Super Taikyu Series 2015 (3)

日本を代表するラリードライバーの一人として、世界にその名を知られているのがトシ・アライこと新井敏弘選手。2005年に日本人初のFIA世界チャンピオンに輝いたのをはじめ、2011年にはヨコハマタイヤとともにIRC(インターコンチネンタル・ラリー・チャレンジ)に参戦し、プロダクションカップのタイトルを獲得するなど、輝かしい戦績を誇る。一方でその活躍はレースフィールドにも広がっており、2011年にはWTCC(FIA世界ツーリングカー選手権)の日本ラウンドにシボレーを駆って参戦。スーパー耐久にもスバル・インプレッサやポルシェなどを駆って参戦してきており、2015年の開幕戦にはBRZでST4クラスに出場した。


直接的なバトルの難しさとレースによる違い

“世界のトシ・アライ”とラリーファンから呼ばれることも多い、日本を代表するラリードライバーである新井敏弘選手。WTCCへのスポット参戦や、スーパー耐久シリーズのエントリーリストにもしばしば名を連ねてきているが、サーキットレースへの参戦について新井選手は次のように語る。

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「まだまだラリーに比べたら、レースの経験値というのはごく僅かですね。1台ずつ走ってSS(スペシャルステージ)のタイムを競い合うラリーに対して、コース上で直接競り合うレースならではのバトルは難しいですよ。クラス違いのマシンをパスするというのなら簡単ですが、WTCCのようにスプリントレースでのガチンコ勝負になると難しくて、どこにマシンを入れて行ったらいいのか良く分からないですから」

前回ご紹介した柴田選手のジムカーナと同様に、ラリーもコース上で互いに直接バトルを演じることは無い。この駆け引きの存在こそ、レースとの最大の違いと言えるだろう。もっとも、同じレースでもスプリントのWTCCと長丁場のスーパー耐久では違いがあるとも新井選手は続ける。

「コース上でのバトルと言っても、スーパー耐久ではサイド・バイ・サイドでずっと2台が並んでいく、というようなことは滅多にないですね。一方でWTCCでは、サイド・バイ・サイドに持ち込む以前に当たり前のように他車から押されましたから(笑)。鈴鹿サーキット・東コースだったのでパッシングポイントが限られることもあって、激しいバトルになりましたね。

PROFILE

新井敏弘 選手 =Toshihiro Arai=

1966年、群馬県出身。

群馬大学在学中からラリーをはじめ、1992年にTEAM ISUZUから全日本ラリー選手権に本格参戦してBクラスでチャンピオンを獲得。1993年からはスバル・インプレッサでCクラスにステップアップ、1997年にチャンピオン。1998年からは挑戦の舞台を海外に移し、WRC(FIA世界ラリー選手権)で1999年の中国においてグループNの初優勝を飾る。その後、2005年にP-WRC(FIAプロダクションカー・ラリー選手権)を制して日本人として初のFIAチャンピオンに輝くと、2007年には2回目となるP-WRCタイトルを獲得。

2011年にはヨコハマタイヤを装着するスバル・WRX STIでIRCのチャンピオンを獲得。2014年には久しぶりの全日本ラリー選手権フル参戦を復活、第4戦の北海道・洞爺で優勝を飾った。


“二足の草鞋”がもたらすメリット

世界的に見ると、例えばWTCCに参戦しているWRC王者のセバスチャン・ローブ選手に代表されるように、レースとラリーの双方で活躍するドライバーは少なくない。新井選手はラリーを活動の中心に据えつつサーキットでのレースについても参戦を継続しているが、こうした“二足の草鞋”がもたらすメリットとはどのようなものなのだろうか。

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「ラリーとレースは同じモータースポーツでも全く異なる競技ですが、ラリーには舗装されていない道を走るグラベルラリーと、舗装路面を走るターマックラリーがあり、レースでの経験は後者に活かすことが出来る部分もありますね。例えばレースでは使う“ブレーキを待つ”というのはラリーでは御法度なのですが、一方でブレーキングが終わってからのコーナーへの進入や、そこからアクセルをどう開けていくかや、タイヤの使い方などについてはラリーに応用できるところもあるのです。自分の走りをデータロガーで他の選手と比べたら、サーキットでもラリーの癖が残っている部分がハッキリ分かりました。そういう解析から得られたものも、ラリーにフィードバック出来ている部分ですね」

では逆に、ラリーを戦ってきたことでレースに活かせていることはあるのだろうか。

「そうですね、限界領域でテールが流れるなんていうのは全く怖くないですね。ただ、これはとっさになった状況に対処できるということであって、速く走るためのテクニックではないのです。自分のラリーでの経験値からドライビングの引き出しがたくさんあるというだけで、速さに直結するわけではありません。だから、ラリーのテクニックでレースを速く走るために応用できることは、少ないのかもしれませんね」


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良い意味で“楽しめる”スーパー耐久シリーズ

2015年の開幕戦では、ST4クラスでスバル・BRZを駆った新井選手。マシンのマイナートラブルに苦しめられる部分もあったレースウィークであったが、5時間の決勝では最終スティントでステアリングを握ってマシンをチェッカードフラッグまで運んだ。ラリーでは長年にわたりスバル・WRXで戦っている新井選手だが、BRZのレーシングマシンはどのようなフィーリングなのだろうか。

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「スーパー耐久仕様のBRZは、意外と難しいですね。コーナーリングスピードが速いという特徴があるのですが、まだ自分は進入で抑えすぎているところがある感じです。他車と比べるとコーナーでのボトムスピード、というよりはブレーキングしてコーナーへ入っていくときの速度が3~4km/h遅くなってしまっているかもしれません。タイヤについてはドライコンディションでは溝の無いスリックタイヤを使いますが、IRCなどをヨコハマタイヤで戦ってきたこともあり、海外ラリー用のターマックタイヤに似ている感じなので違和感は無いですね」

最後に新井選手にとってのスーパー耐久というレースについてお聞きして、インタビューを締めくくろう。

「開幕戦は私を含め4人で走ったのですが、足を引っ張ってはいけないという部分と、気持ちとしてラリーより楽な部分の両面がありますね。ラリーはプロフェッショナルとしてやっているので、恥ずかしい戦いは出来ません。でもレースについては過度なプレッシャーも無く、気持ちの余裕もあるなかで走ることが出来ています。そんな中でスーパー耐久シリーズは、いろいろな個性と経歴の持ち主が参戦していて、車種もバラエティ豊かで面白いですよね。ドライバーとしては速い車の後ろについていくことで限界領域でのいろいろな車の挙動を間近に見ることも出来ますし。ラリーをやっている人にも、レースの入門的な意味でスーパー耐久はいいと思います。両方やるのは時間的にも金銭的にも大変ですが、例えばラリーで広い道を走った時のライン取りの練習になったりもしますから、サーキット走行も機会があればどんどんやってみるといいでしょうね」



あまりラリーを知らないというレースファンにも、広くその名を知られている新井敏弘選手。ピットウォークでもサインや記念写真を求めるファンの列が続いたことが、注目度の高さを表していた。全日本ラリー選手権ではVAB型のスバルWRXを駆ってチャンピオン獲得を目指すが、レースフィールドでの快走にも注目していきたいところだ。


【第4回(5月1日掲載予定)につづく】