菊池貴之「とにかく、良いものが作りたい。」

菊池貴之「とにかく、良いものが作りたい。」

「クルマのカッコ良いシーンが入っている映画が大好きで、ビデオデッキが壊れるくらいに何度も一時停止しては巻き戻しを繰り返して見ていました。特に好きだったのはバニシング・ポイント。白いダッジ・チャレンジャーが走るシーンが好きで、この映画のビデオは3本買いました。テープが伸びてしまったので。」
A40の連載において、全ての登場人物の写真を手がけているフォトグラファー・菊池貴之。子供の頃からクルマ好きではあったが、そんなエピソードからもわかるように、周りと比べるとちょっと変わっていた。
とにかくクルマが出てくる映画が好きだったが、カーアクションが好きだったわけではない、というのがまた面白い。

「普通の映画でクルマがさりげなく出てくるのが好きでした」

そうして待ち遠しかったクルマの免許を18歳で取得すると、次の日にはまず家のクルマに乗り初めて、真っ先に行なったのがスピンターンとバックスピンターンの練習だったという。これも映画の中で見た不思議な動きを再現できるかどうかを試したかったからだ。
しかもこの時、当時の走り屋という存在すら知らず、ただひたすらに練習をしていた。またそれに加えて、これまで見てきた映画のシーンのようなロケーションを探し出すために走り回った。そうしてそこを走ること、時にはそのシーンにクルマを停めて佇ませて、ひたすらに眺めていたという。ちなみにこの頃、写真は一切撮っていない。

クルマを映画のようなロケーションの中で、見つめ続けるか、あるいは徹底的にクルマを操れるか…その二択で毎日を過ごしていた。早朝の誰もいない倉庫街で、クルマを操る練習を行なっているウチに運転がうまくなっていった。すると友人から、そういうことをやっている人が峠に行くとたくさんいる…と聞いて初めて、走り屋の存在を知ったのだった。

当時菊池は、家のクルマであるホンダCR-Xに乗っていたが、クルマのことは何にも知らず、FFであることも知らなかったという。それだけに峠で出会った人たちに、「なぜCR-Xに乗っているのか?」と聞かれても、全く答えがなかった。その上「お前みたいなやつはこれに乗るべき」と言われて、自分ではカローラのイメージで走りは連想できなかったトヨタのAE86を購入したのだった。そうして夜の峠を走るようになった。実際に峠で上手な人のドライビングを目の当たりにして、負けず嫌いの血が騒いだ。

あの人のようにクルマを走らせたい…。

そんな思いで、北関東を中心に様々な峠を走った。そうして自分が上手だと思った人と同じように走らせられるまで徹底して走らせた。そしてそれはいつしか、映画でクルマが走るシーン以上に、菊池を虜にしていた。ただ同時に、世の中的には白い目で見られる存在だったのも事実。 つや消し黒のボディ、鬼キャン…周りからも、ちょっとおかしなことになっているよ?と言われて、そういう世界に見切りをつけようと思ってコンペティションに参加した。

95年、八重洲出版が開催していた団体戦全国大会で準優勝、ビデオオプションが開催していたチーム戦全国大会で、チャンピオンのタイトルを取った。また、JAF公認のダートトライアルとジムカーナに当時はAE86を駆っており、そのAE86を菊池は勝手にアドバンカラーにしていたこともあった。赤と黒の配色は当時の菊池にとって大人の空気を感じさせてくれるものだったからだ。ただタイトルを取ったことで逆に、自分の限界を知ったという。どんどん加熱していく競争と、クルマの高性能化、自分が御せるのはS13やA31止まりだと確信し、あっさりとクルマを降りてしまった。


そして突如、オーストラリアへ渡ることを決意して旅立った。



菊池貴之「とにかく、良いものが作りたい。」

菊池はドリフトと同時にサーフィンもやっており、自分がクルマでプロになれないと分かったため、すぐにサーフィンに打ち込んだわけだ。
ここで冒頭の、映画のクルマのシーンを見ていたあの趣味が再び違う形で再現される。
菊池はサーフィンのビデオも一生懸命みていて、DVDをコマ送りして何度もなんども見ていた。そうした中で、シドニーのマンリーというポイントに入りたいと思うようになり、そのためだけにオーストラリアに移り住んだのだった。そしてそこに行けば、すぐにチューブに入れると思っていたが、実際にここは伝説的なポイントであり、とても素人が入れるようなポイントではなかった。

そして実際にそこで行われていた世界のトッププロのコンペティションを見て、自分の甘さを痛感し、途方もない差を感じた。そして早々にサーフィンをやめようと思ったのだった。このまま日本には帰れない。
当時一緒に住んでいたヒッピーの友人に電話をかけてもらい、雇い先を探した。そこで受け入れてくれたのがたまたま写真事務所だった。
雇われた理由は、「何もわかってないゼロの人間の方が育てやすかったから」というもの。

そうしてフォトグラファーのアシスタントをするようになり、給料はほとんどフィルムとプリント代に使った。かつてビデオやDVDをコマ送りしていた少年は時を経て、自身で映像を具現化する喜びを見つけたわけだ。
そうして撮った写真のほとんどは、やはりクルマだった。
そうして最後は撮影の仕事もするようになったにもかかわらず、日本へ帰ることを決めて、プリントは全て焼いて、カメラも売ってしまったという。

そうして日本に帰ってきて、再びゼロからのスタート。

でも、プリントもなければ日本での実績もない。自身で営業にいっても、相手にされない。
しかもクルマが撮りたいと思ったにもかかわらず、オーストラリアではちゃんとしたスタジオで撮ることがほとんどだったため、帰国してから自動車雑誌の独特な撮影ができるスキルもなかった。
アルバイトをしてカメラを買って、でもどこの出版社も相手をしてくれなかったため、自分がかつてドリフト時代に取材を受けた会社に行ってなんとか使ってもらった。
そうして少しずつ仕事をするようになった頃に、出会ったのが現在は廃刊となったNAVIで当時編集長をしていた加藤哲也氏。当時は日本の自動車写真の第一人者である小川義文氏を目標としていた。氏に拾ってもらい、その後カーグラフィック等でも仕事をするようになった。30歳を超えていた。

ただ同時に時代は変わり、メディアの仕事は徐々に減る傾向。フォトグラファーの価値も限られた場面でしか発揮できないような仕事も多くなってきた。そして自分はそこで抜きん出ているわけでもない…。
そう思うようになり、フォトグラファーも辞めようかと思うようになる。が、もう一度だけかけてみよう。そう思って大手自動車広告、自動車カタログのグローバルコンペティションに参加した。
すると、フランス最大級の写真コンペ(PRIX DE LA PHOTOGRAPHIE PARIS)の自動車写真部門で日本人初の銀賞と銅賞を獲得。自分でも驚くような結果を手に入れたのだった。

ただ、それでも菊池は全く満足していなかった。なぜならば、コンペティンションの受賞は、菊池が思い描くアドバタイズメントのフォトグラファーとしての、チケットを手にいれたようなものでしかないという。
要はチケットがなければ、誰も自分を相手にしてくれないし、あってもくれない。しかしチケットがあれば、とりあえず話は聞いてくれる、というわけだ。 そうして再びコンペティションに参加し、さらに、アメリカ(International Photography Awards/ND Awards)で日本人初の受賞を重ねる。2016年12月にTokyo International Foto Awardsで金/銀/銅賞を受賞し2016年を終えた。

そうして現在はクルマのカタログや広告において、クリエイティブな提案ができるようなフォトグラファーを目指して、日々精進している最中だ。

とにかく、良いものが作りたい。

その一心で自分なりの表現を模索している。
ビデオを巻き戻し、DVDをコマ送りして見続けた頃。クルマを走らせて自在に操ることを目指した頃。カメラを手にしてクルマを撮りまくった頃。それらの全ての日々がいまにつながっている。
菊池貴之にある一貫性はつまり、クルマを題材にして何かを表現しようとする意志だろう。
事実、ファインダーを覗く彼の目は、まるで対象物を自分のものにしようとしているような力に溢れている。

【文・河口まなぶ/写真・菊池貴之写真事務所】

菊池貴之 プロフィール
【受賞歴】
2016 PX3 (Paris)
prize: Silver/Bronze/ Honorable Mention
- Advertising : Automotive Category

2016 IPA(International Photography Awards)
prize: Honorable Mention
- Advertising : Automotive Category
- Sports : Field sports Category

2016 ND AWARDS
prize:Honorable Mention
-Professional Advertisement Automobile Category
-EDITORIAL: SPORTS Category

2016 TIFA(Tokyo international foto awards)
-Professional Advertisement Product
prize:Gold/Silver/Bronze
-SPORTS Category
prize:Bronze/Honorable Mention

62nd JPC全国展
prize:Honorable Mention

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