Women in Motorsport with YOKOHAMA TIRE (1)

近年、モータースポーツを統括するFIA(国際自動車連盟)やJAF(日本自動車連盟)が、「Women in Motorsport」を提唱、モータースポーツにおける女性の活躍を推進するプロジェクトが注目を集めています。世界的にもモータースポーツで活躍する女性は多いですが、日本では“男社会”とも捉えられがちなモータースポーツの世界。この特集では、日本のモータースポーツにおいてさまざまなポジションで活躍し、輝きを見せている女性たちをご紹介いたします。第1回はドライバーとしてラリーやレース、カートなど幅広い活躍を見せている、いとうりな選手です。


人との出会いからカート、そしてレースやラリーへ – いとうりな 選手

全日本ラリー選手権のJN3クラスにおいて、ピンク色のマツダ・デミオを駆って参戦していた、いとうりな選手。女性の参加も多いラリーだが、その多くはコ・ドライバーであり、ステアリングを握り自ら走る選手としては数少ない女性ドライバーのひとりだ。その活躍はラリーに留まらず、サーキットレース、そしてレーシングカートと幅広い。まずは、いとう選手がモータースポーツに関わるに至った経緯からお聞きしていこう。

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「元々は、車に全然興味が無かったんです。20歳くらいまでは、むしろ『車なんて、危ない』って思っていたくらいで(笑)。運転免許は取らなければと思って、どうせならとマニュアル免許を選びましたが、結局はずっとペーパードライバーでした。一度、お父さんの車を勝手に乗って出かけたことがありますが、その時はちょっとぶつけて帰ってきてしまいました(笑)」

全く車には興味が無かったというが、仕事でモデルをすることになり、その最初の仕事がレースクィーンだったという。そこが、いとう選手にとってはひとつの大きな分岐点になったとも言えるだろう。

「初めてのレースクィーン、二輪のレースで鈴鹿サーキットに行きました。それまでは、鈴鹿サーキットの存在すら知らなかったんですけれどね。そこで初めてレースというものを知ったのですが、レースクィーンをさせていただいたチームで、『みんなでカートに乗って遊ぼう』という話になって、初めてカートに乗ったんです。そうしたら『超おもしろい!!』って目覚めちゃったみたいで(笑)。思ったよりも速く走れて、みんなに褒められたことがとても嬉しかったことを覚えていますね」

初めて乗ったカートで、走ることの楽しさに目覚めたという、いとう選手。その後、“女子カート部”の人に出会ったことからメンバーとなり、本格的なカートレースにも出場するようになるが、負けると悔しいという思いもあって、練習を重ねるようになったという。そして再び、人との出会いが縁になり、四輪レースへとステップアップの道を歩んでいく。



四輪レース参戦、そしてラリーへの挑戦

「どちらかというと、自分がスピード狂っていうのはありますね。昔から、自転車で坂道を速く駆け下りるのが好きでした。直線はとにかく攻めていく、けれどもコーナーはちょっと苦手で(笑)。四輪レースのデビューは、2011年に行われたツインリンクもてぎのEnjoy耐久でした。もてぎの本コースを四輪で走ったのはこの時が初めてでしたが、怖いという思いは無かったですね。それよりも、いっぱい走れることのほうが楽しかったですね」

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四輪レースデビューを飾った、いとう選手。そこに至る過程では、仕事で知り合った人に「レースをやりたい」という話をしたら、身内にモータースポーツショップを営んでいる人がいるということで、紹介されたのがきっかけとなった。そして、ショップがラリー活動を展開していたこともあり、ラリー参戦の話が現実のものとなっていく。

「それまで、ラリーについては全くと言って良いほど、何も知りませんでした。ただ、『ラリーをやると、レースも速くなるよ』と言われたので、これはお得だな、という感じで(笑)。ラリーのデビューは2011年の全日本選手権、久万高原ラリーでした。グラベル(非舗装路)は事前に丸和オートランド那須などで練習してはいましたが、あまり経験が無くて。さらにペースノートについても、正直なところ最初の1~2年はなんだか良く分かっていませんでした。なんとなくそれっぽいものを作ってはいましたが、毎回コーナーのきつさの表記は違うし、距離もバラバラで。コドライバーさんに読んでもらってはいましたが、実質的には有視界走行でしたね」

手さぐり状態が続いたラリーへの挑戦だったが、参戦を重ねる毎に着実な進化も遂げて行ったのは間違いない。古い表現になるが“男勝り”とも言えるアグレッシブな走りは、多くのラリーファンや関係者から注目を集める存在となっていく。

「ペースノートで走れるようになってきたのは、3年目くらいからでしょうか。やはりノートがあって先の道がわかると速く走れますから、少しずつですがノートの精度を上げていきました。最初はチームで教わった通りにノートを作っていましたが、2014年に初めてニュージーランドのラリーに参戦したときに、出来上がっているノートをもらって走ったんです。これが良いお手本になって、自分自身もそれまでの日本語から英語に全日本でもペースノートを変えました。『自分は世界のラリーに行きたい!!』という思いもあったんです」

ニュージーランド参戦が転機となり、運転操作も丁寧な走りを心がけるようになったと語った、いとう選手。その変化は全日本選手権の成績にも現る。2014年の第2戦・久万高原で初入賞、同年第7戦のRALLY HOKKAIDOでも入賞を飾る。そして2015年、第3戦の若狭では初の3位表彰台を獲得した。着実な成長の道を歩んでいる中、いとう選手は将来的な活動についての夢を次のように語る。

「ラリーとレース、どちらかに絞るというのではなくて、乗れるものにはなんでも乗りたいというのが今の思いです。でも、目標としては海外ラリーに本格的に挑戦してみたいですね。日本人女性で海外ラリーにドライバーとして参戦されたという前例はあまり無いでしょうから、新しいチャレンジをしてみたいと思っています」

最後に、いとう選手にはモータースポーツの魅力をお聞きしてみよう。また、余談的ではあるが、せっかくの機会なので理想の男性像についてもお聞きしてみた。

「モータースポーツの魅力は、刺激的であることに尽きますね。理想の男性ですか……(笑)。私は車酔いするタイプなので、運転の上手な人がいいですね。ブレーキやアクセルの踏み方が丁寧で、速く走れる人。運転が荒い人とは一緒に出かけられませんね。迎えに来てもらうなら高級スポーツカーもいいですが、もし高級スポーツカーとADVAN-PIAAランサーが同時に来たら、ランサーを選びますね、絶対(笑)。そっちのほうが楽しそうだから乗ってみたいですし、ナビシートに乗ったらいろいろなスイッチがついていて楽しそうじゃないですか。車のボディカラーも黒が第一希望で、次が赤。だから赤黒のADVANカラーはOKです(笑)」

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次のページでは、スーパー耐久に参戦する小林自動車レーシングプロジェクトの、小林香苗監督をご紹介いたします。