとクルーズ感が好きで、同時に車内で大音量で聴く音楽によって、育まれてきたその音楽性。

話を聞いていくと、決してクルマが全面に出てくるわけではない。しかし、話の中には必ずクルマが出てきて、久保田とクルマのつながりがずっとあることを想わせる。

それはいわゆるクルマにどっぷりハマっているエンスージアストとは違った、良い意味でのクルマとの関係性。そんなものを久保田の話からは感じた。

生活の中で、相棒として存在していて、そうして全面には出てこずとも、常にそばに寄り添っている。

そんなクルマとの付き合い方もまた、良い空気感だな、と思えた。

そうして話を聞いていくと、現在の久保田にとっても、クルマとの関係は素敵なものだということが分かったのだった。

後編はこちら

【文・河口まなぶ/写真・菊池貴之】

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