Grip the Soul

貫かれるモノづくりの精神―
横浜ゴム三島工場の現場力 / 後編

2023.2.25

そこに貫かれていたのは“現場力”だった――横浜ゴム株式会社三島工場を訪れて何より圧倒されたのは、製造工程の現場で働くすべての人々に貫かれた“モノづくり”への確かな想い、その熱度の高さだった。DX化が急速に進む現代にあって、古きよきモノづくりの在り方を人の力を通して継承していく。横浜ゴム三島工場の熱き現場力、その真髄に迫る。 / 後編

Words:髙田興平 / Ko-hey Takada(Takapro Inc.)
Photography:安井宏充 / Hiromitsu Yasui

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横浜ゴム三島工場

“魂”を込めた職人芸
レース成形の恐るべき奥行き

「三島工場のレーシングタイヤの製造ラインは一度見せてもらった方がいい。本当に手作りの世界。あそこには、何か不思議な魂を感じるんだ」

YOKOHAMA / ADVANの開発ドライバーであり、レーシングドライバーとしても共に戦ってきた織戸 学が以前に発した言葉である。SUPER GTのGT500クラスで長年YOKOHAMA / ADVANと共に戦うTGR TEAM WedsSport BANDOHの監督、坂東正敬も同様の言葉を口にしていたことを思い出す。

横浜ゴム株式会社三島工場は、パッセンジャーカー(PC)用の13〜15インチのタイヤの製造が主軸となる。製造量は年間1,000万本強。まさにより多くの一般ユーザーの“日常”を支えるタイヤ製造の現場として、日夜稼動を続けている。

当初、筆者はレーシングタイヤの製造は別棟など、特別な場所で区分けされて行われていると想像していたが、実際の製造ラインはPC工程と同じ建屋に存在していた。但し混合、押出、成形、加硫のいずれもがレーシングタイヤ専用の設備になっているのだ。

「レーシングタイヤの製造工程はそのすべてが特殊なものです。オートメーションで賄える部分はPCよりも遥かに少なく、人の手を要する部分が非常に多いです」

レース工程係長・居山弘樹(いやま・ひろき)が説明する。

「混合工程にはレーシングタイヤ専用の小型ミキサーがあって、そこでじっくりと時間をかけてコンパウンドを練り込みます。混合過程における熱の入り方もコンパウンドの性能に大きく影響しますから。中には完成までに2時間以上かかるものもあるんですよ。開発部門の担当者がここに来て、立会いながら仕様を検討することも少なくありません」

「レーシングタイヤの製造工程には何百通りもの作り方が求められます。それこそ開発時のタイヤなどは1回限りのモノもある」とレース工程係長の居山弘樹。その1つひとつに掛かる手間隙もまた、特別なものなのだという。

レーシングタイヤの場合、難易度が高い、あるいは前例が無い試作を短納期で行う必要がある。当然その構造は多岐にわたる。コンパウンドもハード、ミディアム、ソフトなどという単純なものではない。更にウェットコンパウンドも含めると「全部を把握しきれないくらい」と居山は言う。

「市販用スポーツタイヤのADVAN A052もここで製造します。混合は25〜30分程度、通常のPC用コンパウンドよりかなり長い時間がかかります。ゴムが密着してしまうことも多く、混合後のゴムも混合槽から人の手で掻き出し人の手で次のプロセスに運んだりと、本当に手間暇が掛かります」

続く押出工程にもレーシングタイヤ専用の設備が並ぶ。ロール2基を用いた“板上げ”作業は安全性も考慮して熟練の職人しか作業が許されないのだという。

レース成形の現場はまさに“職人芸”と呼ぶべき世界観で思わず見入ってしまう。“匠の制度”により熟練の職人を重用し、同時に若い世代を育てていくことも忘れない。匠のビルダーである藪内俊一(やぶうち・しゅんいち)の成形工程での作業を間近で見学させてもらった。A052の1st成形の時間はおおよそ6分、PC用タイヤの数倍の時間を要するという。

まさに職人技の世界が繰り広げられるレーシングタイヤの成形工程。人の手の感触で組み上げられる、それは真に手作りと呼ぶべき世界である。

ホットメスと呼ばれる熱せられた専用の刃物で部材を適切なサイズにカットし、部材どうしが接する面のゴムの状態を手の感触で測りながら貼り付けていく。ステッチングと呼ばれる作業だが、仕様によって部材ごとの違いもあることから膨大なバリエーションに対する識別能力が要求される。匠の鮮やかな手捌きに掛かれば一見、いとも簡単な作業にすら映るが、その実、その感覚は途方もない手間と経験の繰り返しの中で養われたものであることは確かだ。聞けば、SUPER GT用のタイヤでは10種類以上ものパーツを組み込むのだという。作業の所要時間は1st成形だけでも10分以上というから、それがどれほど手の込んだ工程かが容易に理解できる。

匠の制度により藪内俊一(やぶうち・しゅんいち)のようなベテランビルダーを重用しながら、彼らの技術や経験、何よりその想いまでを次の世代へと繋いでいくことも大切にしている。

2nd成形では、スチールベルトを成形ドラムに足踏み式のペダルでドラムの回転を調整しながら巻付けていく。キャップトレッドもビルダーが手で貼り込むのだが、その際治具を使用して45°のアングルでスプライス面を確立することが要求されるなど、人の手であってもそこに求められる精度の高さは想像を遥かに超えたものがある。コツは貼り付ける寸前に部材を切って切断面の接着性を上げることなのだとか。まさに職人芸――素人には到底測り知れない“匠の世界”がそこにはあった。

2nd成形では、スチールベルトを成形ドラムに足踏み式のペダルでドラムの回転を調整しながら巻付けていく。手のみならず足まで駆使するという、まさに人の能力が最大限生かされる工程である。

レース工程の入口となる通路にはYOKOHAMA / ADVANがタイヤを供給する国内主要カテゴリーのリザルトが貼り出されていた。SUPER GTやSuper Formulaといったトップカテゴリーはもとより、全日本ラリーやカートなど、そのすべてのリザルトをシーズン中に管理することはかなりの労力を要するものだろう。

「モータースポーツ自体が好きだというのはもちろんありますけれど、やはり自分たちが手掛けさせてもらっているタイヤが現場でどのような活躍をしているのか、ここで働く皆にその結果をきちんと知って欲しいという想いが強いですね」

自発的にこの取り組みをしているというレース加硫作業員の小池秀治(こいけ・ひではる)は言う。ただ“モノ”を作るのではなく、その先にある“想い”までをきちんと形として示す。横浜ゴム三島工場の「モノづくり」の精神の真髄が、この取り組みには滲み出ていると感じた。

自身もかつて2輪のモータースポーツに真剣に取り組んでいたというレース工程の加硫作業員・小池秀治。自分たちが手掛けた製品がレースの現場で活躍する――それが何よりの喜びだと言う。

三島の横の繋がりは
時に理論値の壁さえも超える

三島工場の取材見学の最後に用意されていたメニュー。それは製造現場を支える真の“裏方”へのインタビューだった。

「オーダーマンと呼ばれています。工場管理課で生産管理をする仕事です。PC(パッセンジャーカー)とレース、それぞれで担当分けをしています」

工場管理課・PCオーダーマン、杉山裕紀(すぎやま・ゆうき)の言葉である。レースオーダーマンの福本光伸(ふくもと・みつのぶ)と2人でインタビューに応じてくれた。

工場管理課・PCオーダーマン、杉山裕紀とレースオーダーマンの福本光伸。理論値を超えた領域での生産計画調整に日夜真摯に取り組んでいる。

「生産計画は本社が総数を決定して工場に指示が降りて来ます。その数を実際に工程と合わせ込んで行くのが我々の仕事です。言葉にすれば簡単ですが本社の決めた総数と現場の設備能力(キャパシティ)を合わせることは実際には中々難しい。とは言え、やれば売り上げに繋がるわけですから、無理を承知で工程にお願いするのも同じく我々の大切な役割です。
理論値に頼ることもありました。ただ設備能力に照らすと無理という回答であったとしても、三島工場の横の繋がりはときとしてその理論値を超えてしまうことがある。想いが勝るというか、そういう理論値だけでは説明出来ない、不思議な現場力がここにはありますね」

杉山の言葉を継いで、レース担当の福本が説明する。

「レース工程もPC同様増産要請が続いていて、オーダー達成は至上命令です。その一方で開発案件の「試作」比率が高止まりの状況となっています。しかもその難易度が非常に高い。直前のテスト結果を試作に反映させたいということも多く、走行終了直後にサーキットから『仕様を変えたい』と連絡が来たりします。それが試作予定日の前日だったりもします。こうなると月間の生産計画なんてあってないようなものです。難しい試作が割り込んできたら、どうやってその影響を最小限にしてオーダーを達成するか計画を組み直します。パズルを、それも物凄い数のピースのものを毎日やっている感覚ですね」

生産計画には超えなければならない実に多くの壁が常にあるのだという。例えば生産計画の隙間で作ることが出来る確定したオーダーがあったとしても、それが出荷のタイミングと合わなければ無駄な在庫を抱えることになる。また、製造から出荷までの時間経過にも配慮が必要となる。とにかく市場(顧客)の要望に応えることが大前提、そのために出来ることはすべてやる、工場の都合で生産計画を立てるわけにはいかないのである。

「どうにか納期までに作ってほしい、というオーダーマンからの要望に対して、出来得る範囲を超えてでも応えてくれる凄みが三島の現場にはある。それはやっぱり人の力なんだと思います。ドライなデータのみでの生産管理ではなく、そこに『どうにかやってやろう』という工程の皆の想いが乗るからこそ突破できる壁がある。そこは本当に凄いなと思いますね」

失敗を恐れずチャレンジを続ける
人と人とが繋がることで“先手管理”を実践する

「良品条件を確立し “先手管理” で不良品の発生を未然防止する。各工程の品質技士と力を合わせて全ての生産品の品質を向上させるのが自分の仕事です」

技術課の品質技士、栗田公太(くりた・こうた)が言う。

「タイヤには多くの品種があり、それぞれに何通りものサイズがあります。既に生産しているものに加え、新サイズ、新商品の立上げもしていかなければなりません。新商品に限らず、既存商品でも新しいサイズが追加されればその都度、新たな良品条件を確立する必要があります。新たに設定した条件が必ずしも正解とは限りません。最初は大丈夫だったとしても、時間の経過とともに、あるいはサイズ違いでトラブルが生じることもあります。特に新商品の立上げは慎重に行う必要があります。新商品は量産移行段階で失敗すると、その後の生産で製造工程の現場の皆さんにとって大きな負担になってしまいます。責任は重大です。でも私は、新商品の立上げを不良品増加の“リスク”としてではなく、良品(条件)を増やす“機会”と捉えています」

技術課の品質技士、栗田公太と成形工程品質技士の大久保祐一(おおくぼ・ゆういち)。膨大な数の新商品(新サイズ)立ち上げと常に向き合い、トラブルを未然に防ぐための「人と人との繋がり」を日々作り上げていっている。

技術課のレース担当、椿 敬文(つばき・たかふみ)が続ける。

「レースの場合はより開発の意味合いが強くなります。速度であったり荷重であったり、未知の領域への挑戦であり、その実現の為には設備面からの対応を要する場合もあります。精度もより高いレベルが求められます。必要なのは結果へのこだわり、レースでいえばやはり”勝ちたい”という想い、それから… 根気ですかね。ミリ単位のズレでも耐久性や性能に大きく影響することがあります。製品にバラつきがあってもいけません。とにかく徹底して精度にこだわらないとなりません。新規技術と基礎技術、この両方の開発においてレース工程はしっかりと協力し応えてくれます。これからもレース工程と一緒になって、開発部門からの無理難題を具現化していきたいと思います」

技術課のレース担当、椿 敬文とレース工程技士の坂口優樹(さかぐち・ゆうき)。常に連携を取り合いながら、細かな開発の部分にまで対応できる体制を築き上げている。

栗田が椿の言葉に頷きながらさらに続ける。

「部署内の不良品削減チームとよく話すことは、失敗は問題ではなく、それ以上に常にチャレンジする気持ちを持ち続けることが大切、ということです。不良品を含む失敗を無くすためには、やり続けないと分からないことの方が多い。試せるものはだから、全部やってみる。もちろんデータも解析します。過去の失敗の事例から学ぶことも多いです。でも、結局最後に失敗を無くすことが出来るのは、マシンではなく人の経験値です。だからこそ、製造工程の現場の皆さんとの繋がりが大切になる。いざというときに協力してもらえる関係性を作れるか? 失敗やトラブルをきちんと皆と共有して行けるのか?その想いを繋ぎ合わせることこそが、自分たちの一番大切な仕事ではないかと考えています」

技術課と製造工程の品質技士との連携は、トラブルを未然に防ぐために必須となるものであり、人と人とが意思を常に疎通し合うことで、トラブルが発生しないようにするシステム、すなわち“先手管理”が出来るようになるのだと栗田は言う。

加硫工程もPCとレースは分かれる。12台のレース専用加硫機があり、長い時間をかけてじんわりと低温で加硫するという。他にもレース専用の新しい設備の導入が着々と進められており、旧い設備だけではなく新しい時代に向けた取り組みも精力的に行われている。

横浜ゴム三島工場の製造工程、そしてそれを陰から支える裏方の姿までを取材して改めてこう思った。

彼らは例えどんなに不利な条件や、不可能と思えるような生産計画に対しても、常に「NO」と言わずに果敢に立ち向かって行く。これは工場長の松本俊成(まつもと・としなり)の基本的なスタンスでもある。セクションを跨ぎ皆でスクラムを組んで、工場一丸となってときに地面を這ってでも困難を突破して前進しようとするのである。

この圧倒的なまでの“現場力”こそが、三島の良品率を高め、単位面積当たり(おそらく)国内トップの生産本数を誇る工場たらしめているのだと。

取材見学後、記念撮影用にと用意されたADVANカラーを纏ったレーシーな雰囲気のGRスープラを前に、各工程の係長をはじめ三島工場で働く面々がまるで子供のように目を輝かせ、弾ける笑顔を見せてくれた。

その笑顔の輪を眺めていたら、彼らがどれほど純粋に、そして真摯に「モノづくり」と向き合っているのかが真っ直ぐに理解できた気がする。そう、彼らは自分たちが生み出す製品に確たる誇りと、そして何より溢れんばかりの愛情をもって接している。

その“想い”こそが、横浜ゴム三島工場の「モノづくり」の精神の真髄なのである。

(了)

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