A professional tire service (2)

大自然が戦いのフィールドとなるラリー。限られたエリアのコースが舞台となるサーキットレースなどとは異なり、サービスパークを拠点に広大な範囲に点在するSS(スペシャルステージ)をリエゾンと呼ばれる移動区間でつなぎながら走り、そのトータルで勝敗を決するのがラリーという競技の最大の特徴である。
ゆえに、サービスパークから遠く離れたSSで仮にトラブルに見舞われても、レースのように修復のためにピットに戻る、という訳にはいかず、パンクなどの軽微なトラブルは戦うクルー自らで対処しなければならないのだ。


常設ガレージが無い、ラリーのタイヤサービス

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2013年まで、国内外のラリーにおいてタイヤサービスを担当してきた安田斉(やすだ・ひとし/右写真)。
ADVANカラーをまとうマシンをはじめ、ヨコハマタイヤが栄光の歴史を刻んできたラリーのフィールド、全日本選手権からAPRC(FIAアジア・パシフィック・ラリー選手権)、P-WRC(FIAプロダクションカー・ラリー選手権)など、多くの戦いの最前線でヨコハマタイヤを装着するラリーマシンの走りを支えてきた。

まずは、タイヤサービスの視点からラリーという競技の特徴について説明してもらおう。

「ラリーはサーキットレースと異なり、常設のサービスガレージがありません。それぞれの大会で主にサービスパーク内で割り当てられた一角にサービス拠点を設けますが、現地に入ったらまずはロケーションを確認して、どのようにサービスを構築するのかを考えなければならないのです。
大会や会場によって広さはまちまちですし、地面も舗装だったり砂利だったり。ケース・バイ・ケースで臨機応変に対応しています」

ラリーを観戦したことがあるというファンならば、サービスパークの一角にADVANカラーをまとうトラック、そしてテントが置かれたタイヤサービスを目にされたという経験があるだろう。
テントの中には整然とタイヤチェンジャーなどの機材が並び、一方でスタッフや選手たちが一息つくための休息スペースも設けられているが、このレイアウトは経験を基に計算されて作り上げられているのだ。

「臨機応変、といいましたが、毎回タイヤサービスのレイアウトが変わるのもラリーでは常と言えます。
そこで最も重要になってくるのが、作業の導線なんですね。一連の作業が最もスムーズに流れやすい方法は何なのか、ということをテーマにレイアウトを決めていきます。だから毎回変わることもあるのですが、国内外で経験を重ねてきたことでおおよその流れは出来上がっています」

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もうひとつ安田によると、ラリーのタイヤサービスを構築するにあたって、常に考えていることがあるという。

「変な言い方かもしれませんが、『片づけやすさ』も考えています。
いまの全日本選手権では決められたサービスパーク一カ所から動かないことが大半ですが、例えばRALLY HOKKAIDOではリモートサービスといって別の場所でもサービスを行うことがあります。昔は移動サービスといって、競技車両を追いかけるようにサービスも先回りして次のポイントへと動くことが多くて、タイヤサービスもチームと一緒に動き回っていました。
その当時の流れもあり、ラリーのサービスは効率的に作業が出来て、しかも撤収も素早く出来るように、というコンセプトを持っています」



ラリーのサービスに必要な“余裕”

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ラリーのタイヤサービスならではの特徴が、お分かりいただけただろうか。次にこの特徴の背景にある、ラリー競技そのものの独自性を安田が解説する。

「サーキットレースは参加している車両が一斉に『ヨーイ、ドン』でスタートして、やはり同じチェッカーフラッグを受けてゴールします。しかしラリーの場合は、1号車を先頭に1分とか2分の間隔を置いて次々にスタートするわけで、仮に1分間隔で60台の出走なら、最終ゼッケンの60番は1号車の1時間後にようやくスタートするわけです。

もちろん最後のほうにスタートするユーザーさんにもしっかり対応しなければなりませんから、常に出走順を頭の中に入れた上で、走行順が早いほうのユーザーさんからどんどんサービスに対応していかなければなりません。
ですから、選手がSSを走っている間、つまりサービスパークが比較的バタバタしていないうちに主要選手の分はどんどん準備を進めておいて、サービスインの時には突発的な事態にも対応出来るような余裕を作っておくことが必要になってきます」

ラリーにはターマック(舗装路)とグラベル(非舗装路)のそれぞれを舞台にする大会があるが、特にグラベルはタイヤやホイールへの負担が大きく、安田の言う“突発的な事態”を招くことも少なくない。こうした場面でも、的確な状況判断によるユーザーへのアドバイスが大切だという。

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「そうですね、特にグラベルは負担が大きいので、ちょっとしたミスなどでタイヤにダメージを受けたり、ホイールを曲げてサービスへ帰ってくることも多いですね。こういう場合、例えば『チューブを入れてほしい』というリクエストを受けたりもしますが、そこで果たしてチューブを入れることがユーザーさんにとっての問題解決になるのかを見極める必要があります。
確かにホイールは安価なものではありませんが、強度の落ちたホイールでチューブを使ったところで、ホイールの破損が進んでリタイアしてしまう可能性も高いのです。だったら、せっかく参加費を払ってエントリーしているのにリタイアしてしまうのは勿体ないですから、ユーザーさんにしっかりアドバイスをするようにしています」

安全で確実な作業を遂行するのはもちろんのこと、常にユーザーの立場でアドバイスなども行うというタイヤサービス。こうして積み重ねられたユーザーとの信頼関係が、安心して全力で戦うことの出来る環境をユーザーに提供することにつながっている。



タイヤの“顔”でわかる、速さの理由

2013年まで、国内外のラリーステージでユーザーの走りを足元から支えてきた安田。それまでにもサーキットレースやスピード行事など幅広いモータースポーツの最前線を経験しているが、モータースポーツのタイヤサービスは厳しい世界であるとも語る。

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「ラリーに限らず勝負事なので、サービスを担当する側としても単に“タイヤを組んでいる”という以上の思いがありますね。ユーザーさんが勝ったときは当然嬉しいですし、『勝つためのお手伝いをしているんだ』という気持ちでサービスをしています。逆に負けてしまったら『タイヤの組み方が悪かったのではないか』と言われる可能性もあるので、とてもシビアな世界ですね。

モータースポーツのタイヤサービスにおける技術というのは、基本的なことをしっかり身につけている必要があります。タイヤとホイールの構造的な関係、それを全て理解することが大切なんですよ。そこが分かっていれば、タイヤチェンジャーなどの機材が最新鋭だろうが古いものだろうが関係ないですし、機械を使わずに手で組むことも難しくありませんから」

最後に、タイヤサービスから見たラリーの魅力を、インタビューの締めくくりとして安田に聞いてみよう。

「ラリーは基本的に市販タイヤで競われています。ですからユーザーさんからはアドバイザー的な要素を求められることも多いですよね。
その上で、レースやスピード行事はサービスの合間にコースを走っている様子を見ることも出来ますが、ラリーはサービスを離れたら競技車両ははるか遠くのSSで戦うわけですから、走っているところを見ることは出来ません。
SSごとに送られてくるタイムの情報だけが勝負の展開を知る唯一の手段なのですが、そのタイム情報を確認しつつ、サービスに帰って来た車両のタイヤを見て、どうしてそのタイムが出たのかを理解する必要があります。タイヤの“顔”を見て、速さの理由がわかるととても面白いんですよ(笑)」