Grip the Soul

貫かれるモノづくりの精神―
横浜ゴム三島工場の現場力 / 前編

2023.2.21

そこに貫かれていたのは“現場力”だった――横浜ゴム株式会社三島工場を訪れて何より圧倒されたのは、製造工程の現場で働くすべての人々に貫かれた“モノづくり”への確かな想い、その熱度の高さだった。DX化が急速に進む現代にあって、古きよきモノづくりの在り方を人の力を通して継承していく。横浜ゴム三島工場の熱き現場力、その真髄に迫る。 / 前編

Words:髙田興平 / Ko-hey Takada(Takapro Inc.)
Photography:安井宏充 / Yasui Hiromitsu

横浜ゴム三島工場

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連携の強さ、一体感
それが“三島らしさ”である

「モノづくり」という言葉がある。

これは主に日本の製造業とその精神性や歴史を表すものであり、現在の日本の製造業の繁栄は、日本の伝統文化、固有文化に源を発するという史観に基づいた言葉でもある。

モノをつくるということには、人が必ず介在する。DX化の波が急速に進み世の中がAI技術やオートメーションといった大きな時代のうねりに呑み込まれていこうとも、モノをつくるためには人の手、いわば熟練した職人の存在が不可欠だという事実を、言葉として表す場合に最も適したものとして、「モノづくり」は用いられることが多い。そう、この言葉の奥には、どこか人の“想い”のようなものまでが深く込められている気がする。

今回、横浜ゴム株式会社の三島工場を訪れ何より圧倒されたのは、その「モノづくり」の精神が、工場で働く人々のまさに端々にまで徹底して浸透していたことであった。

筆者は以前に横浜ゴムの新城工場を取材した経験がある。そのときは成形工程、加硫工程、仕上・検査工程を主に見せてもらったのだが、今回、三島工場ではそのより源流にある、精練工程(混合工程/押出工程)、材料工程(圧延・切断工程/スチール・ビード工程)からそれぞれしっかりと工程を見学できるプログラムが用意されていた。新城工場でも熟練の職人(ビルダー)たちが想いを込めた「モノづくり」に取り組んでいたことが印象に残ったが、同時に、オートメーション化が進み、製造工程における全体の高効率化が図られていたことも強く印象に残った。

「三島工場は工程ごとのセクショナリズムのようなものが無く、横の連携が非常に強い工場です。連携の強さというか一体感というか、それは工場全体に言えることで、それが三島工場の強みだし“らしさ”だと思っています。だから今回の取材でも全工程を見て欲しい… そういう想いで今日の準備をしました」

取材見学前のブリーフィングの席で副工場長の秋山一郎(あきやま・いちろう)から発せられた言葉である。

早速、製造工程の取材見学がはじまり、工程の最も源流にあるとされる精練工程に足を踏み入れる。すると、そこにはなんと各工程のリーダー(係長)たちが勢揃いしており、我々取材チームを迎え入れてくれた。

精練工程係長・木川俊和(きがわ・としかず)、材料工程係長・宮澤勇人(みやざわ・はやと)、成形工程係長・神山直隆(かみやま・なおたか)、加硫・仕上工程係長・鈴木伸英(すずき・のぶひで)、そして三島工場の象徴のひとつでもあるレース工程係長・居山弘樹(いやま・ひろき)の計5名が揃って全工程を一緒に回ってくれるというのである。

「それぞれの工程が責任をもって仕事を遂行するには、他の工程の状況もしっかりと把握して、それぞれがきちんと繋がり合って事を進めることが大切です。三島工場におけるその連携の強さをお見せするためにも、こうして各工程の係長たちに集まってもらいました」

秋山副工場長がどこか熱を帯びた言葉でそう説明する。5名の係長たちも皆、その表情には確かな熱度、いわばプライドが見て取れた。その気合いの漲り方には、トップカテゴリーのレーシングチームのクルーが発するそれに近いものを感じたほどだ。すでに入口の時点で、三島工場の「モノづくり」に対する想いの強さに圧倒されかけている自分がいた。

“生モノ”を相手にする以上は
人間の繊細な管理が不可欠である

精練工程はまさに“源流”と呼ぶに相応しく、原料ゴム、オイル、カーボンブラック、各種配合剤を混ぜ合わさせる「混合工程」からはじまる。最初の「ノンプロ混合」でゴムに各種配合剤を混ぜ合わせて分散させる。一部配合剤は混合中に化学反応させる。混合は140〜180℃という高温で2〜5分ほど行われる。この工程を数回繰り返したのち「ファイナル混合」へと進む。

混合工程では“生モノ”とも呼ぶべき個々にさまざまな性質をもつゴムという存在を相手に、使用される部位や製品特性に合わせた繊細な調合が施されていく。

「大切なことは、次の材料工程におけるゴムの物性を確保するためにゴムの中に各種配合剤を均一に分散させること、そして加工性を確保するために粘度を調整すること。ゴムは生モノです。ゴムの木の樹液から作る天然ゴムはもちろん、合成ゴムにもさまざまな性質があります。そうした異なる性質を適切に選択して混合します。ファイナル混合ではノンプロ混合ゴムに、低温短時間(100〜120℃ / 1分半〜4分)で加硫剤を混ぜ合わせます。微妙な調整を要しますから各プロセスには経験を積んだプロフェッショナルを配置します。源流の時点で仕損じることは出来うる限り防ぎたいという想いです」

各種配合剤を均一にゴムの中に分散させ混合を繰り返し、最後はシート状に加工する。乾燥と冷却においても、個々の仕様に合わせた繊細な管理が求められる。

精練工程係長・木川俊和がそう説明してくれる。そこには源流であるからこそ、ここで手を抜いて後工程に悪影響を及ぼすわけにはいかないという強い責任が感じられた。

「ファイナル混合」を終えると、次の工程で作業がしやすいようにシート状に加工し、乾燥と冷却が行われる。使用される部位や製品によってコンパウンドの性質も異なることから、乾燥や冷却においてもそれぞれに合わせた作り手の経験値こそがものを言うのだという。

続く「押出工程」ではその名の通り混合工程で混ぜ合わせたゴムを、定められた寸法、重量、形状となるように押出する。ゴムを90〜120℃に熱して柔らかくし、トレッドの型(ダイス)を通して押出した上で、冷却してタイヤ1本分の長さに切断していく。

ダイス(金型)だけでも800種があるという押出工程。キャブトレッドとサイドトレッドに分かれ、オペレーターは多岐に渡る組み合わせを把握しながら繊細な調整を行っていく。

「キャップトレッド(路面と接触するゴム層)とサイドトレッド(タイヤの側面となるゴム層)の2つに分かれます。ダイス(金型)だけでも800種類もあるので、オペレーターはそのすべてを把握して振り分ける必要があります。鉄の管の中にスクリューが入っていてゴムを押出していきますが、スクリューの回転数が同じだからといって均一に仕上がるわけではありません。季節ごとの気温や湿度によってもゴムの性質は変化します。ゆえにここでも人間による繊細な管理が不可欠となります。繰り返しになりますがゴムは生モノ。製造工程の高効率化を求めることも確かに大切ですが、かといってオートメーションでは管理しきれない部分があるのもまた事実です」

「“源流”の工程であるからこそ、ここで仕損じることは出来うる限り防ぎたい。次に続く工程に確かな品質を繋ぐことが、私たちの何よりの使命です」と精練工程係長・木川俊和は言う。

タイヤという製品の中には
幾重もの“想い”が重なり合っている

「ここの設備には三島工場が操業を開始した時代から使っているものがあります。このコートカレンダーなどがそうですね。細かい改修を経て70年近く使っています。長さが30mもある大きな設備なので、カメラを使って2名のオペレーターが工程を監視しながら運用しています」

三島工場の操業時から70年近く使われているというコートカレンダー。30mもの長さがあり、カメラを使って工程を監視しながら作業が行われる。

そう説明するのは材料工程係長・宮澤勇人である。圧延・切断の他、スチール・ビード工程まで担当する。「圧延工程」は(前述のコートカレンダーで)、ポリエステルやナイロンなどのディップ反に薄くシート状にしたゴムを圧着して、カーカスと呼ばれるタイヤの骨格となるパーツを作る重要な工程である。シート(インナーライナー)を作るシートカレンダーもこの工程にある。「切断工程」は、圧延で加工されたカーカスを(バイアスカッターと呼ばれる設備で)タイヤサイズにあわせた幅に切断し、必要な長さにつなぎ合わせてロール状に巻き取る工程である。

材料工程係長の宮澤勇人。設備を止めて自らも材料の状態を確認する。一朝一夕では習得できない職人の世界と彼らは常に正面から向き合っている。

例えばシートの厚さは1/100mmの精度が要求されます。だからこそ勘どころだってつかんでいかなければならない。でもそれ以前に、最低でも半年は続けないと基本的な操作すら習得できない世界です。圧切工程だけでも、コートカレンダーやシートカレンダー、バイアスカッターといった重要な設備があります。複数の設備に精通していくことも求められます」

やはりここでも“人”の存在が非常に重要であることが窺い知れる。タイヤを製造する源流となる工程を通しで見せてもらいながら感じたこと。それはタイヤという製品が幾重もの部材が組み合わされることで形作られているという事実だった。おそらく多くの人にとってタイヤとは単なるゴムの塊としか映らない存在だと思う。しかし、その中身にはこれほどまで手の込んだ様々な部材が組み込まれ、それがユーザーの日常での安全性や快適性、そして優れた走行性能にまで寄与しているという事実に触れることができた。

もはや源流の時点で、タイヤづくりのその想像以上の奥深さに驚かされた。そこには確かに“人の想い”が込められている。横浜ゴム三島工場のこうした「モノづくり」の精神の中身には、引き続き中編以降で触れていきたいと思う。タイヤ製造の世界の奥深さは、この先の工程でさらにどれだけの深まりを見せるのだろうか?

(中編へ続く)

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