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なぜ横浜ゴムは雨に強いのか

2019年10月31日

現在、横浜ゴムではタイヤの国内ラベリング制度において最高グレードのウェットグリップ性能「a」 を取得したタイヤが344サイズとなった(2019年9月末現在)。なぜ横浜ゴムはウェットグリップ性能「a」にこだわるのか。横浜ゴムは伝統的にウェットグリップ性能に強いこだわりを持ってタイヤ作りをしてきた。モータースポーツシーンはもちろんのこと、市販用タイヤ市場においても、横浜ゴムはウェットに強いタイヤを作り続けてきたという自負を持っている。今回は、なぜ横浜ゴムがウェットグリップにこだわるのかについてご紹介する。

低燃費×ウェットグリップのレベルを示すラベリング制度

そもそもラベリング制度におけるウェットグリップ性能「a」とはどんなものなのか。ご承知の方もいらっしゃると思うが、まずはウェットグリップ性能「a」、「b」、「c」という評価の基準になっている、ラベリング制度について説明したいと思う。

日本におけるタイヤラベリング制度は2010年1月から始まった。これは低燃費タイヤ普及促進に関する表示ガイドラインとして、経済産業省と国土交通省によって設置された低燃費タイヤ等普及促進協議会によって取りまとめられたものだ。主旨は、タイヤの転がり抵抗性能とウェットグリップ性能を組み合わせたグレーディングシステム(等級制度)を確立し、ある一定値を満たすタイヤを低燃費タイヤとして定義づけするとともに、消費者に対し適切な情報提供をするラベリング(表示方法)の制度を構築する、というものだ。

作られた等級は図1のように規定され、図2のラベルをタイヤに貼ることで転がり抵抗性能とウェットグリップ性能が一目でわかるようになっている。低燃費タイヤと認められるのは、転がり抵抗性能がAAA~Aであり、なおかつウェットグリップ性能がa~dにあるものだ。

転がり抵抗もウェットグリップの計測方法も、ラベリング制度のガイドラインに細かく規定されている。国内のタイヤグレーディングの基準は、欧州タイヤグレーディングを参考に作られたもので、表示の仕方に多少違いはあるが、ウェットグリップ性能「a」は、ほぼそのまま欧州のタイヤグレーディングのウェットグリップの最高ランクである「A」に当てはまる性能を備えている。

図1(タイヤラベリング制度の等級)

図2(タイヤに貼り付けるラベル)

ウェットグリップ性能への飽くなき挑戦はヨコハマのDNA

さて、本題の横浜ゴムはなぜウェットグリップ性能にこだわるのか?というエクスキューズだが、これは社風、あるいは横浜ゴムのDNAといえるかもしれない。

遊びでも仕事でも安心・安全があって、その上に付加価値があるとき楽しいと思えたり、歓びを感じる。グリップが落ちる雨の日でも、安心・安全があって初めて歓びがある。クルマのある生活の中で、ベースになるのは安心・安全であり、その重要な要素がウェットグリップなのだ。そんな考え方が横浜ゴムの社員には浸透している。

では具体的にどんなふうにタイヤ作りを行っているのか、少しご紹介しよう。かつて転がり抵抗とグリップ性能とはトレードオフの関係にあると言われていた。もちろん現在も基本的にはこの関係は変わっていない。ただ様々な技術的アプローチを行うことによって、転がり抵抗とウェットグリップ性能の両立が図れるようになってきた。ここでは設計とコンパウンドの2つの側面から、ウェットグリップについてみていきたいと思う。

重要なのはトレッド部の溝、接地、低発熱

ウェットグリップ性能を考えるとき、トレッドコンパウンドの寄与率が最も大きいことは言うまでもない。よって「設計」の役割は、コンパウンドの性能をいかに効率よく発揮させるか、そのためにはいかにタイヤを路面に接地させるかがポイントになる。

設計の視点からウェットグリップ性能をみていくと、溝をトレッド面のどの位置にどんなふうに配置するか、そして溝幅は、溝深さはどう作るのか、というのが重要になる。溝を深くすると排水性は上がるが、ブロック剛性が低くなる。逆に溝を浅くすればブロック剛性は高くなるが、排水性は低くなる。またトレッド面のどの位置に縦溝を配置するかによっても排水性は大きく変わってくる。

もう一つ重要なのがプロファイル、つまりトレッド面の形状だ。タイヤの接地面圧という言葉を耳にしたことがあると思うが、接地面になるべく均一に接地圧力がかかるようにすることができれば、それだけコンパウンドが広範囲で強いグリップを発揮することができる。つまりウェットグリップを高くすることができるわけだ。

ヨコハマの新商品「BluEarth-GT AE51(ブルーアース・ジーティー・エーイーゴーイチ)」では、さらに一歩進めてブロックの接地面圧の均一化も行っている。リブ(縦のブロック列)の断面形状を平らではなく凸型にすることで、接地した時のブロックの接地面圧が均一になるように設計している。平らな断面形状だと左右のブロック端に面圧が集中してしまい面圧にムラができてしまうのだ。

「BluEarth-GT AE51」に搭載した技術

エッジ効果を高めて水膜を除去する「ライトニンググルーブ」

接地圧を均一化するとともに総エッジ量を増大する「ブレードカットサイプ」。左はIN側、右はOUT側

滑らかな接地形状と接地圧均一化を実現したトレッドプロファイル(右)。左は当社従来品。

ウェットグリップ性能を高めるタイヤの性能としてとても重要で、昨今注目を集めているのが転がり抵抗だ。転がり抵抗というと、キャップコンパウンドに目が行きがちだが、じつはタイヤの転がり抵抗≒エネルギーロスはキャップコンパウンドだけでなく、ベースコンパウンドからサイドウォールまで、タイヤを構成する様々なゴムの運動によって引き起こされている。よって、キャップコンパウンド以外のゴムを低発熱なものに置き換えることも、転がり抵抗を抑える重要な要素となる。

「BluEarth-GT AE51」ではキャップコンパウンドの下に敷くベースコンパウンドに、トレッドデザインに合わせて厚みの変化をつけて成形することで、低発熱なベースゴムのボリューム(使用割合)を上げ、転がり抵抗の低減を図るといった技術が盛り込まれている。

「BluEarth-GT AE51」の低燃費レイヤードゴム

要となる最新のシリカ配合技術

コンパウンド技術で、現在ウェットグリップ性能の要になっているのはシリカだ。グリップ性能を作り出す摩擦は、大別してヒステリシス摩擦と凝着摩擦がある。

ウェットグリップと転がり抵抗は、性能指標となるコンパウンド粘弾性の周波数帯が異なるため、コンパウンドの粘弾性を制御することで、転がり抵抗を低減しながらウェットグリップ性能を高める研究が行われてきた。しかし、コンパウンドTg(ガラス転移温度)を高くし過ぎると、コンパウンドの温度依存性が高くなってしまうため、現在はグリップ性能のひとつである凝着摩擦の向上に注力している。この凝着摩擦に大きく関わってくるのがシリカの配合・混合技術だ。特にシリカの分散性に関する技術がコンパウンド技術のキーポイントとなってきている。

シリカを配合したコンパウンドは路面のミクロの凹凸への追従性が良くなり、その結果、ウェットグリップを向上させることができる。一方で、シリカを多く配合すると、コンパウンドの発熱性が高くなることで、転がり抵抗が悪化してしまう。一般的にはカーボンブラックと比較してシリカは発熱性が低いという特性を有しており、転がり抵抗の低減に効果が高いと言われているが、ゴムとシリカは水と油の関係にあるため、均一に分散させることが難しい材料だ。

特に粒子径が小さいシリカは、その分散技術の難易度が高く、凝集、いわゆるシリカのダマができやすくなるという特徴がある。このダマがゴムの変形によって擦れて発熱して転がり抵抗のロスになる。ひと昔前まではシリカを配合することで発熱性が抑えられ、ウェットグリップ性能が上がり転がり抵抗も低減できると言われていたが、現在はシリカの凝集による発熱のエネルギーロスが問題になるくらいまで、転がり抵抗の低減は推し進められているわけだ。

シリカを均一に分散させることで、コンパウンドの均質性が上がり、より路面凹凸への追従性が良くなること、また、シリカのダマによる発熱のエネルギーロスが減少することにより、シリカをいかに均一に分散させるかが、ウェットグリップ向上と転がり抵抗の低減との両面に効果を発揮するのだ。横浜ゴムの最新のコンパウンドは、超小粒子径シリカを使って、より多くのシリカを配合し、分散性を向上させている。

シリカとポリマーを結合する高反応カップリング剤

<イメージ図>

シリカの分散・均一を促すシリカ分散剤

<イメージ図>

当社の独自コンパウンド配合技術

もう一つ大切なことは、実験室での配合技術はもちろんだが、それを工場での製造レベルでいかに作り出せるかだ。シリカの分散性はとても繊細だ。配合が同一でもシリカの分散性によってウェットグリップ性能が大きく変わってしまうことがある。横浜ゴムではA.R.T.ミキシング(Advanced Reaction Technology in Mixing)という材料の混合技術を開発している。

量産状態でいかに狙った性能を作り出すことができるか。転がり抵抗の低減とウェットグリップ性能の両立を図り、安心・安全をヨコハマタイヤユーザーにお届けしたいと考えている。

A.R.T.ミキシングで製造したゴムの路面接地イメージ(右)。左は当社の従来混合技術。

「安心・安全」なタイヤを。だからウェットグリップ性能「a」

タイヤ設計のエンジニアであるタイヤ第一設計部副部長の池上哲生は「タイヤは壊れないのは当たり前。それを議論しているようでは良いタイヤは作れないと最初に教わったのを今でも覚えています。クルマのある皆さんの生活のベースとして、まず安心・安全がなければいけないと思っています。そのためにタイヤにはウェットでも安心・安全がなければいけない。だからウェットグリップ性能「a」が大切なんです。」と語っている。

池上哲生

また、コンパウンドの開発を行うタイヤ第二材料部材料1グループリーダーの中野秀一は「入社した時すでに“シリカが使いこなせるようにならないとこれからのタイヤ作りはできない”と部内で言われていました。横浜ゴムがいかにウェットグリップ性能にこだわっているかがわかると思います。」とコメントしてくれた。

中野秀一

取締役常務執行役員で、技術統括の野呂政樹は、なぜ横浜ゴムはウェットグリップ性能にこだわるのか、次のように語る。

「これは、会社の社風というか、横浜ゴムの基本的な考えの一つなんだと思います。不思議なんですけど、誰も何も言わなくても、タイヤの開発をする際、ウェットグリップ性能を良くする目標設計は自然とできている。個別に聞いていけば、ぼくがやりましたという人も出てくるかもしれませんが、みんなそんなつもりでタイヤを作っているんです。」

野呂政樹

つまり、ウェットに強い横浜ゴムは、今までタイヤ作りをしてきたDNAそのものというわけだ。ウェットグリップ性能にこだわってタイヤ作りをしてきた結果、シリカという材料を使い始めるのもひと足早く、そこから作り上げてきたノウハウが今のタイヤ作りに生かされているのだ。

一般ユーザー向けのウェットグリップ性能「a」体験会

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