Toshi Arai × Hiroki Arai (4)

2016年、全日本ラリー選手権にディフェンディングチャンピオンとして臨む新井敏弘選手。一方、息子の大輝(ひろき)選手はGAZOO Racingが行うトレーニングプログラムの2シーズン目、世界の舞台へとさらに羽ばたくべく飛躍の一年が期待されている。初の親子対談、最終回はそれぞれの2016年に賭ける思いをお聞きした。


大輝は自分より10年早い – 新井敏弘 選手

2015年にスタートした、GAZOO Racingの育成プログラムに参加している新井大輝選手。フィンランドとラトビアの国内選手権で3位表彰台を飾り、その実力は海外でも注目を集めている。そんな大輝選手の目標とは何なのだろうか。

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新井敏弘選手「どうせ、『親父を抜くことが目標です』って言うんだろ」

新井大輝選手「違うよ、そんな低い目標じゃないよ(笑)。向こう2~3年でWRC(FIA世界ラリー選手権)のWRC2でチャンピオンになることが、当面の目標ですね」

具体的な目標を語る大輝選手に、敏弘選手は自分自身と比べて置かれているポジションが如何に恵まれているのかを諭すように語る。

敏弘選手「私はWRCでの最上位が4位でした。あのころはマニュファクチャラー登録が6チームあって各3台、18台の中での4番手だったからハードルがとても高かったですね。いま、全日本選手権を見てもラリーだけでご飯を食べているドライバーというのは、ほとんどいないのが現実です。それぐらいプロのラリードライバーというのは、狭い門なんですよ。でも、いまの大輝は若かりしころの自分よりも良い位置にいると思うんですね。自分が22歳のころは、アルバイトして何とか走っていた程度。でも、もうこいつ(大輝選手)は海外を走っていて、私より10年早いんです」

さらに敏弘選手が、これから大輝選手に必要とされることを語った。

敏弘選手「上で戦うには良い環境に自分がいなければならない。だから自分自身のドライバーとしての速さは当然として、ラリードライバーとしてのポジションをしっかり構築しなければなりません。その点、大輝は私がやってきたことを間近で見てきたから、他人との接し方は身につけていると思います。いろいろな人に好かれ、応援してもらえていることは本当に幸せですし財産ですよね。まぁ、言い方を替えれば大輝は腹黒いのかもしれませんが(笑)」

モータースポーツにおけるプロドライバーの定義は、実は難しいところもある。極端に言えば“自称”でもプロドライバーを名乗ることが出来る。しかし、世界の舞台で本当にドライバーとして周りから認められるためには、速さはもちろんのこと人間としてもたくさんの要素が求められること、それは実際に世界の頂点を究めてきた敏弘選手だからこそ大輝選手に伝えられることなのだろう。



ラップランドは自分を理解する良い機会になりました – 新井大輝 選手

2016年1月29日から30日にかけて開催された、フィンランド・ラリー選手権の開幕戦「ラップランド・ラリー」。今年で51回目を迎えた伝統の一戦にフィル・ホール選手とのコンビで参戦した大輝選手は、1日目の最終SS(スペシャルステージ)から5連続ステージベストの快進撃でポジションをアップ、SM2クラス準優勝、総合3位という好成績をおさめた。スノー路面でハイスピードステージが多い難しい一戦、この大会で北欧出身以外の選手が総合の表彰台を獲得したのは史上2人目の快挙。主催者からは大会で最も輝いていたドライバーを対象とした「ザ・ボーイズ・トロフィー」も贈られた。

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大輝選手「初めてのスパイクタイヤでのスノーラリーでしたが、低中速は親父(敏弘選手)の走らせ方を真似ました。進入速度を高めて、コーナーの出口に向かってずっと全開で行くスタイルですね。逆に高速コーナーはセバスチャン・ローブ選手のように、適切な速度でオーバーステアにならないように注意して、フロントタイヤが通ったところにリアをついていかせるような感じで走りました」

実はフィンランドでの参戦に先立って、年末年始に北海道で合宿を行っていた新井親子。この合宿そのものは敏弘選手が毎年行っている恒例のものだが、今回はそこに大輝選手がフィンランド参戦を見据えて参加していた。

敏弘選手「北海道で大輝の隣に乗りましたが、自分の運転にソックリでした(笑)。ラリーを本格的に始めて1~2年で、よくこんな走らせ方が出来るものだと思いましたね。もっとも、私が8割程度のパフォーマンスで走っているところを、大輝は10割で走っているような感じで。余裕が少ないのと、シチュエーションに応じたタイムを出せる走らせ方や、リスクヘッジの仕方については、まだ分かっていなかったんでしょうね。そういう点について、北海道で私の隣に乗って分かったのではないかと思います」

大輝選手「北海道では、ひとつひとつのコーナーに丁寧に入っていくことの大切さを痛感しました。雪だからこれでいいや、いざとなれば雪壁に車を当てて曲がればいいや、みたいな考え方があったのですが、そんなことをしていたらタイヤのスタッド(鋲)が減ったりするラリーの本番後半で大変なことになってしまう。だからラップランドでも丁寧な走りをしたらどんどんタイムが上がって、常に運転を変えてトライ&エラーをして、とても楽しい経験が出来ました」

敏弘選手は、大輝選手のラップランド・ラリーについて控えめな表現でその結果を讃えた。

敏弘選手「ラップランドでのクラス2位/総合3位は、まあまあの結果だと思いますよ(笑)。スノーラリーは特に経験値が求められますが、漫然と走っても深い経験値にはなりません。ひとつひとつの要素を検証していくことが本当の経験値になるのですが、そうすれば成長も早くなります。走り終わってから、どういう場面で、どう運転して、どうなったのか、というようなことを細かくノートにつけていくとかするのがいいのですが、大輝はそういうことをやっているんじゃないかな。そうでなければ、あんなに早く運転を覚えるなんて出来ないですよ」

大輝選手に、ラップランド・ラリーをもう少し詳しく振り返ってもらおう。

大輝選手「参戦にあたっては、ペースノート以上の走りをしないというテーマを持っていました。自分の限界値に対して、ちょっと下に設定してペースノートを作ったんです。プッシュしても、そのコーナーの限界以上にはいかないノートを作った。その上で自分をコントロールすることも心がけて、終盤でも集中力をしっかり維持しました。特にラップランドは最終ステージが51kmと長く、自分が疲れている中で日が沈んで暗くなったロングステージを走るんです。こういうタフさが、自分自身を理解する良い機会にもなりましたね」

北欧を中心としたヨーロッパ各国では、大輝選手の総合3位獲得が大々的に伝えられた。これにより注目度も格段に高まったわけだが、この週末(2月26日~27日)はフィンランド選手権の第2戦「ヴァークナ・ラリー」に参戦する。



常に100の走りを追いかけて走り続ける – 新井敏弘 選手

ラリーに限らずモータースポーツ、さらに言えば様々なスポーツの世界において、いわゆる“二世選手”は少なくない。名選手のDNAを受け継いだ子供には、より大きな期待と注目が集まるのも必然と言える。ただ、それゆえにプレッシャーも大きく、一方では“親の七光り”と揶揄されることも珍しくない。また、親の立場では子供が選手として強力な若きライバルが出現するかたちになった場合もある。こうした“親子ならでは”の面について、お二人にお聞きしよう。

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大輝選手「海外に行って、親父の知名度の高さを本当に実感しています。ラリードライバーやチーム関係者だけに知られているのではなく、ジャーナリストからラリーファンまで、幅広い層の方々が“トシ・アライ”の名前を知っているんですから。しかし、だからと言って必要以上に親父をラリードライバーとして意識することはありません。一発の速さだったら親父に勝てることもありますが、総合的に見ればまだまだ全然届かないですから。例えば2015年の全日本選手権、福島のオープニングステージなんかは、親父にキロ1秒以上離されましたから」

敏弘選手「まだまだ運転の“引き出し”が足りないね。大輝にラリードライバーとしてはまだ抜かれていませんが、『抜くんだったら、早く俺を抜いていけ』というのが本音ですよ。そうでなければ、世界の舞台で上に立てないですから。そう、WRCに出られたとしたら表彰台に立つくらいまではやってもらわないと。もし大輝がWRCの表彰台に立つ日が来たら、『あぁ、俺も息子に抜かれたな』って思ってもいいかな(笑)」

大輝選手「ラリーは自分一人でやっているんじゃない、というのが親父から学んだ一番大きなことです。コ・ドライバー、メカニックはもちろん、多くの方々に支えられているということを親父が口を酸っぱくして言い続けていますが、それを自分自身も身に沁みて感じています。僕は東京電機大学に通っているのですが、学校の皆さんにもラリー活動を理解していただいています。そんな皆さんに、しっかりラリーで恩返しをしていきたいですね」

親子の“本音トーク”が繰り広げられた初の親子対談も、そろそろ締めくくり。最後にお二人には、あらためて“ラリーの魅力”についてお聞きしてみよう。

大輝選手「ラリーは自分にとって、“アドレナリン・ジャンキー”になれる世界なんです。まだまだ、知らない道がたくさんありますから走ってみたいですね。ゲームで言えばワールドが999まであるのに、その中で自分はまだワールド5とか6までしか行っていないような感じ。だから、どんどんワールドをクリアして次に進んでいくことが楽しくて仕方ないんです」

敏弘選手「ラリーは、完璧に走れることが無いから楽しいんです。100%というのが無い世界なんですよ。私は軽く10万kmくらいはラリーを走っていると思いますが、99はあっても100という走りは未だにないんです。いや、100というのは自分が死ぬまでに一度も無いのかもしれませんが、それでも常に100の走りを追いかけて走り続けていきたいと思っています」

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世界のラリー・フィールドを、これからも走り続けていく新井親子。2016年、敏弘選手は全日本ラリー選手権の二年連続チャンピオンを、ヨコハマタイヤとともに目指して走ります。そして大輝選手は、さらなる高みを目指して北欧を中心としたチャレンジを続けていきます。栄光を目指して走り続ける親子からは、これからも目を離せません!!